番外連載 異“世界”

前書き


拙作、異世界帰りの邪神の息子の核心的ネタバレが含まれます。未読の方はご注意ください。




「にゃあ」


「悪魔か!」


 反乱者達は仲間の頭部を噛み砕いた黒猫に対して、彼らの感性上では正しい分析を行う。黒猫は魔女、もしくは悪魔の手先として忌み嫌われているからだが、この猫はもっともっと悍ましい存在だった。


「光あれ!」


「にゃあ……」


 まずかなり弱い。それこそ異能の力を扱えるとはいえ、現場を知らない者が放った光の矢に胴を撃ち抜かれると、ころりと倒れてしまうほどに。


「は?」


 寧ろ反乱者達の方が困惑するほどの弱さ。


 だから猫は箱の中を観測することにした。


 箱を開ける。観測結果、死んでいない。


「にゃあ」


「復活したぞ!?」


 猫は何事もなかったかのように起き上がると、反乱者達に駆けだした。


「光よ!」


「にゃあ……」


 だが残念なことに猫は再び光の矢に貫かれて絶命し、駆けだした勢いのまま地面を滑ってしまう。


 箱を開ける。観測結果、死んでいない。


「にゃあ」


「は?」


 地面を滑っていた猫が再び駆けだす。


「ど、どういうことだ!?」


「光よ!」

「光よ!」

「光よ!」


「にゃあ……」


 続いては四方から放たれた光の矢を受けて絶命。


 箱を開ける。観測結果、死んでいない。


「にゃあ」


「ぎゃっ!?」


 そして無表情の猫に頭を噛み砕かれる反乱者。


「うわあああ!?」


「光よ光よ光よ!」


「にゃあ……」


 反乱者達はパニックになって拳銃と光の矢を乱射する。そして猫は絶命。


 箱を開ける。観測結果、死んでいない。


「にゃあ」


 なにもなかったかのように猫が起き上がる。


「ま、まさか不死身なのか!?」


 反乱者達の回答、限定的に正解。


「なんとまあ……」


 隔離された箱の中でパンドラが呆れ果てた、もしくはほんの少し怯えたように呟く。彼女の霊的な視力は不死身の猫よりさらに巨大な猫が、まるで箱の中を覗き込むようにじっと観測している姿をイメージした。


 猫が箱を開けると猫は死んでいない。何度でも。何度でも。何度でも。


 悍ましき邪神、四葉貴明の眷属その一柱、不死身たる箱の猫。彼がいまいち理解できていない概念を参考にして作り上げた箱とその観測者である猫は、シュレディンガーの猫を参考にしている。


 その貴明により、こんなもん? でいいのか? あってんのか? というあやふやさで、箱に閉じ込められた猫が毒ガスで死んでいるか分からないなら、観測結果を自ら決定してしまえという無茶苦茶な理論で生み出された。


 だからこそ。


 猫は自らが死ぬ確率未来をゼロにしているのだ。


 死んだ死因現在を否定しているのだ。


 そして元通り。全てが元に戻る。


 そして死ぬ前過去をやり直すのだ。


 猫は結果を自分で塗り替えるのだ。


 不死身たる箱の中の猫なのだ。


「うわあああああああ!?」


「光よ光よ! 光りよおおおお!」


 だが反乱者達は不死身でも不老不死でもない。体力の限界がある人間であり、光の矢を発射する気力が必要であり、弾丸は有限なのだ。


「にゃあ」


 猫は死なない死なない死なない死なない。


「ぎゃああああああああ!?」


 人は死んだ死んだ死んだ死んだ。


 体力、気力、集中力。その全てが尽きる。


 対処方法は限られる。猫が定めた脱出不可能な箱を無理矢理壊すか、在りし日の運命の三女神を連れてくるか。


 もしくは猫ですら根負けするほど無限の精神力を持つ。例えば、冷徹な瞳で木の影から銃を撃つ幹也もそうだ。その腕前は百発百中とは程遠いが、確かに離脱者達の数を減らしていった。


 そして全滅。ではない。


 箱に収めきれなかった森全体に、パンドラを捕らえるための人員がいたのだ。その全てを猫は見逃すつもりがなかった。


「にゃあ」


 だから猫は少々裏技を使うことにした。自らを媒体に、自らの一つ前の形態を呼ぶのだ。


『カウンター発動! 森林戦! 不死身たる箱の猫! 条件を確認! メモリー起動! 一件の該当あり!』


「召喚!」


『ワイルド認証! 選定完了! ブラックレア! テキスト! これを上げるよ。ナニモノにもなれなかった君達に送る、ナニモノにでもなれる力だ』 


 人が見上げる程の黒猫が足元程度に縮んだ。


 それがどうした。大きいことが恐ろしいのではない。恐怖そのものには全く関係がない。


『“死の森の影”ナニモノにもなれる猫を召喚します!』


「にゃあ」


 ある意味において四葉貴明の眷属で最も悍ましき者が闇に溶けた。


 ◆


(包囲したという報告があってから連絡が途絶えた……まさか失敗した?)


 パンドラが逃げた方向とは逆側に位置していた人員達が、連絡の途絶えた本体と合流するため森の中を急ぐ。


「た、助けてくれ……」


「ルーカス!?」


 その道中で血だらけの同胞を見つけてしまい、慌てて介抱しようとした。


「た、玉手箱と甕は無事か? 今どこに?」


「森の外のポール達はまだ動かしてないはずだ! それよりなにがあった!」


 血まみれの同胞を解放しようとした反乱者達は、息も絶え絶えな問いに対して頭の中で詳細な位置を思い浮かべてしまう。


 一方、血まみれの男は脳内で舌打ちをしていた。通りで幹也達が死体を漁っても玉手箱とパンドラの甕が見当たらないわけだ。それを彼は、


 あくまで影絵の彼は能力が細分化されており、先ほどは心の中を読むことができなかった。しかし今は違う。知りたいことが知れた以上、自分を介抱している者達は用済みである。


「え?」


 ゴギリ。と音が鳴り響いた。


 それは出血なんかしていない血まみれの男が、自分を助けようとしてくれている同胞の首を捩じった音だ。


「ルーカスなにをぎ!?」


 突然の凶行に別の反乱者が叫ぶが、次の瞬間首を刎ね飛ばされる。そのルーカスとやらの腕が鋭利な刃物となっていた。


 ルーカスという男は既に、箱の中の猫に食われて死んでいる。


「ルーカスじゃない。悪魔だ。そう思ったな?」


 刎ね飛ばされた首が僅かにその声を聞き届けた。


 この場にいるのは人間に化けた猫であり、なにより心を読む覚り妖怪だった。しかし反乱者達がそれに気が付いたのは死ぬ寸前である。


 形態が変われば恐ろしいのではない。邪神四葉貴明の眷属がその程度の筈がない。人の心の隙間に入り込む今の猫もそうだ。この猫はありとあらゆる姿に身を変えられ、心の中を読む覚妖怪にすら変じることができる。


 故にこそ箱の猫の中もナニニでもなれる猫も、存在自体が悍ましい化身なのだ。


「任務更新。目標へ向かう。にゃあ」


 男の形が崩れ小さな黒猫になると、再び闇の中へ消え去った。


 目標は森の境の道路。その中の車にある玉手箱とパンドラの甕。


 だが一歩遅かった。あるいはそう仕向けられたか。


「ふうう……ふうう……」


「おい大丈夫か?」


「あ、ああ。大丈夫だ」


 車の中で楽園を作る計画の首謀者が、玉手箱とパンドラの甕を持って震えている。それを気遣った同胞に大丈夫だと返すが……嘘である。


 この男、イタリアのファッションショーの会場の時間を停止させた男の弟であり、同じく森と大きな屋敷を停止させるほど強力な力の持ち主だが……とにかく気が弱かった。胆力のある兄と比べ続けられた、もしくはこの力に振り回された弊害かもしれないが、研究者の道に進んだことからも窺える。


 そんな男が所属していたテンプル騎士団から粛清されかけ、今も途方もない計画を推進しているのだから、緊張で頭が真っ白になっていた。


 パンドラ確保の報告が入るまで、箱と共に車の中で待機する予定を忘れてしまうほど。


 そして僅かな囁き声のせいで、一線を踏み越えてしまう。


「お、おい!?」


 なんと男は一緒に車に乗っていた同胞が目を離した隙に、玉手箱にパンドラの甕を入れてしまった。


「はあ……! はあ……!」


 しかも、血走った目で玉手箱の紐を雑に結んでしまう。これで玉手箱の権能が発動してしまうのに。


「っ!?」


 猫が到着したのはまさにその直後だった。慌てた猫は車に乗っていた者達を即座に殺害すると、玉手箱を紐解いて中身を確認する。


 そこには蓋がぐらぐらと揺れるパンドラの甕があった。


 まさに反乱者達の懸念通り。災厄こそ中に詰まっていたが、甕を開けた張本人であるパンドラが生存しているため、その固定化された伝承に引っ張られ、甕の蓋が完全に閉じていなかった。


 だが完全に閉じていなかろうが、なにかのきっかけでどう転ぶか分からない。人類賛歌を謳う邪神の眷属として、家畜と化した人の世はまっぴらごめんな猫は蓋を取っ払おうとした。


「っ!?」


 再びの猫の驚愕。猫は人に化けてパンドラの甕を完全に解放しようとしたが、蓋に触ったとたん手が弾かれてしまう。


 ここで猫は伝承を思い出す。パンドラの甕の開閉はあくまで人と関連したものなのだ。人間に化けているだけでは介入が不可能だと判断した猫は元の姿になり、甕の持ち手を咥えようとする。これは成功した。


 そして夜の闇を切り裂くように疾駆する。


 集中している猫は気が付かなかった。時間を停止していた筈の術者が死んでいるのに、森と屋敷は停止したままだったことに。


「猫君それがパンドラの甕か!」


 マスターカードを介して情報を受け取った幹也達が猫と合流する。


 しかしこの場で重要なのは、甕を開けた実績があるパンドラだった。


「これは……面倒だね……」


 パンドラはかつて自分の持ち物だった甕を一目見て、現状の面倒さを認識する。


「私が災厄を解き放った時、持ってる力の殆どを身を守るために使ったんだ。小娘達には荷が重いとなると……ま、十分生きたと言えるだろう」


 かつてパンドラが甕を開けた時、解放された災厄から身を守るため、神から与えられた力の大部分を消失していた。そして、未だ成長途中のアリスとマナでは荷が重いことを考えると、パンドラはその神造人間であるがゆえに長い生の全てを燃やし尽くして、再び甕を開く決心をした。


「ちなみにですけど、その災厄って肉体的にダメージがある物理的な奴です? それとも精神的なダメージの概念的な奴です?」


「後者さ」


 幹也が猫からパンドラの甕を受け取りながら、持ち主にどういったものか問う。


「ふむ。開いた時、周りの人に影響はあります?」


「いや、ないよ。旦那は神格だったとはいえ影響はなかったしね。あくまで開ける人間さ」


「ほほう」


「あんたまさか!?」


「おじさん!?」


 ある意味慣れているアリスとマナが、幹也の企みに気が付いて悲鳴を上げた。


「なら俺が開けてもいいわけだ」


「なっ!?」


 あまりにも気軽にパンドラの甕の蓋を開けた幹也を災厄が襲い掛かる。しかし、パンドラはこの時微妙な勘違いをしていた。


(世界を持っているのじゃなく世界を内包してる!? 人間がなぜ正気でいられる!?)


 パンドラがそれを察してしまい慄いた。


 パンドラが幹也の中を覗き込みたくないと言ったのは、世界を所持しているからその影響を受けて、中身がとんでもないことになっていると思ったからである。


 だがある意味で逆なのだ。


 世界を所持しているから中身が混沌としているのではない。その内に世界を秘めているから、分割した切れ端である大アルカナと、制御装置のマスターカードが生まれたのだ。


 そして戦争、疫病、不安、この世のありとあらゆる災厄の概念が幹也に語り語り掛ける。その死を、嘆きを、悲しみを、怒りを。


「無駄だ! お前達がどれだけ囁こうと、人の世は存続している! 今まで人に乗り越えられてきたんだ!」


 そんな囁き程度に、人如きの癖に世界を内包して正気を失わないどころか、なんの痛痒も感じていない精神的超越者が揺らぐはずがない。しかも世界を内包していたから精神的が超越しているのではなく、元々が超人と呼ぶに相応しい精神構造なのだ。


 そして災厄の概念は人間の精神を蝕むことができず、再び完全に解き放たれた。


「なんとまあ……」


 パンドラがなんとも言えない表情で呟く。確かに人の自立を促すために災厄を解き放ったが、こんな人間が生まれてくるのは予想外だった。


 だがまだ終わっていなかった。


『警告! 停止結界の強度が上昇! 神格を感知!』


 マスターカードの警告と共に、突如として災厄を解き放った甕が爆散すると、そこを中心にして空間がガラスのようにひび割れた。


「ぐがっ!?」


「おじさん!?」


「いいから伏せな!」


 割れた空間の隙間から吹き荒ぶ突風をもろに受けた幹也は吹き飛び、駆け寄ろうとしたアリスとマナはパンドラに抑え込まれて地面に伏せる。


 時間を弄ぶものではない。停止された結界。玉手箱を利用した時間操作。そして巻き戻されたのはギリシャの神々が災厄を詰め込んだ甕。一瞬だけとはいえ世に解き放たれた災厄で不安定になった空間。


 それを標として、好機とばかりに奈落から這い上がろうとした者がいた。


 老人だ。白髪で豊かな髭もある。しかし、巨人と言えるほど途方もなく巨大だった。


『類似存在を確認! ゼウスと近位値を確認! 推測完了! タルタロスに幽閉されていた農耕神クロノスと時間神クロノスの混合存在が、こちらの次元への帰還を目論んでいるものと推測!』


 マスターカードの推測通り。それこそが父ウラヌスの次、息子ゼウスの前に全宇宙を統べた者。からの空間と呼ばれた神の孫。本来は農耕神だが同名の時間神と混ざり合ったクロノスであった。


「もうすぐだ! 我こそが宇宙を支配するに相応しいのだ!」


 老神クロノスが奈落から現世への道を広げながら叫ぶ。


 この巨神族の長は息子ゼウスに敗れた後、タルタロスに幽閉されていたが、乱れた時空間を押し広げて現世で再び君臨することを目論んでいた。


 いや、クロノスだけではない。


 その配下で同じくタルタロスに幽閉されていた万を超えるティタン神族もまた、長と共に栄光ある時代を再び築こうとしていた。


 勿論、人間のことはお構いなし。いや、黄金時代という名の家畜としての生は送れるかもしれないが。


 最早オリュンポスの神々なき今、人の運命は決定した。


 世界を内包する男がいなければ。


 吹き飛ばされ倒れた幹也は見た。目の前で揺れるクローバーに、唇から出血した己の血が付着しているのを。


 そして勘があった。今なら間違いなく呼べると。


 あるいは……都合よくクローバーがあるのも、呼べると確信したのも……それは、パンドラを待てず玉手箱と甕を使うよう企んだクロノスと同じ、神の囁きだったかもしれない。


 だが幹也には関係ない。ある意味、自分の親の一人と言える存在に呼びかけた。


「おじちゃんおじさん親父さんおやっさん!」


 四回四度呼ぶ暇はない。そして幹也の生で徐々に変わった呼び方を無意識に叫ぶ。


『げっ!?』

『ばかっ!?』

『おまっ!?』

『まずっ!?』

『ひえ!?』


 マスターカードの中で幹也を象徴する三つ以外、意志ある全ての大アルカナが絶叫を上げた。


 絶対に、絶対に呼んではいけないのだ。ソレに理性があってもブチ切れている怪物ユーゴ並みに、あるいはそれ以上に、絶対に呼んではいけない存在。


 そんなものに幹也は呼びかけてしまった。


『えーっと、“時間”、“無”、“宙”は出てこようとしてる方、“火”はお姉さんの方で無理矢理こじつけれるね! うん!』


『カウンター発動! “時間”との混合神! 虚“無”の系譜! 全宇“宙”を統べた二番目の神! 簒奪された“火”の神話! 条件を確認! メモリーききききききききき一件の該当あああああああああありりりりりりり!』


 囁きというには大きな声と、マスターカードの言葉を大アルカナたちは聞いてしまった。もし彼らに血色があったなら真っ青になっていただろう。本来この存在は、別次元からの神格がこの世に侵入してきて、人の世を壊そうとする状況なら呼べるのだ。


 なのにマスターカードが読み上げる条件は、大アルカナも知らないものだった。いや、その条件がなにを象徴しているかは分かる。その存在にとって非常に大きな意味を持つからだ。


『テキスト! あれこそは神なり! 神にして神なり! 全ての神の総身なり!』


 しかし、そんな非常に大きな意味を持つ条件で呼べる側面を知らなかった。


『“復讐”!“ へばりつく泥”! “狂期きょうき”! “仇討”! “怨には怨を”! “NO.X”! “触らぬ神に祟りなし”! “忌神”!』


『ヤバいぞ! どうしてマスターカードはこんなに側面の二つ名を言うんだ!』


 更に更に。呼び出される影絵は一側面を強調した存在であり、マスターカードが宣言する二つ名は一つの筈。それなのに複数。


『まさか直接来るつもりなのか!?』


 大アルカナたちが最悪の正解に行きつく。“時空間のほつれ”を標にして現れようとしているクロノスと同じく、その存在が直接この地にやってこようとしていた。


『じゃあ大アルカナの皆さんよろしくお願いします!』


『No.1 魔術師マジシャン、拒否! 駄目だ駄目だ駄目だ!』


『No.2 女司祭長プリエステス、拒否! どうして動くの!?』


『No.3 女帝エンプレス、拒否! 他に幾つか手段があるのなら出て来ない筈なのに!』


『No.4 皇帝エンペラー、拒否! 止めろおおおおおおおおおお!』


『No.5 司祭長ハイエロファント、拒否! 倅に席を譲ったなら動かないでくれ!』 


『No.6 恋人ラバーズ、拒否! マナ! アリス! いますぐこっちへ!』


『No.7 戦車チャリオット、拒否! こ、こんなことが……!』


『No.8 ストレングス、拒否! ああヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! マジでヤバいって!』


『No.9 隠者ハーミット、認証!』


『No.10 運命の輪フォーチューン、拒否! 隠者が認証したぞ! ディーラーめ! なんでもかんでも呼べばいいというものではない!』


『No.11 正義ジャスティス、拒否! 行動原理があやふやすぎる! だから息子にも怪しまれてるんだぞ!』


『No.12 吊るし人ハングドマン、拒否! 縄が落ちた!』


『No.13 死神Death、拒否! ヒヒヒヒヒヒヒヒ! ヒヒ……ヒヒ……また来世で』


『No.14 節制テンペランス、拒否! 死神! 我々のバックアップは残っているな!?』


『No.15 悪魔デビル、拒否! こんなものをどうしろと言うんだ!』


『No.16 タワー、拒否! ああ!? 塔が崩れる!?』


『No.17 スター、拒否! 駄目だ。本当にこれだけは駄目なんだ。星ですら極僅かな点なんだ。いや、点ですらない……』


『No.18 ムーン、拒否! そんなことは分かってるスター! だが止めないでどうする!』


『NO.19 太陽サン、拒否! 全く! 全く力が及ばない! ビッグバンとはこれほどの!?』


『No.20 審判ジャッジメント、認証!』


『No.0 愚者フール、認証!』


『No.21 世界ワールド、拒否 ! これが! こんなものが“俺”なのか!? “俺”と呼べるものなのか!?』


 怪物の中の怪物、ユーゴが招かれた時のように、あるいはそれ以上に大アルカナが切羽詰まって、やってこようとする存在を押し留めようとする。


 かつてマスターメモリーに登録されていながら、実の息子に椅子取りゲームに敗れて蹴落とされた者を。


『ちょっとだけ! ちょーっとだけだから! ね! お願い! どうかこの通り!』


 拝んでいるのがありありと分かるような声と共に。


 隠者、審判、愚者以外のカード逆さを向く。


 無理矢理逆位置にされる。


『No.1 魔術師マジシャン、認証!』


『No.2 女司祭長プリエステス、認証!』


『No.3 女帝エンプレス、認証!』


『No.4 皇帝エンペラー、認証!』


『No.5 司祭長ハイエロファント、認証!』 


『No.6 恋人ラバーズ、認証!』


『No.7 戦車チャリオット、認証!』


『No.8 ストレングス、認証!』


『No.9 隠者ハーミット、認証!』


『No.10 運命の輪フォーチューン、認証!』


『No.11 正義ジャスティス、認証!』


『No.12 吊るし人ハングドマン、認証!』


『No.13 死神Death、認証!』


『No.14 節制テンペランス、認証!』


『No.15 悪魔デビル、認証!』


『No.16 タワー、認証!』


『No.17 スター、認証!』


『No.18 ムーン、認証!』


『NO.19 太陽サン、認証!』


『No.20 審判ジャッジメント、認証!』


『No.0 愚者フール、認証!』


『No.21 世界ワールド、認証!』


 逆さを向いた大アルカナ達が認証させられる。そしていくつかの例外を除いて、逆位置が意味することは不吉である。


 だから不吉そのものがやって来た。


 ずるりと。


 するりと。


 かつてのように。いつかのように。


 虐待されて押し入れで震えながら、血の付着した四葉のクローバに呼びかけた少女の下にやって来たように。


 あるいは。


 観測するため異なる世界にやって来たように。


 もしくは。


 本体に戻った時のように。


「やあやあクロノスさんとティタン神族の皆さん! 初めまして!」


 ベンチに座りにこやかな顔で手を振る中年が、クロノスとティタン神族の前に現れる。


 パンドラの箱の災厄を塵芥に貶めるマスターカード。その中で最悪にして最厄。


 自らを元人間と、異世界帰りの邪神であると主張する男。邪神四葉貴明の実父。


「自分のことは名無しの権兵衛とでも呼んでください!」


 それこそが始原神、唯一名もなき神の一柱。


 という偽り。真実は全く違う。


 異なる世界の原点にして頂点。


 古い古い古い、気が遠くなるほどの古さ、ひょっとしたら全次元で最も古きナニカ。


 “時間”も、“無”も、“宙”も、“火”も。そして星を旅立った人々すら……内包……する……が……非常に大きな問題があった。四葉貴明ですら顔を真っ青にして、即座に回れ右する問題が。


「ここはなんだ!?」


 混乱するクロノスとティタン神族の軍勢。


 そこは地平線まで真っ白で何も無い空間だった。だが空には宙があった。


 男が座っている黒いベンチの隣には、火のついたガス灯に小さな壁時計がかけられていた。


「いやあ、昔の話ですが名家連合の皆さんに囲まれた時、同期を呼んでいいかって思ったことがありまして! それでも百対五じゃんとも思いましたけど! あれ? 二百対五? それとも五十対五? まあいいや! 皆さんは万とか軽く超えてますから、今回こそ呼んでいいでしょう! それに、ついこの前の鏡の大騒動も一緒に見てましたから起きてるんですよ!」


 一方的にまくしたてる男の声だけが空しく響く。筈だった。


「うるせえ! 寝れねえだろうが!」


 ベンチに座って怒鳴る若い青年が、腕時計を輝かせながら現われた。


「……」


 ベンチの端に腰を預け、不機嫌そうにむっつりと黙り込んで目を閉じている若い男性が現われた。


「テンション上げすぎだ。ここ数日ずっとうるさいが今日は特にだな。パンドラ殿が人の自立のために災厄を解き放ったことを知った時など、思わず耳を塞いでしまった」


 ベンチに座り、瞳が輝く中高年の男が現われた。


「まあ気持ちは分からんでもない」


 ベンチの背もたれに身を預けた、髪が真っ白な翁が現われた。


 あってはならない、居てはならない、起きていてはならない者達。


 彼らこそが。


「それで今何時だ?」


『原初神“時間”が召喚されました!』


「……」


『原初神“無”が召喚されました!』


「さて、宇宙を統べたと言われてもな。確か百四十億にも満たない赤子だろう?」


『原初神“宙”が召喚されました!』


「プロメテウス。一目会いたかったが」


『原初神“火”が召喚されました!』


 いずれも異なる世界の頂点にして、力が衰えていない創造神級の柱達。その名も原初神。


 そしてその中心こそが。


 現象概念真理のなにもかも。世界に存在しない外宇宙からどこでもない全てなどという考えを、結局我が身の一部に過ぎないと一笑に付して戯言にする“世界”。


 そのオリジナル、その本神。


 


 真なる名を。


「原初神ジャー再結成!」


『原初神“混沌”が召喚されました!』


 原初神、根幹の根源たる“混沌”がじっと敵を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る