番外連載 不安と不穏

(首脳会談の増加、宇宙探索の活発化、地球防衛軍構想。終末論が流行ってないようでなにより)


『以上、年がら年中が週末のディーラーからでした』


(ふ、無職の特権だ)


『およよ。自称占い師じゃないですか』


(おっとそうだった。って自称じゃねえ)


 幹也は拾った新聞紙を地面に広げて座り、その記事を見ながらマスターカードと漫才を繰り広げる。


 そこには度重なる異星からの訪問に対応して世界中で首脳会談が行われ、中には地球を守るための防衛軍構想まで話し合っていることが記事になっていた。


(そう考えると人類連合政府と人類連合軍って凄いよな)


『そこそこ宇宙に進出して人類の居住地が広がってるのに、ある程度は統一された意思を持つ政府機関と軍でしたからね。各部署のトップ層も極一部を除いて有能極まってますし』


 そこで幹也が思い出したのは、不可能を覆した男が一応所属していた政府と軍だ。今いる幹也の世界とは比べ物にならない程宇宙に進出していたのに、それでも人間は統一された政府の下で繁栄していた。


 あの日、ガル星人が襲来してもだ。結局人類は結束して最後まで戦い抜き、勝利を勝ち取って見せた。


『ザ・ファーストのテコ入れがあったとはいえ、技術部はリヴァイアサンを解析しつくしました。新兵器開発局も星系連合の技術提供があったからですが、バハムートを完成させました。兵站部なんかはどれだけ振り回されても、結局一度も補給の破綻を起こしませんでした。ハッキリ言って全次元を見渡しても上位に位置する有能な組織と言えるでしょう』


(隊長一人に負けてたけど……)


『例外を持ち出すのは卑怯かなって』


 手放しで褒め称えるマスターカードだが、その有能極まる者達がたった一人に白旗を上げていたのもまた事実だった。


(はっ!? こっちに人が来てる!)


 そんな昔を懐かしんでいる幹也の仕事場に人が近づいてくる。


「あのー占ってもらいたいんですけど」


「ようこそいらっしゃいました! ささ、なんでも仰ってください!」


 やって来た仕事帰りのOLらしき客に、幹也は阿鼻叫喚の思い出を取っ払いながら最敬礼で応対した。


「その、好きな人がいるんですけど、彼とこの先の関係が知りたくて。ほら、宇宙人同士が戦ったりあったじゃないですか。先のことが気になって」


「分かりました! どうぞお好きなカードを引いてください!」

(終末論こそ流行ってないが、似たようなことを言ってくる客はいるな)


 幹也が大アルカナのカードをシャッフルしながら昨今のことを考える。実はここ最近、客足がほんの少しだけ増えていたが、将来が不安だから占ってほしいと言われることが多かった。


(ヒュドラやテュポーンはこの地球産だし、エルフ星人と精神生命体に関してもこの宇宙の奴らだから、安易に馬鹿が記憶消去したらいいってものじゃない)


 幹也は馬鹿こと四葉貴明の顔を思い出しながら心の中で顔を顰める。滲む不安は僅かに地球を蝕んでいるものの、なかったことにすれば地球が備えることができない。そして幹也は永遠に地球を守ることなどできない以上、この問題は人類全体が乗り越えなければいけない問題だった。


「それではどうぞ!」


「あの、何枚引いたらいいんですか?」


「お客様がこれだけ引こうと思うのも占いの一環ですので!」


「わ、分かりました。じゃあ一枚だけ……」


『そのテンションに引いてますよ。カードを引くだけに。ぷぷぷ』


 OLはハイテンションな幹也に戸惑いながら大アルカナを一枚だけ引く。マスターカード渾身のギャグは無視された。


「ふむ、恋人の正位置。疑いようもなく、恋人さんとはこの先も素晴らしい関係を続けることでしょう」

(よかった。これで悪魔なんぞが出てきたら破ってたところだった)


『おいコラ』


「本当ですか!?」


「ええ。間違いありません」


 幹也は客が引いた恋人の大アルカナを見て、深く考える必要がないと安心しながら単刀直入な解釈を伝えた。勿論悪魔の抗議も無視である。


「それとこれはサービスですが」


 そして幹也はもう一枚、恋人の下にあったカードを表にする。


「世界のカード。意味は完全ですが、いいことも悪いことも、少しいいことも少し悪いことも、全部を含んだ世界は回っていくものです。そして今日は明日のために、明日は明後日のために頑張れば、世界の先は続いていきますよ」


 幹也が思い出すのは、人類の明日の為に戦った兵士達。例え歴史に記された者は極僅かであろうと、人類という種は己の世界を守り抜いて明日を勝ち取ったのだ。


「ありがとうございました!」


 その確かな裏付けのある言葉だが、現代の人間が正確なことを分かる筈もない。OLはただ恋人の関係が上手くいきそうなことにお礼を言って、代金を手渡し去っていく。


 尤もそれこそが兵士達が、幹也が望んだ日常という名の戦利品であった。


 ◆


 ◆


 ◆


 ところ変わってアリスとマナの住居であるタワーマンション。


 そのアリスが私室のベッドで寝ころんでいた。


『おバカめ。俺は大人なんだぞ? お返し欲しくて嬢ちゃん達助けたんじゃないわい。拉致られたのがそこらの鼻たれ小僧でも助けたわ』


『あ、やっぱりそういうのあるのね。でもそれはそれ、これはこれ。お分かり? お嬢ちゃん達みたいな子達は、家に帰って普段通り寝る義務があるんだわ。俺の心配してくれるのは嬉しんだけどね。』


『あん? 俺の望み?アリスとマナの幸せだ。つまりお前がいちゃ叶わない』


『なら世界が滅ぶときにあいつらと一緒に死んでやるよ!』


「はあ……ほんと好き……大好き……」


 アリスはふとした拍子に幹也の声を思い出して熱い吐息を漏らす。しかし油断と言うべきか。湯上りでベッドに寝ころび、気が抜けてついつい漏れてしまった本音だが、この場にはもう一人いた。


 母親が姉妹のアリスとマナは、お互いの部屋で寝ることも多く今日もそうだった。それを思い出したアリスは、そろりと隣で寝ころんでいる筈のマナを窺った。


(うん!?)


 だがマナは呟きが聞こえていないようで黙々とスマホを眺めている。それを不審に思ったアリスは、いったいなにを見ているのかと覗き込んで驚愕した。


「なにベビー用品眺めてんのよ! まだ先の話でしょうが!」


「んにゃ!? ちちち違うよアリスちゃん! これは次に参入しようとする分野の研究だよ!」


「そんな予定聞いてないわよ! 共同経営者の私が知らない訳ないでしょうが! やっぱり抜け駆けするつもりね!?」


「やめへええええ!」


 アリスはベビー用品を見ていたマナの企みを疑い、その可愛らしい顔を両手で挟み込んだ。麗しい女の友情は時として儚く脆いのだ。尤も、アリスも“まだ”先の話とうっかり本音を漏らしていたが。


「明日は早いのに無駄な時間を過ごしたわ……」


「私のせいじゃないよー……」


 一方的なキャットファイトが終わり、明かりが消えた部屋の中でアリスとマナがなんとか寝ようとする。


「面倒よね」


「あはは。親戚付き合いも大切だから」


 うんざり気なアリスにマナが苦笑する。


 彼女達は明日から、ヨーロッパにある母方の実家に顔を出すことになっていた。









 ◆


 日本某所。


「雇い主は誰だ! 吐け!」


 机をドンと叩きながら、日本政府に所属する裏の人間が詰め寄る。


「だからさあ、俺もプロなのよ。知っていたとしてもクライアントを言う訳ないでしょうが」


 人を殺しそうな顔で恫喝されても、スーパーロイヤル号をハイジャックした主犯、日本が名前さえも突き止めることができなかった、壮年の名も無き傭兵はどこ吹く風だ。


 しかもこの傭兵、自らをプロと称するだけあり口が堅いばかりか、薬物に対する強い耐性があったため、非合法な手段を使っても口を割らせることができなかった。


(実際知らねえしな。手が込みすぎだろ)


 傭兵が心の中でへらへらと笑う。どうして断れないも相手から依頼された傭兵だが、その相手も大本の依頼主のことを知っていなかったので、彼は自分が関わった陰謀がどれほど根深いかすら分かっていなかった。


(それに盗まれたっぽいなこりゃ)


 傭兵はここ最近の鬼気迫る尋問から、外で起こっていることをある程度把握していた。


(玉手箱。正式名称はだったか)


 傭兵自身が人質の解放と引き換えに要求した、玉手箱という名の権能とまで呼べる力を宿したものが盗まれたことを。


(とは言っても、伝承と違ってそう大きくもない箱の中に入れた物の時間しか操作できないって聞いてるぞ。便利は便利だが、人間に効果がないならそこまでのものかね? それとも聞いた話と違って、無理矢理でも人間を入れれるのか? ま、あくどいことを考えさせたら人間の右に出る者はいないってね。どうでもいいけど)


 傭兵は玉手箱のスペックを思い出すも、知ったことではないと肩を竦めた。


 確かに悪意において人間の右に出る者がいないのはその通りだ。しかし、人の悪意に際限がないように善意にも際限はない。

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