第10話

「くわぁー……」

ぐーっと伸びをすると、あくびがでた。

 今日は久しぶりの晴天に恵まれて、とても気分が良い。


 こんなに天気が良いのはいつ以来だったか。思い出すのはやはり、あの事件の日だ。


 気付けばもう三ヶ月が経ち、世間ではたくさんの変化があった。

 謎の電波障害によって、テレビの地上波放送が無くなり、代わりにネット回線での放送がメインに変わった事。犯罪件数が増加した事。新興宗教が設立され、怪しげな人達が街をうろつくようになった事。


 目まぐるしい変化が起こっているが、その原因は確実にWERDOによる爆発事故が起因しているに違いない。誰もが頭の片隅で分かってはいるのだ。それでも、直接的な原因とは理解が出来ない。

 魔法のせいです、なんて思っても、恥ずかしくて口に出来るはずが無いのだろう。


 ……結局のところ、魔法を使えることは自分の秘密として、家族にも黙っているしか無かった。

 そもそも信じてもらえるか、怪しい所だけど。


 気配を察知し、身構えると案の定バタンッとドアが勢いよく開く。

「おっはよ〜!」


「ん、おはよう」


「えー、最近お兄ちゃん早起き過ぎでしょ! 今日こそ起こしてあげようと思ったのに……」

 結衣が不満げに抗議してくる。


 最近はすっかり落ち着いたものの、事件の真相がバレてからしばらくは、どこに行くにも着いてくる勢いだった。

 酷い時はドアの隙間からこちらをじーっと監視されていたほどで、思わず声が出てしまうくらいには肝を冷やした。


「ま、まあ、そろそろ大学も始まるしさ。生活リズム整えないといけないからね」

 本来は既に始まっているはずだったが、研究室の爆発事故により休みが伸びていた。

 リモートでは講義が行われていたが、実質的に休みのようなものである。


「そっかー。にしても大学生って休み多くて羨ましい! 私も学校休んでどっか行きたい!」


「はっはっは! 良いだろう! ま、その前に受験が待ってるけどね」


「いやーやめてー! 聞きたく無い〜!」

 耳に手を被せながらそう言うと、パタパタと退散していく。

 高校生は一番遊びたい盛りだけど、将来も考えないといけない。辛い時期だ。


 さて、妹とのスキンシップも終わったことだし、毎朝のルーティンを始めることにしようーー。


 まずは体の中にある魔素を巡らす。

 足先から頭まで、場所場所でそれを集めたり散らしたりしていく。これは魔素の流れの感覚を掴むために、なんとなく始めた練習だったけど……結果として、魔法の発動までに掛かる時間が随分と短くなった。

 また、練習時間は短く5分程度だ。


 魔素の調整をサクッと終わらすと、次は光量調節の練習に移る。

 集めた魔素を何とも言えない感覚で念じるとーー、右手が光った。

 これを先程の流れを意識しながら、絶えず魔素を巡らせ、増やしたり減らしたりして行う。

 すると……手が強弱をつけて光る。


 もっとも朝だからか、あまり光らないけど。

 こうした練習を夜にやる時は、家族に見つかる可能性があるため、布団に潜って行っている。 


 10分も続けると集中力が切れてきた。

 よし、こんなもんかな。


 最後に次なる進歩を目指して、別の光色を出すべく感覚を探る。

 今は白く輝く感じの光だから、色んな色が混ざっているはずで、選択的に使えば出来る気がするのだ。

 目指すは光学迷彩だ! と意気込む。


 ーー、しかしてそう上手くはいかず、今日も色の変化は無かった。


 この練習は何の意味も無いかもしれない。

 だけれど発動までの時間も、光の強弱も、繰り返し練習することで大きく上達した。

 トライアンドエラーの精神である。


 誰も先駆者がいないのなら、自分で道を切り拓くしかないーー。


「言うても、道のりはまだまだ長いなー」


 朝は切り上げよう。

 また夜に挑戦だ。




ーーーーーーー




「それにしても、犯罪者ってのは意外と普通な見た目してる事が多いっすよね」


「被疑者、な。お前も一端の警官なんだから、言葉使いは気をつけないと」


 病院の喫煙所で、三船刑事と部下の山口が雑談をしていた。


 犯罪件数の増加もあり、不測の事態に対応出来るよう、ペアでの活動が義務付けられており、今日は以前より捜査していた容疑者の容態を確認しに来たのだ。


「でも、あれは確実に黒っすよ。私怨ありありの感じっていうか。聞き込みの時に、普段からいびってくる客でクレーマーだったって、聞いてますし」


「お前なぁ……。根拠が薄いっていうか……。実際どうやってあんな事件起こせたのか不明だから、俺たちが出張ってきてるんだろ?」


「それは刑事の感ってやつっす! こう、ビビビッと気づいちゃう感じ? 三船さんも言ってたじゃないですかー」


「あのなぁ……。はぁ、そろそろ行くーー」

 呆れながらも仕事に戻ろうと声をかけた瞬間、ガシャンッというガラスの割れる音と、ワンテンポ遅れて病室から悲鳴が聞こえてきた。


「え、うわ。あの部屋って……」

「急ぐぞ!」


 呆けている山口を尻目に、三船刑事は既に走り出していた。

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