第9話

 おもむろに三船刑事が付けた車のラジオからは、今流行りの音楽が流れていた。

 一時期流行った高音中心の歌から、一般に歌いやすい音域が最近のトレンドのようだ。


「そういえば、今日のWERDOの爆発事故は大丈夫だったかい?」


「それが……、爆発の時に何故だか気を失ってしまったんですよ」


 ネットで見る限りは、同様に気絶した人が沢山いたようだった。


「それは災難だったねぇ、うちの署でも同様の通報が多発して大パニックになってたよ。交通課なんて泡くってたっけかなぁ」

 苦笑いをしながらそう言うと、ボトルに入ったガムを取り出して、口に入れた。

 眠気予防だろうか。


「じゃあ通報から到着が遅れてたのも、そのせいだったんですか?」


「あーそれも原因ではあったんだけど、済まなかったね。優先すべき案件だった」


 平和な日本での殺人事件、それもかなり悪質だ。

 通報をイタズラと判断して現場への到着が遅れたというのは、メディアに知られたら恰好のネタに違いない。


 もっとも、早く到着したとしても被害が抑えられたとは、考えにくかったけども。


「犯人はあの後どうしてるんですか?」


「ああ、今は病院で治療してるはずだよ。意識も戻っていないから、取り調べも出来なくてね」


「そう、ですか……」


 安心して良いのか、不安になる。

 意識を取り戻したら、また惨劇が繰り返されてしまわないだろうか……。


 不安が顔に出ていたのか、フォローを入れるように三船刑事が笑いかけてくる。

「病院って言っても容疑者のすぐ側には私服の警官がいるし、何よりあの怪我じゃ、身動きすらままならないはずさ」


「思いっきりフルスイングでしたからね……」


 まるで車に跳ね飛ばされたんじゃないかと、疑うほどの威力だった。


「正当防衛ってことで進めるけどね、流石にやり過ぎってのと容疑者の証拠が目撃だけ、ということでちょっと難航しそうなんだ」


 あの時、店内の電気が落ちていたせいで、監視カメラも停まってしまっていたのだろう。


「でも、あの男が間違いなく人を二人殺してますよ。それは本当です!」

 思わず語気が強くなってしまう。


「うん、それは間違いないとこちらも理解してるよ。返り血の浴び方や、複数の証言が出ているからね」


「そうなら、良いんですけど……」


 警察を信頼していない訳ではないけれど、自分が全てを話していないことと、あまりにも常軌を逸した現実は、不安を掻き立ててくる。


「もしかしたら、法廷で証言をお願いすることもあるかも知れないから、その時はよろしく頼むよ」


「ええと……もちろんです!」


 法廷ということは、あの男ともう一度顔を合わせる事になるのだろう。

 一抹の不安は拭い去れないものの、自分の発言が必要ならば行かねばならない、と思った。


「頼もしい限りだね!……そうだ、一つ忘れていたことがあったんだけど、良いかな?」


「何ですか?」


「うん、若い男性の怒鳴り声が聞こえた後、店内が昼間のように明るくなった瞬間があった、という目撃情報があってね。これは君かな?」


「それは……」


 急に言われた言葉の意味、明るくなったという言葉にドキリと心臓がはねるが、そこに意図は無いはずだ。


「たしかにあの時、犯人の男を怒鳴りました。だけど、コケた時だったはずなので、光ったかどうかはよく分からないですね」

 自分の証言に辻褄を合わせながら、誤魔化す。


「そうか……、喧嘩を止めようとしていたって言ってたもんなぁ。しかしね、威勢が良いのは悪い事じゃないけど、ほどほどにしなさいね」


 呆れながら嗜められる。

 納得してくれたようだ。


「はい……。殺人なんて、もう二度と関わりたく無いです……」


「はっはっは! そりゃあ、そうだ! ん、そろそろこの辺りじゃ無いかい?」


 言われて気づくと、辺りは見知った景色に移っていた。


「あ、本当だ。この先の信号を右折した所で大丈夫です!」


「はいよ」


 家のすぐ側の路地に停めてもらう。

 時刻はすでに夜中の2時だ。


「それじゃあ、夜も遅いから最後まで気をつけてな」


 車を出ると、ヒンヤリと夜の涼しさが肌を撫でる。


「送って頂いてありがとうございました!」


「いやいや、これも仕事のうちさ。じゃ」


 お見送りの挨拶をすると、手を軽く振って三船刑事も去って行った。


 さて、家に帰ろう。




ーーーーーーーー




「今日は本当に疲れたなぁ……」

 部屋でひとり、呟いてみる。


 現実味の無い一日で、夢を見ているような、他人事のような、不思議な気持ちだ。


 人の死に直面しているし、自分もあわや、という所だったのだ。取り乱してしまっても、おかしくないはずだった。

 それでも……心は何故か落ち着いている。


 家に帰って、結衣に会った時にはどこか安心した気もしたから、もしかしたらショックのあまり、一時的に麻痺してしまったのかもしれない。


 ……いや、違う。


 自分という人間の浅ましさが嫌になる。

 心を痛めてしまったが為に、現実を受け止めきれない訳では無い。


 馬鹿さ加減に思わず笑いが込み上げる。

 俺はただ、魔法が使えたことが嬉しかったのだ。


 どれだけそれらしい理由を並べても、どれだけ感情を揺さぶる事があっても、頭の中では魔法で一杯だった。


 危うく死にそうになっても、警察に調書を受ける時も、泣いている妹を抱き止めている時でさえも。


 頭の片隅にはずっと魔法がチラついていた。

 そしてそれは、今も同じだ。


 電気を消して、布団に横たわる。


 ーー右手に意識を集中する。


 全身から力を集めるように、感覚を研ぎ澄ませる。

 あの時の感覚を思い出して、電気を溜めるようにしてゆっくりと。

 イメージは豆電球を人差し指の先端で作るように……。


 ーー!光った!

 しかし、すぐに消えてしまう。


 溜めたエネルギーを一気に使ってしまった感じだろうか。


 もう一度同じ手順で繰り返すと、やはり同様に光る。


 魔法が使えるようになったんだと、頭が理解するが、心が追いつかない。


 何故突然使えるようになったんだろう?

 ……今までは使えなかったのに。


 考えても答えは見つからない。

 それよりも、どこまで自分が出来るのか知りたい気持ちが強くなる。


 今度は、長く光るように力を流し続けるイメージでやってみようーー。

 ……先程より数秒長くなるが、光量が弱々しくなり消えてしまう。

 なかなか感覚が難しい。


 何にせよ、変化があったということはいずれ使いこなせるのではないか。

 ……成功するまで試してみるか。

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