第8話
「直接は見ていない……か」
目の前では、グルメコーポ殺人事件の担当刑事である三船刑事が、眉間に皺を寄せている。
結局2時間遅れて来た警察は、1度目の通報をイタズラだと勘違いしていたらしい。
複数人からの通報と一部の剣幕に負けて来たら、本当だったというお粗末な流れだ。
現在は現場に居合わせた人達への取り調べではあるが、難航しているのは言うまでも無いのかも知れない。
「もう一度質問するけどね、君の服についていた被害者の血はどうやって付いたんだい?」
何度か繰り返された質問だ。
「暗闇で足下が覚束なくて、犯人に驚いてコケました」
悲しい事実だ。
「コケた、ねえ。なんで犯人に近づいたんだ? 危ないかもしれないじゃ無いか?」
「その時はまだ、人が死んだということも分からなかったんですよ。ただ、アナウンスしていた店員さんの声が途切れて。他の店員ぽいやつ、つまりその犯人が叫んでたんで、喧嘩なら止めなくちゃって思って……」
真実を正直に答えてしまえば、惨劇に対峙した事によるPTSDだと思われてしまうはずだと、笹城さんの旦那さんから助言を貰っていた。
ただ、嘘を吐くと無駄に怪しまれる可能性があるから、こうして削り取った内容で話している。
「そう、か。では次の質問に移ろうか。その叫んでいた店員、犯人だけどね、何か凶器は持っていたかな?」
「いいえ、持っていなかったと思います」
「それじゃあ……どうやって人を二人も、それも上半身を原型が失われてしまう程に、吹き飛ばしたんだろう?」
先程とは違う質問。
「あの時は本当に非現実的で、人が死んでいるっていうことも、後から実感が湧いたんです。どうやって殺したか、なんて……」
「後からでも構わないんだ。何か想像がつくかい?」
そう、あの時は皆目検討も付かなかった。
自分が光を放つまでは。
今では犯人が何かしらの魔法、内側から爆発するような力を使ったのでは無いか、と考えてしまう。
広範囲に飛び散っていたことや、特定の方向というより円形に近い形での飛散は、中から圧が掛かって爆発したようだった。
イメージをするなら、電子レンジの卵だろう。
「ああ、済まないね。思い出させてしまったかな。実は……警察としても困っていてね。凶器が見つからないんだ。もっとも、あんな風に仏さんをしてしまう物、なんてのは信じ難いけど」
「すいません。全く思い当たる物が無くて……」
「いやいや、良いんだ。済まなかったね。では、これで取り調べ終了! 夜遅くまでご協力ありがとうございました」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
これで終わりかと思うと、途端に眠くなってくる。あくびをかみ殺しながら、席を立つ。
「後はもう帰って良いんだけど、歩いて帰らせる訳にも行かないからね、ちょうど僕も仕事帰りだから、送って行こうか」
「本当ですか! 助かります!」
時刻はすでに日を跨いでいたので、素直にありがたい提案だ。
「よし! ちょっと用意してくるから、廊下の長椅子にでも座ってて」
ガチャリ、と扉を出てすぐそこの椅子へと誘導される。
「それじゃあ、後でね」
「はい!」
優しい刑事さんで良かったとホッとする。
今度は忘れずに、今から帰るけど先に寝てて、と結衣に連絡を入れておく。
すると、1分も掛かっていないだろうか。待ってるよ、と返事が返ってきた。
本当に良い子に育ったなぁ。
彼氏ができたら相当にショックを受ける気がしてならない……。
1日を振り返ると色々ありすぎて、本当に現実なのか疑いたくなるほどだ。
新しいエネルギー、魔素と魔法、WERDO日本支部の爆発事故、意識を失った事、グルメコーポ殺人事件、そして光を放ったーー。
ふと、右手を見て思い返す。
あれは、たしかに自分でやった事だ。
あの時と同じように、全身から力を集める感じで、右手に集中してみる。
……光らない。
なんだろう、あの時のグッと何かが集まる感覚が足りない。集中力の問題だろうか、追い詰められていないから? それともーー。
「おーい、待たせたね」
急な呼びかけにびくりとする。
顔を上げると先程の刑事、三船さんがこちらに歩いて来ていた。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「なーに、アフターフォローも刑事の仕事さ!さ、行こうか!」
ーーーーーーーーーー
「あの青年、何か隠していますね。肝心な所は語らないで、上手くはぐらかしているような印象を受けました」
取り調べ後の署内で、三船刑事は先輩刑事と情報を交換していた。
「そっちもか、俺の担当した夫婦もどうにも怪しくてな……」
「あれでしょう?奥さんが犯人を荷物で殴り飛ばしたっていう……。豪快な話だよなぁ。殺人犯相手にエコバッグで立ち向かうってのは、なかなかできるもんじゃ無いですよね」
「いや、それもそうなんだが、その犯人な、結構な怪我なんだよ。眼底骨折、頚椎捻挫、脳震盪、その他裂傷、だったっけな。それこそ、熊にでも殴られたんじゃ無いか、っていうくらいらしい」
「まぁ、仏さんのこと考えたら、その程度大した事ないじゃないですか。ありゃあ遺族になんて説明したら良いのか……」
「俺が言いたいのはなんていうか、おかしいのは犯人だけじゃ無いぞっていうことなんだよ。三船、お前あのガキマークしとけ」
「考えすぎな気もしますけどね……。現に犯人はもう捕まっていますし」
「バカやろう、警戒しすぎなくらいが丁度良いんだよ。ただでさえ……今日は変な事件が多いんだからな」
同日、警察ではいたずら電話にも思える通報が多発していた。
体が半分壁に埋まった男や、電柱のてっぺんで動けなくなった少年、突如として消えた宝石店の商品など、多岐に渡ったものがあった。
「分かりました。ちょうど送って帰るつもりでしたし、少し探りを入れてみますよ」
急速な変化は目に見えず、それでいて確実に世界へ広がっていたーー。
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