第4話

 テレビから繰り返し聞こえている魔素研究所の爆発というワード。その意味を頭が理解し、思考が回るまで幾分かの時間が掛かった。


「研究所、近くにあったんだね……」

 結衣がつぶやくように言う。


「うん、ここまでは影響無さそうな感じだね」

 あの大きな爆発音以降、特に音や光などは感じられない。

 仮にも安心、安全を謳っているエネルギーだ。市街地に影響を及ぼすことは無いのだろう。


 緊迫の見えたニューススタジオも落ち着きを取り戻しつつ、爆発があった場所とその時の映像について進展があったようだ。

『えー、今回の爆発は青木ヶ原樹海で起こったとの情報が入りました。WERDOの日本支部、魔素研究所は青木ヶ原樹海にあり、現在のところ、怪我人などは出ていないとのことです』

『近隣にお住まいの方は不足の事態に備えて、命を守る行動をお願いします。繰り返しますーー』


「青木ヶ原樹海って富士山の?」

「うん、いわゆる富士の樹海ってやつだね」

 うちから富士山まではたぶん50kmはあるはずだから、恐らくは問題ないだろう。


「えー……普通に怖いんだけど」

「ほんとね……」

 何がどうなっているのか、検討もつかない。せめて安心できる材料が欲しいと思う。


 その気持ちが通じたのか、新たな動きがあった。

『ただいまWERDO日本支部、魔素研究所の上空にヘリが向かっています!中継の小山さん?小山さん?』


 あまりにも出来過ぎたタイミングからして、近くで他の撮影でもしていたのだろう。中継がつながる。

『はい、聞こえますでしょうか。こちら小山です』

『小山さん聞こえますよー。そちら上空からはどのような状況になっていますか?』


『はい。えー、今は爆発があったと思われる現場のすぐ近くを飛んでいます。映像の方ご覧になれますでしょうか?!』

 テレビには鬱蒼とした森の中から黒煙が上がり、一部には赤く炎が噴き上げている様が見られた。


『見ていただいた通りですね、黒煙が上がっており、非常に緊迫した状況です!』

 これは山火事になるような……この人達も危ないんじゃないだろうか。


『小山さん! 中継ありがとうございます! そこも危険でしょう! すぐに移動して下さい!』

『はい、それでは、中継のこーー』


 音が消えたーー。


 瞬間、目に飛び込んできたのは色のグラデーションだ。


 いや……色だったのかも分からない。それは色だと思っていたが、もっと別の感覚にも感じられた。


 それが波紋を打ったように広がるのを、どこか走馬灯のように感じながら、あれ? さっきまで家で結衣とテレビを見て……? と思うが、それより先を考える前に、深く、思考が沈んでいくーー。



ーーーーーーーーーーーー



 爆発のしばらく前、魔素研究所では避難ベルの音がけたたましく鳴り響いていた。


「ダメです! 熱エネルギー変換器が耐えられる許容範囲を超えています!」

「そんなものはもういいからッ! 君も逃げる準備をしなさい!」


 熱エネルギー変換装置の暴走、そしてそれを放置してその場を去るということは、大きな災害につながるということが明らかであった。


「でもっ! ここで何とかしないと! 研究も、何もかもが……!」

 若手の研究者の中でも優秀と言われ、天狗にならずひたむきに努力を重ねていたその男は、独り立ち向かおうとしていた。


「バカなことを言うな! ここは周りに人もいない! 研究のデータも本部のサーバーに保管されているんだ! 後からいくらだって……やり直せるだろう!」

 上司と思われる髭面の壮年の男が説得をする。

 先ほどから押問答が続いていた。


「それは分かってるんです! でも……でも! ここでなんとかしないと!」

 もう幾許かの時間も残されておらず、決断を迫られる。そんな中、声が掛かった。


「私が最後の面倒を見るから、君達はもう行きなさい」

「神宮寺先生?!」

 それはWERDO日本支部の所長である神宮寺博士だった。


「ほら! お前如きがどうこう出来る状態じゃないんだ! 行くぞ!」

「いや……ですが!」

 半ば強引に引きずられるようにして、若手の研究員は連れられて行く。


「すみません、後は……よろしくお願いします」


 研究所のモニタルームには、神宮寺博士一人となった。


「ふう。コーヒーでも入れるか」


 福利厚生の一環として置いてあるインスタントコーヒーだが、あまりにも不味く、殆どの所員は売店で売っているコーヒーを飲むのが日常となっていた。


「僕は別に不味いとは思わないんだけどな」


 ふんふんと鼻歌交じりに紙コップに粉を入れ、熱湯を注ぐ。

 コップに添えていた手にお湯が跳ねる。

「あちちち」


 ズズっと音を立てて、コーヒーを飲む。


「はぁー、全く。ここまでこぎつけて失敗するとはね」


 最も重要な魔素の性質である、認知されることによる存在の確立。それは変換器によって可能となるはずだった。


「でも分かるはず無いよなぁ。まさか、装置無しで顕現するなんて」


 熱エネルギー変換器の暴走は、自然に生じた魔素による過剰出力によるものだった。


「……この勢いだと、世界に拡がるのもあっという間、か」


 どこか上の空で、呟く。


「願わくば、世界の法則が変わった世の中を見たかったな……」


 ズズっとコーヒーをすする。


 しかし、不味いコーヒーだなと口を開こうとしたその時ーー、視界は真っ白に染まった。

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