番外連載 原因
フランスの某所、そこはうす暗い森の中なのに道路だけはきっちりと舗装されていた。
「アリス、そうやって面倒そうな顔をしないの」
「他の連中、うちは儲かってますけどお宅はどう? とか露骨にマウント取りあうじゃない。巻き込まれるのは面倒よ」
「まあそうだけど……」
その上を走る高級車の中。アリスの母親であるマリアは、姪のマナはお行儀良くしているのに、実の娘が仏頂面なことを窘めようとした。しかし、アリスの反論には苦笑して認めるしかない。
(うちのマナは大人しいけど、それはそれで心配になるわね)
(はあ……おじさんなにしてるかなあ……)
一方、マナの母親であるグレースも一緒にいるが、手の掛からない筈の娘はほぼホームレスに思いを馳せていた。
(私もできれば行きたくないが……)
(はあ……)
面倒さを感じていたのはアリスだけではなく、父親である西園寺修一と扇一郎もだ。
アリスとマナ達は母親の実家であるパパドプロス家に向かっているのだが、ここは女系家族であり、男親達はよく言えばお客様、悪く言えば部外者扱いで居心地が悪い。しかし、日本の頂点に位置して世界に名を轟かせる西園寺と扇の当主達はそれに文句を言わない。
この二家が世界に名を轟かせるなら、パパドプロス家は世界の中枢に食い込んでいる一族の一つなのだ。その系譜が数年に一度集まる行事の場において、欠席する選択は取れなかった。
「到着しました」
どれだけ面倒でも、車が走っている以上は目的地に到着するものである。西園寺家と扇家は、森の中に佇む城と見間違いそうなほど巨大な屋敷を見上げた。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
屈強な男性使用人に出迎えられるが、強者の雰囲気を漂わせているのは彼だけではなく、頭を下げている女性の使用人達もだ。
「姉さんとお母様は変わりない?」
「はい。皆様お元気です」
マリアは屋敷を歩きながら、見知った使用人に現当主である自分の姉と、先代である母親の様子を尋ねた。そしてパーティー会場に足を踏み入れる筈が、彼らにとって予想外なことが起こってしまう。
「うん?」
ふらりと彼らの前を横切ろうとした老婆が訝し気な声を漏らす。しかし、老婆と言っても背は曲がらず真っすぐで、髪は真っ白だが鋭い目の下で瞳が青く輝いていた。
「お、大婆様!?」
使用人達だけでなくマリアとグレースも、飛び上がらんばかりに驚いてしまう。
(誰?)
(大婆様?)
『ギャハハハハ! 報告! “シ■■■の■子”の類似存在を確認!』
(今の声、死神ね。なんて言った?)
(おじさんと話できますか!?)
一方、アリスとマナは老婆に心当たりがなく心の中で首を傾げていたが、馴染みある甲高い声が聞こえてそちらに集中する。
「……覚えがあるね。二十年前に一回会った筈。そう、マリアとグレース」
「は、はい!」
「それで旦那かい?」
「西園寺修一です」
「扇一郎です」
「ならこっちの娘が……」
老婆は昔を思い出すように額に指をあてると、大人達を確認して次はアリスとマナに視線を向けた。
「アリスと申します」
「マナと申します」
アリスとマナは母親のただならぬ様子を察して、丁寧に自己紹介をした。
「アリスとマナだね。付いてきな。娘がいないことでなにか言われたら、私が連れて行ったと言っておきな」
老婆はチラリとアリスとマナを見ると、顎をしゃくって自分についてくるよう促した。そして母親達には、自分が連れて行ったのだと説明するよう言いながら背を向けた。
「いいアリス……! 失礼が無いようにね……!」
「マナ、いつも通りお行儀良くしてるのよ」
「どうかお傍に人を……」
「年寄り扱いするんじゃない。なにしてるんだい、行くよ」
マリアとグレースが自分の娘に切羽詰まって言い聞かせる横で、使用人が老婆にお付きの者を置いてくれと哀願するも一蹴された。
「あの方は?」
「パパドプロス家の大婆様! お母様が子供の時から大婆様って言われてたらしくて、お幾つか全く分からないのよ! 普段はご自分の部屋から滅多に出なくて、私も一回しかお会いしたことないの!」
アリスの父である修一が、ある意味娘を連れ去った老婆が何者かと妻のマリアに問う。しかし、混乱している彼女の返答は老婆の人物像を把握するには情報が足りていない。
(心が読めない)
一方、連れて行かれたアリスとマナは、安楽椅子に座った老婆の心が読めないことに困惑していた。
「ヒッヒッヒッ。嘘の判断じゃなくて心を読めるか。とは言っても赤ん坊に心の中を読まれる程耄碌してないよ」
(気づかれた!?)
(ママにも言ったことはないのに!)
ニヤニヤと笑う老婆がそれを指摘して、アリスとマナは驚愕する。それは彼女達が母親にも言っていない二人だけの秘密の筈だった。
「ああ、母親にも言ってないのか。正解さ。人間が持っていい力じゃないからね」
(まさかこっちが読まれてる!?)
「ヒッヒッヒッ。まさかもなにも、いつもやってることだろうに。さて」
老婆は驚愕するアリスとマナの様子が面白くて堪らないとばかりに笑いながら右手を突き出した。
「あっ!?」
「それは!?」
『ギャハハハハハハハ!』
再び、いや、先ほど以上にアリスとマナが驚愕する。どこからともなく現れた裏面は黒、そして表面は死神の絵柄のカードが、いつもの馬鹿笑いを浮かべながら吸い寄せられるように老婆の手に納まった。
「ふうむ。十三番目の大アルカナ、死神のカード。妙なのに気に入られてるとは思ったけど、見れば見るほど妙だね」
老婆は死神のカードをしげしげと眺めて嘆息する。
「あの、大婆様? はそれがなにか分かるのですか?」
アリスはなんと呼べばいいか分からぬ相手が持つカードを見ながら、恐る恐る質問する。
「ま、凡そは分かるけれど奇妙としか言いようがない。まさかこの一枚で世界の切れ端と表現できるなんて。これで大アルカナ全部となにより世界のカードまで持ってるんだろ? あんたらの大好きなおじさんとやらの中は絶対に覗き込みたくないね。深淵なら可愛いほうだ。ナニに覗き返されるか分かったもんじゃない。それに、底が見えてもマトリョーシカってことも考えられる」
『ギャハハハハハハ!』
老婆はわざとらしく体を震わせて、アリスとマナの心から読み取ったおじさんの持ち物を手放し、死神のカードは消え去った。
「過去は見通せないけど当ててやろうか。あんたらの愛しい男は、好奇心で首を突っ込んで出会っただろう?」
「え!?」
「それは、そのう……」
「ヒッヒッヒッ!」
空いた手で途中だった編み物を続け始めた老婆だが、顔は井戸端会議を上機嫌にしている主婦と変わりない。そしてその予想は大当たり。
まさに素っ頓狂な声を上げたアリスが、好奇心で地面で項垂れている自称占い師に声を掛けたのが関係の始まりだった。
「ま、私に似てるなら男運もそう悪くないだろうさ。旦那とは色々あったけど、なんだかんだで上手くやったからね」
アリスとマナは、それっていつの話ですか。なんて恐ろしいことを聞くことができなかった。できなかったが。
「なに、ついこの前の話さ」
あまりにも貫禄のある老婆の笑みに彼女達は何も言えなかった。
◆
『会合に緊急通達! 玉手箱はテンプル騎士団の一部が独断で盗みだしていたが、騎士団はその一派の粛清に失敗した! 全人類が危機意識をなくす前に捕縛しろ! 最悪の場合、子孫を残す意識も欠けて種が滅ぶぞ!』
テンプル騎士団に纏わる伝承の一部は誤りだった。契約の箱は見つけられなかった。代わりに別のモノを見つけていた。
最早なんの意味もなく、元の持ち主ですら無価値と判断して捨て去ったモノが。
そして、開けると定められたに等しい者が邪魔だった。
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