第3話

「ごちそうさまでした!」

結衣の元気の良い挨拶。

「はい、おそまつさまでした」


 我が家は共働きの両親のため、毎週日曜日は兄弟でお昼ご飯を作ることになっている。

……もっとも、由依は作らないので実質自分の担当だ。


 お昼もこなし、どことなく睡魔に襲われる。

 ソファーに吸い込まれるように沈み込むと、洗い物をしていた由依から抗議の声があがった。

「あー!お兄ちゃんずるい!そこは私が予約してたのに!」

「うん?おやすみ〜」

 このソファーは先着順だ。


「もー!食べて寝ると牛になっちゃうよ!?」

 ガチャガチャと食器を洗う音が大きくなる。

 急いで洗い物を終えようとしているようだ。


「良い心地じゃ〜」

 意味はないけれど、少し煽ってみた。


 そういえばと、天井の灯りを遮るように右腕を眼の上に置き、手のひらに集中する。

 何となく、いつかは魔法が使えるようになるんじゃないかと思い、ついやってしまう行動だ。

 全身から右手にかけて何かを集めていく感じで、

ゆっくりと感覚を探る。人間には五感しか無いはずだけれど、それ以外の感覚を探し出す気持ちでーー。


 集まった感覚をゆっくりと光に変えるイメージで手を……。

「はい、どーん!」

 唐突な腹部への衝撃。


「ゴッ…!流石にダイブは駄目でしょ!」

「ゴッ!だって!あはははは!」

 妹による強襲。まるで容赦が無い。


「ほらほら、どいたどいた!」

 半ば強制的に足元から床のカーペットに降ろされてしまう。ソファーには寄り掛かる程度しか許されない。


「昼下がりの安らぎが……」

 シクシクと悲しんでいると、定位置についた結衣に頭をクシャクシャと撫でられる。


「よしよし。温めご苦労であったぞ」

「いや、どこの武将だよ!」

 ワラジは温めてもソファーは温めないだろう。


 文句の一つでも言ってやろうと後ろを振り返ると、結衣と目が合う。


「えへへ、でも洗い物ちゃんと終わらせたよ?偉いでしょ?」


「む……はぁ、ありがと」

 屈託なく笑いかけられると、気が削がれてしまう。我ながら妹に甘い兄だ。


「お兄ちゃんはさー……」

 しばらくの沈黙の後、ふと結衣が何かを言いかけた。

「どうした?」


「うん……なんて言うか、別に彼女とか焦って作らなくても良いんじゃないかなぁ?」

 やや言いづらそうな雰囲気を感じる。


「え、滲み出る必死さが良く無いのかな?」

 余裕のある男がモテると聞くことがある。実際女友達もあまりおらず、女性と話すとテンパる自覚はあった。


「ううん、そういうんじゃないんだけど……」

 答えは違うようだ。


「えーじゃあ結衣はどうしたら良いと思う?」

 わからない時は素直に助言を求めると良い。


「もっと妹にかまう、とか……。魔法でもあれば良いのにね!」

 最初の方は聞き取りづらく分からなかったが、魔法あたりからハッキリと聞こえた。


「あー魔法でもあれば、ねぇ」

 魔法頼みってことは現実ではもう手遅れっていうことだろうか。

 そこまで危機的状況だったとは……。


「いや魔法があったらってのは、言葉のあやっていうか!てか、そうだ!魔法!結局、何で使えないって結論になったの?」

「あーそれなぁ、まだどうやって魔素を魔法に変えるか公表されてないんだよ」

 そういえばと魔法について調べていたことを伝える。


「えー、それならまだ使えないかどうか、分からないんじゃないの?」

「そうなんだけどさ、ネット見てると政治とか経済がとか、大人の事情ってやつで普通の人には使えなそうなんだよね」


 新しいエネルギーともなれば、利権問題が出てくるだろうし、何より、誰でも魔法を使える世界なんて危なっかしい。

 結局は今まで通りの生活に大した変わりは無いだろう。


「ふーん、大人の事情ねぇ」

「そう、大人の事情ーー」

 ーードッバンッ!!突然の音に思わず飛び上がる。

 それは大きな花火がすぐそばで上がった時のような、振動と爆音だった。


「えっ……何の音!?」

 結衣が驚いて窓に駆け寄る。

「今のは尋常じゃないね……どっかの工場の爆発?」

 窓から伺うに煙などは見えない。すぐ近くで起きた爆発などでは無いようだった。


「あ、そうだ!お兄ちゃんテレビ付けて!流石に今のはニュースクラスでしょ!」

「確かに!」

 言われて慌ただしくリモコンのスイッチを押すと、先ほど見ていたチャンネルに速報が流れていた。


『えー、ただいま臨時のニュースが入りました。臨時のニュースが入りました。番組の途中ではございますが、中断してお送りいたします』


『現在、WERDOの日本支部、魔素研究所にて爆発と思われる衝撃音が確認されました。繰り返します。WERDOの日本支部、魔素研究所にて爆発と思われる衝撃音が確認されましたーー』

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