斎藤幹也

前書き

これでもかと複数の拙作のネタバレがあります。ご注意ください。



「今度こそ【死ね】!」


 最初に動いたのは貴明だった。目は血走り怒りに燃え、報復神であるのに己の怒りを解き放った。それもそのはず。幹也の体の傷は殆どガル星人との交戦で生まれたものであり、貴明はガル星人と会ったら必ずお礼参りすると固く、本当に固く誓っていたのだ。だからこそ恨みを込めて、腐り爛れて狂死する呪いを最初に放ったのだが、それは途端に生み出されたガル星人達によって意味のないものとなった。そのため彼は、普段は苦しまない呪いって意味ないというポリシーを捨てて、幾ら生まれようが途端に死ぬ、単純に生物が即死する呪いを放ったのだ。


「やっぱなんかおかしいぞ!?」


 断末魔の声も上げられずに即死したガル星人だったが、貴明は全てを皆殺しにするつもりだったのに、鏡の大地にいるガル星人の殆どは健在で、しかも未だ止まらず増殖を続けていた。


「【第三の理・地】【地縛地消じばくじしょう】あら、本当に変ね」


 その隣にいた彼の妻、四葉小夜子が生物を完全に圧死させる高重力を叩きつけたのだが、潰れたガル星人は、先程貴明が即死させたガル星人の隣に湧き出た者だけだった。


≪撃て≫≪撃て≫≪撃て≫≪撃て≫


 それに遅れて無限に沸き続けるガル星人達が、自我がないにも関わらず手にした銃器を一団に向けて発射した。


『カバー!』

『反撃しろ!』

『撃て撃て!』


 だがそれよりも早く、一団で最も数の多い人類連合の歩兵達が、砕けた鏡のような遮蔽物に身を隠して銃器を放つ。その精度はまさに歴戦の兵士であることを証明するように正確で、殆ど一方的にガル星人を撃ち抜いていたのだが、例え倒れ伏してもそこから新たなガル星人が現れる始末だ。


「とにかくお前さんを中心にまで連れて、はん?」


 一方、幹也の傍まで来たユーゴが、彼を抱えて目的の場所まで連れて行こうとしたが疑問の声を上げる。


「どうなってる?」


「いやあ、はは」


 ユーゴの問いに苦笑する幹也。

 幹也の存在ががっちりと鏡の大地に嵌まり、彼が自分で歩く以外に方法がない程強固に結びついていた。


「幹也……そうか」


 それに幹也が何をしようか察したユーゴは、ただ切なそうに顔を歪めた。その次の瞬間、鏡の大地にいたガル星人の一角が奇麗に消滅した。


 ユーゴが幹也の道を作ろうと、ただ拳を振るっただけで消し飛んだのだ。


 しかし。


「なんだ?」


 やはりなにかがおかしい。


 人間大の虚無であるユーゴは、この場にいる者達の認識すら置き去りにして加速すると、誰よりも重いその拳を放ってガル星人を消滅させたのだが、彼の感覚ではこの鏡の大地が崩壊しない程度の威力で、ガル星人を丸ごと消滅させていた筈なのだ。しかし現実には、消滅したガル星人は極一部であり、またすぐに複製されて途端にまたユーゴの拳で消滅した。


「【舞えよ 風の精 渦巻け 逆巻け 天へと上る 風の柱 対処する】」


「婆さんか」


 戦場の一角で生まれた天まで伸びる風の柱がガル星人を飲み込む。


「ふむ。確かにおかしいね」


 しかしその術者であるドロテアは、手に持った白い杖で肩を叩きながらユーゴと同じように首を傾げた。ユーゴだけではなくドロテアの感覚でも、もっとガル星人を巻き込んでいるはずなのだ。


「こりゃかなり訳の分からん時空になってるみたいだね」


「というと?」


 大方の察しを付けたドロテアにユーゴが問う。


『おいどうなってる。ビームが通らない奴がいるぞ』


 ジェネーレータをーを唸らせてビームの大輪を咲かせている青い怪物も、そのビームが効いていないガル星人がいることに気が付いた。


『解析結果ですがこれは面倒な。時空間が歪みすぎて、この場にやって来た世界の戦力ごとに、介入できる幅が一定の地点に限定されています』


「つまり、あの真ん中手前辺りは私らがどうこうできるけど、一番手前は兵士らしい連中。次はあの精霊の子供。一番真ん中は邪神の系譜しか介入できないのさ」


 ザ・ファーストとドロテアの結論は同じだった。


 鏡面世界と幹也の世界の衝突によって時空間が歪みすぎて、やって来た世界ごとに介入できる地点が限定されていたのだ。


「それをぶっ壊すと?」


「こうさ」


「面倒な……」


 尤もそれすらも破壊できるのがユーゴだが、ドロテアは握った拳をぱっと広げて、それをやると世界がどうなるか簡潔に説明した。


『なら話は簡単だ。各々が介入できる地点のガル星人を殲滅し、幹也の道を開ける。いくぞ戦友諸君。一番手前は我々だ』


『サーイエッサー!』


 特務大尉の命令によって人類連合軍の兵士達が、更なる火力の嵐を巻き起こし、ガル星人を殲滅させる。


「その次の地点が僕ですか」


「ポチ、タマ行こう。あの辺りか婆さん?」

「ああそうだね」

「わん!」

「にゃあ」

「分かった。気張れよ幹也」


「ばーかばーか! くたばんじゃねえぞ!」

「ふふ」

「ボクらは中央だったね」

「そうね」

「ああ。やるぞ」

「ちょっと待てどうしてプロテインと一緒に召喚されていない。不備がありすぎるぞ」

「要望書にそう書いとけ」

「うへえ。この戦場の中を突っ切るんか」

「なんか、私が精神力吸い取っても大丈夫なのが多くない?」

「え?」


 持ち場につくため多くの者が、人類連合軍と鏡に侵されたガル星人という、かつての宇宙戦争そのもののど真ん中を駆ける。


『行け幹也』


「はい隊長!」


 地表すれすれを飛び回り、ビームの嵐を巻き起こすバハムートから、スピーカー越しに聞こえた特務大尉の声に幹也が駆けだす。


『道を確保しろ!』

『撃て!』


 バハムートが切り裂いた道を維持するため、ガル星人の群れに軍曹率いる兵士達が銃撃を続ける。


『ああクソ! エスコート役失敗だろ!』

『全く減らねえ!』


 本来なら全滅させて幹也の安全を確保しなければならないのだが、無限に等しい相手を全滅させることなどできる筈がなく、戦車や装甲車を突っ込ませてなんとか道を維持していた。


『これに乗れねえのか!?』


『すいません無理です!』


 その装甲車の運転手が幹也に叫ぶが、がっしりと鏡面世界と繋がっている幹也は、車体と地面の僅かな異物すら許されず走るしかない。


『行け! ドジるんじゃねえぞ!』

『転ばねえようにな!』


 道を維持する兵士達の隙間を抜け


 幹也が走る。


『幹也』


 そしてもう少しで境界に差し掛かろうとしたとき、バハムートのスピーカーから声が聞こえた。


『送る言葉がある』


『必要ありませんよ隊長!』


『それでいい』


 だがその声に幹也は必要ないと言ってのけ、声の主は、宇宙戦争の英雄は満足したように再びバハムートを飛翔させた。


 ◆


「ああちょっと待ってください。自然がない場所ですからちょっと手間取って」


 宇宙戦争の境を抜けると、そこには作り方こそ古いが一目で手間と時間、金が掛かっていると分かる服を着た青年、アレン・ライルト眠たそうに突っ立っていた。自然と精霊と歩むアレンにとって、鏡しかない大地はあまり好ましい場所でなく、少々手間取って


 ガル星人が

 灰も残らず燃え尽きた

 雷に撃たれた

 凍り付いた

 大地に挟まれた

 溺死した

 植物の苗となった


 そしてなにより


 永遠の光に消えた

 底なしの闇に呑まれた


 この地点すべての。


 これが森羅万象にして自然と精霊の愛し子。ただそこにあるだけで全ての理を支配、いや、共にあることが出来る存在だった。


「それではどうぞ」


「ありがとうございます坊ちゃん!」


 その自然現象が巻き起こっている道を


 幹也が走る。走る。


「ふむ、今日の日付は……」


 その背を見送ったアレンは、鏡の大地に木で出来た椅子を作り出して腰掛けると、懐から日記を取り出して今日起こったことを書き始めた。


 自分が生まれた直後からやって来て、当時の家族の日記にも書かれていた異邦人にして、物心ついた後も度々遊んでもらった人物と、幹也と久しぶりに会えたことを書き記すため。


 勿論その間も、ガル星人達は大自然そのものと相対していた。


 ◆


 一方、鏡の大地中央に到着した貴明達なのだが……


「それにしても、あれどうしましょうかあなた」


「え、あれ? ま、また!? まあああたお前か恐怖の大王! もういい加減にしろよてめえ!」


 貴明は親友を傷つけた怨敵を目の前にして視野が狭くなっており、妻である小夜子に言われてようやく、鏡の大地の奥にいた無形無限のエネルギーであり、ある意味宿敵である恐怖の大王に気が付いて絶叫を上げる。


「しかも再生怪人のお約束守らずになんだそのエネルギー!」


 よく分からないことを叫ぶ貴明だが、その恐怖の大王は彼の記憶のものより更に、更に更に強大だった。


「あれをここで壊すのはマズいわね」


「ですよねお姉様……」


 しかもである。貴明がかつてこの存在を打破したときは、周りに影響が出ない状況であったのだが、この地球の傍で恐怖の大王を破壊すると、地球に対する影響が計り知れなかった。


「しゃあないまたやってやる!」


 心底、本当に心底うんざりとした顔で貴明は、己の力を開放することにした。


「我が身こそ人の想い! 人の願い! その依り代! その化身! 人の想像空想概念思念を束ね我が身を持って依り代となす!【第二形態】」


 貴明の人としての体と肉が崩れ泥となり、その下から紙垂を出鱈目に張った人型の注連縄が現れ、その結びも解けると、手あり足あり肘あり膝あり顔は無し。ただ眼だけが燃ゆる深紅の瞳の藁人形が現れた。


『【アヴァターラ変身】!』


 それは思いの結晶であった。願いの結晶だった。そして神仏の化身であった。


『【オン・バザラ・ダト・バン】!』


『【ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アビラウンケン】!』


 貴明が唱えた真言。密教の世界にして宇宙。金剛界と胎蔵界を合わせて両界曼荼羅。


 貴明が藁人形から姿を変えて中心に位置する。それこそが。


『【マハーヴァイローチャナ】!』


 大日如来そのものであった。


 それだけではない。分裂した貴明が数多の仏達となり、大日如来を中心として無限の回転エネルギーを生み出していく。


『もっぺん食らえや! 【永遠円輪えいえんえいりん森羅万象しんらばんしょう曼荼羅万華鏡まんだらまんげきょう】!』


 曼荼羅を描き宇宙となった仏達が恐怖の大王にぶち当たった。


 貴明はかつてこれで恐怖の大王を打倒していた。しかし、今回は破壊するわけにはいかなかったが……そもそも……。


『ぐぐぐぐぐぐぐ!? や、野郎!?』


 切羽詰まった貴明の声。


 阿字観の姿勢のまま両手を突き出した仏達が、なんとか恐怖の大王を止めていたがこれが限界だった。そのかつてよりも成長した貴明の力を持ってしても、この存在はようやく止まるだけだったのだ。


 ◆


 一方、日記に書き綴られている幹也は次の境界に到着していた。


 そこにガル星人はいなかった。


 正確に言うと、一度この地点にいた全てのガル星人が消滅して、再び現れた一瞬後にまた消滅し続けているのだ。ただ、早く動いて殴られているだけで……。


「来たか幹也。婆さんはどうする?」


 それを成し遂げている怪物の中の怪物。ユーゴがやって来た幹也を見つける。


「邪魔するような野暮じゃないのさ」


 切なそうなため息をつくユーゴが振り返ると、白い杖を付いた老婆、ドロテアが佇んでいた。


「普段の坊やよりよっぽど腹が据わってるね」


「うるさいぞ」


 ドロテアは家庭で、主に自分の子供達の言動にショックを受けやすく、意外に打たれ弱いユーゴを見ながら、彼の家に傷だらけで落っこちてきて、自分がよく治療することになった幹也の姿を見た。


 そして


「話をする時間くらいやろうかね」


『了解!』

『にゃあ』


 ユーゴの傍でじゃれあっていた炎の狼ポチと、氷結の虎タマが駆けだして、ガル星人達をその炎獄と氷獄に叩き落とし。


「【大地よ 起きよ 天よ 落ちよ 流れる 星が 押し潰す 対処する】」


 ドロテアが8つの言葉を唱えた。


 星が降った。


 しかしそれはガル星人達のど真ん中に着弾しただけでなく、衝撃波や爆発生させず、ただその破片だけでガル星人を撃ち抜いていく。


「ほら行ってきな」


「ありがとよ」


 隕石を落としながら衝撃波も爆発もしない矛盾。世界を押し広げ、非ざる現象を引き起こす"7つ"よりも更に上。術者の願いをそのまま現実に引き起こす神話の魔法"8つ"。それが鏡の大地で、原初の魔法使いによって唱えられたのだ。


「やるんだな」


「兄貴!」


 駆ける幹也の隣をユーゴが困ったような表情をしながら追走する。幹也の近くのガル星人は、ユーゴによって出現したと同時に、物理現象を超越して秒速29万9792km以上の速さを持った拳で消滅していた。


「まあそのなんだ」


 ユーゴは言いたくなかった。時間軸が違う為、彼の感覚では30年ほどの付き合いなのだ。幹也が酒が飲める歳となった途端酒場に連れ出してバカ騒ぎしたり、自分の子供達と遊んでもらった弟分なのだ。できれば危ないことをしてほしくない。しかし、覚悟を決めた男を止めるほど野暮でなかった。


「また遊びに来い。俺も皆も喜ぶ」


「はい!」


 そう言ってユーゴは、自分が侵入できる鏡の境界ぎりぎりまで幹也を見送り、それを背に受けた幹也は


 走る。走る。走る。


「はあ……」


 ユーゴは壊すことしかできない自分へのやるせなさと。


「……このっ! このボケ共が! 死ね! 死ね!」


 ガル星人達への無限の怒りを抱いて、鏡の大地を圧し潰さないぎりぎりまで圧縮された宙が吼える。

 足が速い。力が強い。

 それだけなのに誰よりも速く誰よりも重いと言う矛盾した怪物がその拳をふるう。

 それだけなのに何人も止められない。

 ガル星人達が欠片も残さず消滅する。

 裏を返せば破壊できないものなど何もないのだ。


 これが怪物の中の怪物ユーゴ。


 まさに


 その男に触れるべからず。


 ◆


 その中心であるがゆえに、最もガル星人達が多い鏡の大地の中央は激戦区と言ってよかった。


 その中でも目立っているのは。


『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 山に匹敵するほどの巨体を持った、八岐大蛇をベースにした8本の首を持つ蛇だろう。それが首の権能を連発してガル星人を石に変え、毒で溶かし、その牙で八つ裂きにし、巨体の進撃で蹂躙する。人類に対処できない存在に対して、正面から粉砕する使命を持った彼にとって今はまさに本懐だった。


『ゴオオオオオオオオオオオアアアアアア!』


 その次に目立つのは全長20メートル。三面六臂の巨猿。地上に現れればアメリカの東海岸から西海岸まで容易く蹂躙できる、悪鬼神阿修羅の力を宿した猿が、その六腕から武器を振りガル星人を消滅させている。


『キキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 更にその次だがどんどんと肥大化している。黒い蜘蛛だ。8つの赤い目が常にガル星人達を捕捉して、その体に纏った漆黒の泥に取り込むと、蜘蛛なのに足が100を超えるほどに巨大化して、しかもその上周囲に、ガル星人達が狂死する絶対死の呪詛を振りまいている。


『にゃあ』


『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候。ワン!』


 他にも不死身である量子力学の猫が、幾度体を消し飛ばされようと即座に復活してガル星人を叩きのめし、犬武者が九つに分裂して切り伏せていく。


 しかし、そんな彼らにも負けない、あるいは凌駕している一団がいた。


「【超越超力壁】!」


 初手は狭間勇気が超能力で生み出す空間の壁。それがガル星人のいかなる重火器でも罅一つはいらない。あまりにも硬すぎる。いや、硬いと言う概念を通り越して、空間に無の真空地帯を発生させてなにものも通さない。


「【四力大結界】!」


 次手は藤宮雄一が作り出した、虹色に輝くドーム状の四力大結界。勇気の超力壁でも過剰すぎるのに、その上これはいかなる攻撃をも遮断する無道無敵の結界なのだ。


「【スーパーフレア】!」


 三手。一団でのメイン火力を担当する佐伯飛鳥の手から、太陽が迸ったかのような獄炎がガル星人を飲み込んでいく。


「ほら頑張れ。頑張れ。頑張れ」


『頑張りまあああああす!』


 その上飛鳥は、頭上で恐怖の大王を押しとどめている、貴明に軽い声援を送る余裕もあった。


「【貪降雪殺どんこうせっしゃ】」


 四手。橘栞が粉雪を降らせる。全てを貪る雪が、触れれば命をも容易く奪い取る深淵の雪が、深々と、静々とガル星人に着弾する。


「あまり無茶はしないように」


『はああああああああい!』


 こちらも同じように貴明に声を掛けていた。


「【カワルミライ】【ウンガワルイイマ】【ちょっきん】」


 五手。神の力を直接扱う水準に至った者は、異能者ではなく権能者と呼ばれているが、木村太一はまさしくその頂点。偶々鏡の反射で目が眩んだガル星人の照準が、運悪く目の前にいたガル星人にあってしまい同士討ちを起こし、そしてなにより死の概念を叩きつけられる。これぞまさしく運命の、モイライ三姉妹の力に他ならなかった。


 その一団だが目立っていない2人がいた。しかし、行っていることは常軌を逸している。


「【祓い給い清め給い】【祓い給い清め給い】【祓い給い清め給い】【祓い給い清め給い】【祓い給い清め給い】【祓い給い清め給い】【祓い給い清め給い】」


 ぶつぶつと呟いて一団をただ延々と、際限なく、果てしなく、無限に強化している東郷小百合。


「いよっしやるわよお!」


 そしてもう1人はチャージが完了した。その照準は、地表近くまで接近していたガル星人艦隊。


「サンダー!」


 インドラの矢が

 ケラウノスが宇宙に奔った。


「はい私、暫くお休み。やりなさい男共」


 他人の精神力を吸い取り砲弾に変えられる如月優子だが、この戦場には精神的超越者がちらほらおり、中には単に銃を撃っている兵士にもいた。その彼らから拝借した精神力を込めた弾丸は、インドラの矢、ゼウスのケラウノスと全く見劣りせず、なんと単なる個人の放った魔法が、宇宙戦艦の正面装甲をぶち抜いて消滅させたのだ。


「マッスルも温まり始めた」


 そして一団だが、最も目立っていない男がいた。なにせ一帯では誰も認識できていなかった。そのエンジンが温まり始め、どこまでもどこまでも加速している肉体的到達者、北大路友治はプラズマすら引き起こす速度で鏡の大地を駆け、ガル星人達をその拳で粉砕していきながら、なおも加速を続けていた。


 しかし真に恐ろしいのは。


「夫の邪魔しないでくれないかしら? 【全ことわり開放】」


 恐怖の大王を押しとどめている夫、貴明を排除しようとするガル星人艦艇の前に


 巨大な狐が現れた。


 金色の毛並み。


 白い顔。


 9つの尾。


 まさしく


 白面金毛九尾に他ならなかった。


『【宙の理・水金地火木土天海冥】』


 尾の名は


 水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星


 この太陽系で、太陽系そのものの力が振るわれて、その正面にいた全てが消滅した。


 しかし、しかしそれでもガル星人達は無限に沸き続け。


 一部がごっそり消滅した。


 ◆


「やあやあ異星人の皆さん初めまして!」


 やたらと人当たりのいい中年男性が、黒いベンチに座ってガル星人達に手を振っていた。


「いやあ、本当は手を出すつもりはなかったんですよ! なんと言っても皆さんは別に神とかじゃないですからね!」


 鏡の大地とは全く違う次元。


 そこは黒い空間、黒い泥の地面、漆黒の世界。黒黒黒、泥泥泥、黒黒黒。


 


「でも様子を見てたらこうなんと言うか、そう! 人間の輝きにテンション上がっちゃいましてね! これは自分もちょっとぐらいいいんじゃないかと思いまして!」


 地平線まで真っ白で何も無い空間だった。だが空には宙があった。

 そして恥ずかし気にしている男が座っている黒いベンチ。

 その隣には、火のついたガス灯に小さな壁時計がかけられていた。


「ああすいません嘘つきました。半分だけ」


 急にトーンが低くなる男。


「ウチの子と幹也君は長い付き合いでしてね。自分もよく一緒に遊んだもんです。野球したり野球したり野球したり。その幹也君が頑張ってるんですから、邪魔されたら困るんですよ。ええ。という訳で死んで頂きたくてですね。ってまあもう死んでるけど」


 その男の周りには夥しい数のガル星人が……泥となって崩れ落ちていた。ただ、男を見た瞬間にそうなってしまった。


「ああ。もうこれ以上はなにもしないよ。それに幹也君がしようとしてるのは俺ら全員が専門外だしね」


 誰もいない筈なのに、ベンチに背を預けて親しい人物達と話しているような男。


 異世界帰りの邪神はじっと鏡の大地を見続ける。


 ◆


「なんだかよく分からないけどチャーンス!」


 飛鳥がそう言いながら炎をまき散らす。


 鏡の大地では、一瞬生まれたガル星人の空白を貴明の級友達が広げ、それを眷属達が守る様に力を振るっていた。


 その道を幹也が


 走る。走る。走る。走る。


「おいコラ馬鹿」


 そこへ仏となって恐怖の大王押し止めている貴明からどろりと泥が落ちると、彼の人間の姿となって幹也に悪態をついた。


「なんだ馬鹿」


 それに対して幹也もまた悪態をつく。


 貴明は幹也に山ほど悪態をつきたかった。およそ5歳ほどから一緒に写真に写っていた関係で、腐れ縁で、悪友で、なにより親友だった。そして幹也が今から何をしようとしているかも分かっていて、その上でそれを飲み込んだ。


「とっとと行ってこい」


「応」


 貴明はただそれだけ言って手を挙げ、幹也はそれに駆けながら手を打ち合わせ、そして通り過ぎて行った。


「ちっ」


 それを見送って舌打ちをした貴明。切り札の条件が解放された原因に対してだ。


『【真形態解放】!』


 恐怖の大王を押し止める貴明が叫ぶ。


 祈りが満ちて形となった。


『【求生救世の答えたれ】!』


 宙が光輝き。


『【オン・マイタレイヤ・ソワカ】!』


 破壊されたのでもなく


『そしてなにより!』


 押し戻したのでもなく


『【人に救いあれ】!』


 ただ、人類の願いによって恐怖の大王は消滅した。


 しかしその願いは……異世界帰りの邪神の息子、貴明自身の親友に対する願いだった。


 ◆


 来た。到着した。


 鏡の大地のその中央に幹也は辿り着いた。


 この世界の核である、小さな鏡の前まで。


 今も戦っている者達は皆、親友であらゆることが得意な貴明でも、その体が大きすぎて次元の移動が不得意だ。この場にいるのだって幹也の力によるものであり、だからこそ幹也がする必要があった。


 ただ、幹也の体は臨界点に達しようとしていた。


 幹也が異なる世界に勝手に転移し続ける暴走状態は、元の世界に帰還したことで収まった。


 のではない。


 直後30年近く掛かって、その力の制御装置と言えるマスターカードが完成したからだ。単にカードと名の付くものなら何でも使える、全てのカードのマスターと言える力は元々あったが、真なる力は、いや、本来の目的は鍵をかけるためだった。暴走する転移の力を封じるためのカードキーでありキーカードだったのだ。


 それは力を全く制御できない愚か者が、旅の果てに帰り着いたことで起こった奇跡だったのだろう。


 しかし、マスターカードを自ら破壊したことによって、その力を封印していた錠前も消え去った。


 だが、今はその力が、彼の根幹ともいえるカード、異なる世界を渡る、大アルカナ達を巡る愚者としての力こそが必要だった。


 破壊することが出来ない鏡面世界を元に戻すために。


「よかった」


 唯一の懸念は鏡面世界の元の座標だったが、無理矢理この世界に引きずり出されたため、元の世界に戻ろうとする鏡面世界そのものが座標となりえた。これなら戻すだけなら何とかなりそうだった。


 代わりに……


「悪いアリス、マナ」


 アリスとマナに謝罪する幹也。


 鏡面世界を元に戻した後、愚者の力がどうなるか幹也にもさっぱり分からなかったが、ただ一つ分かっていることは、この世界に戻って来れるだけの制御が出来ないことだけだ。それはつまり、アリスとマナと交わした帰ってくるという約束を果たせなくなる。


「いや、約束は約束だ。必ずどうにかして帰る」


 いよいよ臨界点を突破して溢れ始めた、愚か者の力の光に包まれながら、それでも幹也は……


 消え去った。


 ガル星人達もその艦隊も


 鏡面世界も


 呼び出された者達も


 そして幹也も


 旅人は再び愚者となった。


















































 尤も愚者は愚者らしく空気を読まない。


 ◆



「ひっく……馬鹿……ばかあ……」


「ああああああおじさんんんん!」


 宙に浮かんだ鏡が消え去り、それと同時に絆ゆえか幹也も消え去ったことを感じたアリスとマナが泣き崩れていた。


 そして本当に、とことん愚か者の話は愚か者の話だった。


 特にそれ以上の余韻もなく。


『ギャハハハハハハハハハハ!』


「え?」


「こ、これ!?」


 呆然とするアリスとマナの前に浮かんで狂笑するカード。


 絵柄は死神。

 名前はそのままNo.13 死神Death


 アリスとマナに引っ付いて以来、ずっとーずーっと彼女達の傍にいたカードであった。なにしろ特務大尉の召喚のため、他の大アルカナ達がメルに向かった時も、幹也が鏡の大地で切り札を切ったときも、変わらずずっと彼女達にへばりついていたくらいだ。


 その力は。


 ハイジャックされた船の中だろうが、富士山だろうが、アテナの前だろうが関係ない。


『カウンター発動! 信頼を確認! 条件及びメモリーの起動を省略! 1件の該当あり! 召喚を行いますか?』


 アリスとマナの悲しみに対してカウンターが発動した。答えは勿論。


「「召喚帰ってきて!」!」


「ぐええええ!?」


 これまた余韻もなく頭から落っこちてきた愚か者。


「ああああああああ!」


「おじさんんんんん!」


「アリス!? マナ!?」


 名を斎藤幹也。愚か者が泣きじゃくって縋り付くアリスとマナに驚く。しかし、彼女達がいかに悲しんでも、愚者である今の幹也はその力が暴走し続けており、いつまた転移してしまうか……。


『ギャハハハハハハハハ!』


「デス……」


 しかも、幹也を呼び出したデスのカードは消えようとしていた。だがこれは素晴らしいことなのだろう。アリスとマナには、もう魅力がないと死神が去ろうとしているのだから。そんなカードでも残った大アルカナ最後の一枚を幹也は見送ろうとして……。


 まあこれはまだ愚か者の物語なのだ。


『マスターカード復旧!』


「は?」


 死神の絵柄が消えると、突如黒いカード、早い話がマスターカードとなり、幹也がぽかんとした声を漏らす。


『デスにバックアップ残しててよかったあ。あ、ディーラーおつかれさまです。また会いましたね』


「ふんっ! カードの端擦りの刑! そうだなまた会ったなあ!」


『ぐえええ』


 なんでもないように復活して現れたマスターカードに、幹也はいつものようにマスターカードの端を地面につけると、手を動かして擦り付けた。


『死ぬかと思ったあ!』『いやあ、鏡面世界は強敵でしたね』『宇宙が見えた』『それ三途の川じゃね?』『アリス、マナ。また会えましたね』『蜘蛛くーん! ストライキしようぜー!』『勝利!』『ギャハハハハハ!』『デスの奴うっせえ!』『くだらん』『全員うっせえよ!』


 マスターカードの中から今度こそデスを含めて22枚の大アルカナ達が騒がしく飛び出すと、幹也の体に吸い込まれ、カードキーとして彼の力をしっかりと封印しはじめる。


 そして。


 最後の封印を担当する愚者のカードは幹也の絵柄に変わったままだったが、それが次第に元の、いや、腰を落ち着けた、旅を終えた旅人の姿となり、幹也の体に吸い込まれていった。


 こうして愚者は再び、旅を終えた旅人となったのだ。


「えーっと、泣き止んでくれ。な? な?」


「絶対! 絶対許さない! ヒモにして永久就職させてやるんだから!」


「一生ですから! 一生ヒモです! ああああああああああああああ!」


「え、いやそれはだな」


 泣き止まないアリスとマナの言葉に、この期に及んでヒモは嫌だと拒否する幹也だが、彼女達にしてみれば自分を置いてどこかに行こうとした男をヒモにするのは当然だ。


 とにかくこうして愚か者の話は終わり、旅人もその旅を再び終えて、いるべきところに戻ることが出来た。


「そ、それよりも着替えないとだな」


「離さないって言ったでしょ!」


「このまま着替えてください!」


「そんな無茶な!?」


 なんとか話題を変えようとしながら、ホテルに向かう幹也だは、当然その両脇にいるアリスとマナは引っ付き虫だ。


 そのホテルだが空いていた穴や、割れていた筈の窓が元に戻っていた。


「けっ。心配して損した」

「ちーん!」

「このことは日記に、はいいか」

「メガネは……しまった置いてきたな」


 ホテルから覗き込む視線に気が付かない、幹也、アリス、マナ。


 勿論この後一騒動あったし、幹也ヒモ計画も着々と進んでいったのだが


 それはもうアリスとマナの物語であり


 そして愚者でも旅人でもなく


 斎藤幹也の物語であった。


 ◆


 これにてこの物語は終幕!


 HAPPY END!









後書き

最後の後書きを書け次第投稿します。

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