番外連載 世界

 前書き

 最後の伏線の回収のため、短めの番外編を掲載します。


 ◆


「やっぱり子供の成長は寂しくもあり嬉しくもありますなあ!」


「おっしゃる通り!」


 宇宙人の襲撃と一部でタールが剥がれたことを誰も覚えていないホテルのロビー。そこで草臥れ果てた中年男性に相槌を打ちながら、田舎で麦わら帽子とタオルを首に巻いた姿が似合いそうな、これまた中年男性が相手を観察する。


(いやあ人間が素の力でここまで重くてバカでかくなるとはね! しかも俺にとって盲点だから見難いのなんの!)


 男にとって草臥れ果てた中年は非常に見えにくい存在だった。目を凝らしても輪郭がぼやけてしまい、いまいちピントが合わない。


(いくつかの正式な手順で階段を上がって太極に至ったらまだしも、単なる力の強さと重さで穴を開けた人だからなあ!ぶっちゃけ想定外! はっはっはっはっ!)


 男が心の中で爆笑する。彼にとって概念を寄せ付けない草臥れ果てた中年は完全なイレギュラーであり、こんなことできるのかと素直に関心しているほどだ。


(こっちはこっちで予想外! じっと見てたらSAN値削られちゃうね!)


 この場にはもう一人いるが、そちらも男にとって予想外の例外だった。


 首都高速道路の地図を広げて顔が見えない人物は、男の根幹の一つである人間を“見る”機能に著しく負荷をかけてしまう。一切の神秘を持たないその人物の成し遂げた偉業にして異業のせいで。


(いやあ無理でしょ! 普通に考えて!)


 男の身だからこそ分かる。


 不可能なのだ。


 なのにその人物が成し遂げた実績は、蟻がナイアガラの滝を逆行するかの如き異常。生身で運命の壁をぶち破るに等しい行いの末にもぎ取った異勝異常


(でもただの人間なんだよね! うける!)


 そのギャップが男の根幹にエラーを吐き出させ続けているが、感じる感情は愉快の一言だ。


『地球のすぐそばで起こった宇宙艦隊の衝突、そして現れた鏡の大地と謎の超大型エネルギー。世界は、宇宙はいったいどうなっているのでしょうか』


(はっはっはっはっ! 大騒動!)


 実の息子から全存在の中で一番厄いと思われている男が、テレビから流れる世の混乱も知ったことではないと笑いながら、それでもじっと“世界”を見ていた。


 ◆


「いったい! なにが! どうなっているんだ!」


 ギリシャで起こったヒュドラ、テュポーン事件から、裏の世界を束ねる秘密結社会合と、世界の主要国家は定期的に連絡を取り合っている。


 そんな中、アメリカの代表がテレビ電話越しに怒鳴るが、正確な答えを持っている者は誰もいない。


 尤も文字にすれば簡単だ。異なる次元の宇宙人がこの世界で超破壊的エネルギーを発見して、それを利用した実験に失敗。結果この世界と隣り合った鏡面世界と化学反応が起きて、無尽蔵の兵力が生み出されてしまった。それらを止めるために愚者と縁ある者達が呼び出され、地球のすぐそばで宇宙の命運を掛けた一大決戦が巻き起こったのだ。


 戦力の内訳は無限の敵性宇宙人とその艦隊、恐怖の大王と呼称するに相応しい無尽蔵の破壊エネルギー、そして破壊する訳にはいかない鏡の大地そのもの。


 対するは宇宙の全体を戦い抜いたと表現できる一大勢力最盛期の宇宙主力艦隊と、不可能を成し遂げた青。森羅万象そのもの。大虚無にして大暗黒に至ってしまった怪物とその縁者。煮詰まってしまった呪詛と愉快な仲間達。その他様々に貧乏人。


「そういうこともあるのだと素直に受け入れた方がいい」


「はい」


 混乱する国家の者達に比べて、会合の実力者である仮面と巫女は余裕がある物言いだ。物言いは。


 実際はもうどうにでもなれと表現できる諦めの極致であり、宇宙の彼方まで匙を投げていた。


「なにがそういうこともあるだ! 地球を優に消し飛ばせるエネルギー同士が衝突してたんだぞ!」


「宇宙が消し飛んでないのだからお釣りが出る。冗談ではなくその可能性の方が高かった」


「全くです。地球が無事で、私達も生きていることを素直に喜びましょう」


 血圧の上がった各国の代表達にも、仮面と巫女は我関せずといった様子だ。


「あれだけの戦力がどこから来たというのだ!」


「この世界ではない、もしくは宇宙の彼方だろう。次元の乱れを幾つも感じたから、全く別の場所からやって来たのは間違いない。ただし、それがワープといった超科学的なものか、異能によるものかは分からん。つまるところ、我々はそれも分からない程、井の中の蛙だったのさ」


「人智を超越した力の結果、あれほど恐ろしい者達が集結したのです。その原因となったなにかを考えるなど、私にはとてもとても……」


 結局のところ仮面も巫女も会合も、世界の全てが把握していなかった。


 ◆


「ぶえっくしょん!」


 寒空の下で大きなくしゃみをしながら、世界を内包しているのではと思わせる男、全てをひっくり返せる大革命の可能性を秘めたジョーカー。


「今日の客は二人か。上々だな!」


 斎藤幹也という名の貧乏人を。


「あっ! いたいた」


「おじさんこんばんは!」


「おーうアリス、マナ。最近寒いから風邪ひくなよー」


 いつの間にか嬢ちゃん達ではなく名前で呼ぶことが多くなった、別名ヒモが決定している男である。























 ◆


 会合に緊急伝達! 日本政府が隠し持つ玉手箱が奪取された!

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