番外連載 アリスとマナ

「西園寺と扇の娘か……」


 都内の最高級ホテルで行われたパーティーの参加者が、この場に足を踏み入れたアリスとマナを見て静かに身じろぎした。


 アリスとマナは自ら設計した、下品に飾り立てず質素なドレスを着ていたが、女として咲き誇っている彼女達自身の美貌は全く損なわれていない。


 このパーティーの参加者は、日本において最上級の格を持つ者しかいないのに、男は動揺を隠せず女は嫉妬を抱くほどだ。


(なんとか近づいて……)


(相手が西園寺と扇でさえなかったら……)


 若手の有望株の青年は、西園寺と扇というビッグネーム抜きにアリスとマナのどちらかと縁を結べないかと考えている。中には親子以上に歳が離れているのに、破廉恥にもどうにか愛人にできないかと考える老人もいた。


「初めまして西園寺さん、扇さん。私、橋田重工の」

(なにかきっかけがいる)


 現に若手の一人が抜け駆け気味にアリスとマナに挨拶をしていた。


「初めまして西園寺アリスです」


「初めまして。扇マナです」


 恥花閉月。花が恥じらい月も隠れる可憐な笑顔を見せたアリスとマナに、男の思考が固まってしまう。


 尤もこの少女達、いや、女達の男の理想は月よりも高い。男はそれを列挙されたらいったいなにを想定しているのかと顔を引き攣らせ、口ではできると言っても内心は無理だと断言するだろう。


 ただし、それに当て嵌まる男がいるのではなく、理想を一から築き上げた男がいた。


「めでたい。この前、服飾店の売り上げを確認したが目を疑った」


「まさに。子供の将来を案じるより、自分の隠居後の予定を決めていた方がよかった」


「そうですわね」


「うふふふ」


 会場でアリスとマナの両親がニコニコとしていた。


 アリスとマナは基本的に社員に任せているが、偶に二人が直接手掛ける服飾も存在する。それはどれもこれも飛ぶように売れて世界を席巻することすらあり、売り上げを知っている両親は我が子の才能に恵比須顔になっていた。


(となると……)


(いよいよ……)


(結婚相手……)


(どうしたものかしら……)


 そうなると唯一頭を痛めている、アリスとマナの結婚相手について考える必要が出てくる。


「どうもどうも! 本日はお日柄もよく!」


 そこへこの場に相応しくない緩んだ雰囲気の中年が、能天気な声を出しながらやってきた。


「ああ、これはどうも」

(誰だ?)


 アリス達の両親は困惑した。パーティーの参加者は上流階級の顔なじみばかりで、いきなり西園寺と扇のトップに声を掛ける者も常識的にあり得なかった。しかし、この場にいるということはそれなりの立場の筈で、とりあえずは応対することにした。


「いやあ分かりますよ! うちも子供が結婚できるのかと思ったことがあります! ま、そんなこと考えてたら急に学生結婚して、いきなり片付いちゃったんですけど! はっはっはっ!」


「は、はあ」


 男が西園寺と扇の最懸案事項に首を突っ込んできたのだから、両親は不快に思う前にいきなりなんだと戸惑うしかない。


「ただ、五歳くらいの頃から見てきた子は、まだちょっと時間が掛かりそうですね。それもまた人それぞれの人生でしょう」


(アリスとマナに話を繋げるつもりか?)


 男が急にテンションを落として手に持っていたグラスをじっと見始めたが、両親はその見てきた子とやらにアリスとマナのどちらかをという話に持っていこうとしているのかと警戒した。


「親ってのは難しいですよね。私も兄弟が子供を作った時は態々気苦労をしょい込んでと笑って見てましたが、いざ自分がその立場になると嬉しさもあり、大変さもあった。そして驚きも。子供は親が思ってる以上に逞しいものですから。おっと話が長くなりましたね! 自分はこれで失礼します!」


「はあ……」


 テンションが落ちたかと思えば再び高くなり、一方的に言い捨てて去っていく男に両親はポカンとするしかない。上流階級に変人もいるにはいるが、それでも今まで西園寺、扇という二大巨頭にそれを貫ける者はいなかった。


「あれは誰だ?」


「いや分からん」


 男親達は不審者に心当たりがなく首を傾げる。


(嘘はなかったけれど……)


(なにをしにきたの?)


 そして嘘の判別ができる異能を持つ母親達は、先ほどの男の言葉の感情に嘘がないことは間違いないと思いながら、結局なんの用だったのかと疑問に思う。


 尤もいつの間にかパーティー会場から消え去っている男は、嘘はあまり言わないが本当のことからは程遠いことばかり口にする存在だった。


(いやあ、ちょっとテンション爆上がりしちゃってるからなあ!)


 その消え去った男も自分のテンションがおかしい自覚はあった。普段の彼は腰が重すぎるという訳ではないが、さりとて軽いとは全く言えない。そのため本来ならどこかでじっとしている筈なのだ。しかしついこの前目撃した、影絵といえどもあまりにも輝かしすぎる人間達、特に覚悟が決まりきった兵士達の集団は、男の足取りを軽くしすぎていた。


 あるいは。


 活性化している存在に引っ張られているのか。


(やるなら一気呵成ね)


(既成事実。いい言葉です!)


 余談だが、アリスとマナの内面はいつも通り華やかと程遠かった。





















 ◇


 かつて贈った者


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