第5話
……ぃ……ぁん……。
声が聞こえた。
いつもの聞き慣れた声だ。
……いちぁん……。
もう一度声が聞こえた。先ほどよりも大きく聞こえる。
せっかく人が寝ているのに、邪魔をするように大きな声になっていく。
あれ? なんで寝ているんだっけ?
ふっと、ああ自分は今寝ているんだと気付く。
だけど、どうやって起きればいいんだっけ。
そうだ。もう一度呼んでもらえれば……。
「……ぉにいちゃん!……お兄ちゃん!」
「んっ……結衣?」
どうやら寝てしまっていたらしい。
「おはよう。あれ、何で寝ていたんだっけ?」
「も〜、心配したんだよ!」
心なしか、眼をうるうるとしながら怒っている。
妹を、結衣を泣かすようなことをしただろうか?
寝起きだからか、重たい頭を使って、思考を巡らす。
そういえばあの瞬間、急に光が……。
「えっと、今何が何だか分かんないんだけど……結衣分かる?」
はぁ、とため息をつきながら、結衣が隣に座る。
「私にもわけわかんないよ。なんか気付いたらテレビダメになってるし、お兄ちゃんは起きないし、だよ?」
「そっか……」
すぐ側に落ちていたリモコンの電源を押してみる。しかし、テレビにはザーッとしたノイズが入ってしまっており、どのチャンネルも見られなかった。
「ね、言った通りだったでしょ?」
なぜか誇らしげに言われる。
「えーまじかよ……。でも電気は……来てるよね。あ、ケータイは? ネットなら繋がるんじゃ無い?」
「あ、そっか!」
結衣はすっかり忘れていたようで、ケータイを取るといじり始める。
「うん……電波あんまり良く無いけど、普通に使えるっぽい!」
「そしたら、テレビだけダメになったのかな。とりあえず良かったー」
ひとまずの安心材料だ。
それにしても、先程の現象は何だったのだろう。
「あ、私パパとママに電話してみるね!」
「うん、よろしく。俺は部屋に戻って、ネット見てみるよ」
うちの両親は二人とも家から都心に通勤しているため、おそらく問題ないだろう。
「えー、部屋行っちゃうの……?」
シャツの裾を掴みながらやや上目遣いでこちらを見てくる。うるうるとした目は保護欲を駆り立てる気持ちにさせられる。
「おやおや、寂しくなっちゃったかな?」
少し茶化すように軽口を叩く。
「うん。今は一緒がいい……な」
恥ずかしさよりも寂しさが勝ったのだろう。少し恥ずかしそうにうつむきがちにしている。
「あはは、よしよし。じゃあ、ノーパソこっちに持ってくるから」
頭をクシャクシャと撫でると、結衣は迷惑そうに両手で髪を整える。
ちょうど裾を掴む手が外れたため、自室に向かう。
「もう!」
後ろにぷんぷんと怒った様子が感じられる。少しからかい過ぎただろうか。
ーーーーーーーーーー
リビングに戻り、やや怒りながらも側を離れない結衣を宥めながら、情報を収集する。
案の定、みんながパニックに陥っている。
SNSでは生存確認の報告や、最初の爆発で窓ガラスが割れた人の画像、あの謎の光の瞬間の映像などが上がっていた。
映像にはテレビが映っており、どうやらあの時のライブ映像をスマホで撮っていたようだった。
しばらくして問題の瞬間、テレビ画面はノイズが走り見えなくなってしまった。そして同時に撮影者が倒れたのだろう、映像が乱れて終わるというものだった。
「あれ? 光が撮れてない……?」
そう、原因となったであろうあの光は、何故だか映像には記録されていなかった。
「結衣さん、ちょっとお聞きしたい事があるんですが……」
「……お兄ちゃんなんて知らない」
つんとした雰囲気でまだ怒っているようだ。
「意識無くなる前ってさ、なんかこう、ぶわーって光が凄かったよね?」
「うーん、でも光っては無い感じだったような……」
……あれは光じゃない?
「そうすると……なに? あれ?」
「分かるわけないじゃん。それを調べるんでしょーが!」
ごもっともな意見だ。
「まぁ、そうだわなぁ」
他に有益な情報が無いか引き続き調べてみる。
ネットニュースでは、爆発のことよりもテレビが見れなくなってしまった事を重要視している記事が多いようだ。
また、掲示板を漁ってることにした。
いくつものスレッドが立っており、そのどれもがWERDOに関連することだ。その中でも有益そうな、【みんな倒れていく中意識を保ってたやつwww】というものが気になった。
『世界同時に全ての人間が気を失って倒れたってマ?』
『いや、全人類とかありえんだろww』
『実際倒れて無いんだが……』
『まじ? 周りがみんな倒れていった感じだった?』
『ていうか、それだったら交通事故ヤバくね? ほとんど死ぬじゃん……』
『いや、俺は車乗ってたけどいつの間にか停車してたわ。知らんけど』
『中央線完全に止まっててワロタwwwまだ動く見込みない模様……』
『電車は全線止まってるぞ』
気絶していた人は結構いるようだ。
また、意外にもその間の交通事故などは少ないようだ。
『ワイ将wwこの機に乗じて母親の財布からお金を抜き取る名采配!ww』
『●ねカス』
『猛虎弁は●ね』
嘘か誠か、どちらにしても犯罪の報告は見ていて気分が悪くなる。
この騒ぎに乗じて悪事を働く輩はいるだろう。……玄関の鍵は大丈夫だろうか。
「玄関の鍵って閉めてあったよね?」
「お兄ちゃん、今日家から出た記憶ある?」
「うん……大丈夫だね」
杞憂に終わった確認もそこそこに、情報を集めていくと、いくつかのことが分かった。
最初の爆発では研究所以外に被害が無かったこと。
謎の発光では多くの人が気絶しており、また一部では事故も起きていること。他に、交通機関の麻痺などはあるが、段々と平常に戻りつつあるようだ。
不思議な事故ではあったが、未曾有の大災害といった感じでは無いのだろう。
「あ、ママとパパも無事だって! 返事きた!」
「そっかそっか、一安心だね」
両親の無事も確認でき、ホッとする。電話は繋がらなかったため、メッセージでやりとりをしていたようだ。
「あーでも、電車止まってるから今日はホテルに泊まるみたいだよ」
「ネットにも書いてあったなぁ……」
都心部は大変そうだ。
きゅう、と結衣のお腹が鳴る。
「えへへ、安心したらお腹減っちゃった!」
「あーもうそんな時間か、冷蔵庫漁ってなんか作るよ」
何か材料はあっただろうか……。
「えーとね、カレーが良いな!カレー!」
「ちょっと待ってね……」
重い腰を持ち上げ、冷蔵庫を確認する。
「ニンジン、じゃがいも、玉ねぎ、肉……。あ、ルーが無いや」
シチューの素があった事から、そちらを作る予定だったのだろう。
「え……。でもカレーが良いなぁ」
結衣の舌はもうカレーになってしまったようだ。
「分かったよ。ちょっと買い物行ってくるから、待ってて」
正直なところ、少し外の状況を見たい気持ちもあった。
「やったー! お兄ちゃん大好き!」
随分と安い大好きだなぁとは思うが、悪い気はしないあたり、やり手である。
「はいはい、それじゃあ行ってくるから」
お財布と鍵を持って玄関に向かう。
「行ってらっしゃい!」
「ん、行ってきます」
いつもの何気ない挨拶は、なぜだか大切な気がした。
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