番外連載 緩やかな時間

「やっぱり息抜きは必要よね」


「そうだねアリスちゃん」


 パーティーから数日。アリスとマナは立場に見合わぬ場所、漫画喫茶のファミリールームのソファに座っていた。ここで仕事や学校での息抜きの為、漫画やインターネットを楽しむ。


 のではない。息抜き飾った企みが行われようとしていた。


「息抜きは必要だけど、それがホラーのゾンビ映画とは中々に通だな」


『存在がホラーそのものな友人を持つ人間は通といえますかね?』


(誰のことかさっぱり分からんな)


 幹也がアリスとマナが持ち込んだDVDをセットしながら、彼女達の選んだ映画にある意味感心する。そしてマスターカードの声にはすっとぼけた。


 そう、この漫画喫茶は幹也の寝床の一つであり家同然だった。つまり、家のリビングで仲良く映画を鑑賞するのと何ら変わりがない状況である。


「ゾンビ映画って言っても、グロテスクなのじゃなくて感動ものよ。年齢指定もないでしょ」


「家族ドラマの方が近いですね」


「ははあ、俺がガキの頃のゾンビ映画はスプラッターものばっかりだからな。今はこういうのもあるのか」


 アリスとマナの説明を受けながら、幹也はパッケージの裏側を確認する。そこには確かに彼女達の言う通り、グロテスクとは程遠そうな謳い文句が記載されていた。


「よっこいしょ」

(ふっふっふっ。感動映画でもホラーを二人だけじゃ見れないとは)


 幹也が自然な動きでアリスとマナの間に座りながら、内心で微笑ましく思っていた。彼女達に息抜きにホラー映画を見るから付き合ってほしいと言われた幹也は、二つ返事でこの場にいた。


(だが分かるぞ。あの馬鹿もホラーゲームをやるときは、俺を巻き込まないと無理だったからな)


 この快い了承には訳がある。少年だった頃の幹也と悪友の腐れ縁である四葉貴明は、お互いを巻き込まないとホラーゲームができなかったのだ。幹也はその思い出を懐かしみながら、アリスとマナの映画鑑賞に付き合うことにした。


「ふうむ。不老不死の研究の失敗作でゾンビ化か。ゾンビというか……ゾンビになりそうな社畜の知り合いはいるけど……蜘蛛君って名前の……」


「アテナの時の?」


「そうそう」


『蜘蛛君可哀想……』


 幹也はアリスに頷きながら、アテナを殺害したゾンビになりそうな社畜こと、涙を流しながらストライキの看板を掲げている恐ろしき黒蜘蛛の姿をイメージする。マスターカードの呟きは無視だ。


「とってもかわいかったです」


「うーん大物だなマナ。いやデフォルメ形態の時は確かにかわいいと言えなくもないな」


 マナの大物発言に、幹也の頭の中の蜘蛛がポンと可愛らしい姿に変わる。尤も、ストライキの看板はそのままだが。


「不老不死ねえ。殆ど呪いでしょ?」


「仰る通り、死にたいときに死ねないのは呪いでしかないさ。少なくとも現代の人間には。たった一人でも、人類全体でも変わらない。いつかずっと先、間違いなく休む必要があるのに、それができなくなったら人は狂うしかない」


 映画の導入を見ながらアリスがぽつりと呟き、幹也も手に余るものだと同意する。


「実は私達の血筋は、少し老化が遅いみたいなんです。不自然なほどではないですけど」


「おっとそうなのか。とは言っても、俺も秘薬やら色々がぶ飲みしてるからな。ドロテアさんって凄い薬師の人が言うには、ちょっと寿命が延びてるっぽい。なら俺達、人よりちょっと長い付き合いになるかもな」


 マナがふわりと幹也の耳元に口を寄せ、血族の秘密を口にする。そのどこか甘い匂いと耳元をくすぐる吐息に、男なら誰もが理性を失うだろう。しかし幹也は映画を見ながら、自分もその可能性があると言うだけだ。


「それ本当?」


「ほんとほんと」


 そんな幹也だから、アリスの問いかけに簡単に答えるものの、彼女とマナの目がギラリと光ったのに気が付かなかった。


(懸念の一つが)


(片付きました!)


 内心で満面の笑みのアリスとマナの懸念は、“少々”年の離れている幹也が寿命の長い自分達よりずっと先に逝くことだった。その問題が無くなったのだから、心の中でにんまりと笑っているのは当然だろう。現時点でそれだけ人生計画を作成している、彼女達の恐ろしさの証左でもあったが。


「この前も言ったけど寒くないか?」


「そうね。じゃあ少し寄るわ」


「いや、寒いなら温度上げてもらうけど」


「ほんのちょっと寒いだけですから、これでちょうどいい感じです!」


「ならいいか」


 幹也が思い出した様に室温について聞くと、アリスとマナが幹也との距離を縮めてくっついた。これに対して幹也は、冬季惑星で人と密集して暖を取ったこともあり、疑問に思うことはなかった。


『“墓穴堀り”に墓穴の掘り方を聞いた方がいいですね』


 そしてマスターカードが幹也に聞こえないように呟いた。


「ねえ、少し聞きにくいこと聞いていい?」


「いいぞー」


 アリスが映画を見ながら幹也に語り掛けた。


「おじさんは……最近……」


「楽しいことあった?」


 それを恐る恐るマナが引き継ぎ、またアリスが語り掛ける。


「あるぞ。アリスとマナと映画を見てる」

(あるぞ。アリスとマナと映画を見てる)


「あ、あっそ」


「私もです!」


 幹也の二つの声を聞いたアリスはそっけなく、マナは満面の笑みを浮かべながら更に密着する。


(馬鹿……)


(えへへ)


 アリスが心の中で馬鹿と呟き、笑みを浮かべるマナは寒いと言ったはずなのに体温が上がる。


 ただでさえ幹也のことを愛しているのに、人より長い付き合いになる、自分達といて楽しいと言われたのだ。堪らなくなった、彼女達はこっそりと幹也に抱き着くように腕を回した。


(この導入、確かにちょっと怖いシーンだ)


『“墓穴堀り”がメイスを空中にぶん投げるでしょう。そして頭に落っこちてきます』


 一方、抱き着かれた幹也は、人生経験のせいでもあり本人は悪くないのだが、それでも女に関して底なしのアホだった。


 密室で、花開き匂い立つ魔性の“女”二人と、大貧民の間で緩やかな時間が経過していった。

























 ◇


 贈られたもの


 男を惑わす魅力。


 機織りや女の仕事の能力。


 狡猾。

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