実話怪談と電話

尾八原ジュージ

実話怪談と電話


 私が大学生のとき、ある学生マンションに住んでいたんですが、その頃の話です。


 その学生マンションっていうのが結構ちゃんとしたとこで、マンションの入り口にオートロックがついていました。

 入居者を訪ねて来たひとは、入り口のインターホンで部屋番号を押して、入居者にロックを外してもらうことになってるんですが、そのため各部屋には、固定電話が備え付けられていました。

 ごくごく普通の電話です。プッシュホン式の、かかってきたら受話器を上げて応対するタイプでした。

 基本的にはみんな携帯に連絡してくるもので、その固定電話はほぼインターホンとして使われていました。ただ私の場合、母親だけはよく固定電話の方にかけてきたものです。今思えば、それに出たら間違いなく部屋にいることだけはわかるわけですから、外でフラフラしていないか確認されていたのかもしれません。


 その頃から私は怪談が好きで、特に「実話怪談」と銘打ったものをよく読んでいました。ただ学生なのでお金がなく、近所の古本屋で安くなった本を探すことが多かったのです。

 あるとき、例によって古本屋をぶらついていると、単行本が並んでいる棚の中に、ずっと読みたかった本を見つけました。例によって実話を元にした怪談本で、好きな著者の作品だったので気になっていたものです。

 確か定価だと千何百円だったと思うのですが、当時はそんな本、おいそれとは買えませんでした。当時、節約のために水でといた小麦粉をチンして小腹を満たすなんてことをしていたくらいですから、本に千円以上のお金はなかなか払えないわけです。

 そんなに古い本でもないのに、古本屋で見かけるなんてラッキーだなぁ……などと思いながら値札を見たら、なんと百円プラス消費税。なのに決して状態が悪いわけではありません。

 これは買うしかない。

 で、さっさと買って部屋に帰りました。確か夕方の六時過ぎだったでしょうか。帰宅するとベッドに寝転んで、すぐに買ってきた本を読み始めました。

 面白かったです。百円ちょっとで買えてほんとに得したなぁ、と嬉しく思ったものです。ページをめくる手が止まらず、晩飯も忘れて読みふけりました。

 さて、それがいよいよ後半のクライマックスに差し掛かったときです。

 固定電話が鳴りました。

 前述の通り、固定電話にかけてくるのは母だけです。インターホンとは鳴り方が違うので、母からの電話だということは出なくても見当がつきます。

 母ちゃんからかぁ。長くなるからなぁ、後でかけ直そう……なんて思っていたら、二回ほど鳴ってコール音が止みました。

 珍しいこともあるな、と思いました。でもそれ自体は、そんなにおかしなことでもありません。たとえば父に話しかけられたとか、急に用事ができて電話を切っただけかもしれない。まぁそんなとこだろう……と思って、私はそのまま読書に戻りました。

 読み終えた頃にはもう九時を過ぎていたと思います。当然腹ペコでしたが、母から電話があったのを思い出した私は、固定電話から実家にかけ直しました。

 母はすぐに電話に出ました。やっぱりさっきの着信は、例によって母からの電話だったのです。

 で、母が言うんです。

『何でさっき切っちゃったの?』

 って。

「いや切ってないよ。そっちが切ったんじゃないの?」

 私がそう言っても、母は私が電話を切ったと主張しました。

『さっきかけた時、すぐに電話をとったでしょ? でも黙ってるからどうしたのかと思ったら、切っちゃったじゃない』

 だけどこっちはそんな覚えがないんです。

 母の言う通りなら、誰かが固定電話の受話器を上げて、それから元通り置いたことになるはずです。だけど私は電話に触るどころか、ベッドから降りてすらいません。ただ怪談本を読んでいただけなんです。一人暮らしですから、他の人が電話に出たなんてこともあり得ません。

 いまいち会話が噛み合わないままに電話を切って、ふとベッドの方を向くと、あの怪談本が目に入りました。

 俗に「怪を語れば怪至る」というそうですが、怪談を読んでも怪異が訪れることがあると聞きます。少なくとも私がそれまでに読んだ実話怪談集の中には、そのような話がいくつか収録されていました。

 臆病な私には、固定電話の一件と、たった今読み終えたばかりの怪談本との間に、何か因果関係があるように思えてきました。おまけに電話のことがあったのは、まさにこの本のクライマックス、最も怖ろしい事件が起こっている最中だったのです。

 この本を同じ部屋に置いたまま一晩を過ごすことが、急に怖くなってきました。

 私は時間を確認すると、本を買った古本屋とは別の、もう一軒の古本屋へと向かいました。その店は深夜まで営業しており、今日中に本を手放すにはここしかないと思ったのです。本をただ捨ててしまうことはなぜか怖ろしく、とてもできませんでした。

 査定の結果、その本は百円で売れました。消費税分だけで一冊丸々楽しむことができたわけで、結果としてはずいぶん得だったことになります。


 それと同じタイトルの怪談本なら、今でも簡単に購入することができます。

 面白かったので再読したい気持ちはあるのですが、どうしても改めて購入する勇気がなく、今日に至ります。

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