特務大尉

前書き

本日投稿2話目です。ご注意ください。拙作、宇宙戦争掲示板のネタバレがあります。ご注意ください。



『ワープアウト反応多数。ガル星人一個艦隊の平均先遣隊数に一致します』


 呆然と空を、宙を見上げる幹也達の前に、地球という星の目と鼻の先にそれはやって来た。


『ワープアウト確認』


 唯一無二にして絶対の存在として宙を蝕み、全ての知的生命体を駆逐せんとした暗黒。


 滅ぼした文明も、奪った命の総数も全く計測不可能。ただひたすら宇宙を侵略して、ついには人類という種すらも滅ぼしかけた暗黒。


 だが、それは覆された。滅ぶべきはずだった運命の人は、人類はそれを覆し、暗黒は全て消え去った。


 その筈だった。


 滲み出るように姿を現した宇宙戦艦の群れ。


 幹也も強化兵達も嫌というほどそれを見た。


 地表から見上げた。衛星軌道で見た。戦場で見た。デブリ帯で見た。


 過去形の筈だった。


 見ている。など断じてあってはならないのだ。


『データ照合。間違いありません。宇宙戦争最後期のガル星人艦艇と一致します』


 暗黒そのもの。


 名をガル星人。


 4本の腕と2本の足。腕が2本足りないのに関わらずタコと称された侵略者が、再び太陽系にやって来たのだ。


 再び?


 総員戦闘準備。


 そんな言葉は必要なかった。強化兵達も幹也もその宿敵をはっきり認識した瞬間、なにが起ころうと対処できる態勢になっている。


「ねえ」


「おじさん」


「ああ……」


 そんな兵士達の雰囲気を感じ取ったアリスとマナが、不安そうに幹也に抱き着いて見上げ、それに対して彼は……。


 別れ道、分岐点というべきか。


 兵士でもあるというべき幹也は、民間人を守るためガル星人と戦う必要があった。つまり、そのためにはアリスとマナをどこか安全な場所において、戦場に向かわなければならない。ずっとそういう生き方をしてきたのだ。


 しかし、真にガル星人がやって来たのならば、アリスとマナがいるべき安全な場所などないだろう。


 だから。


「そんじゃあどっかに避難してじっとしとくか!」


「うん!」


「はい!」


 なんでもないように避難すると言った幹也に、アリスとマナがより強くしがみつく。


 自分の人生。生き方そのものを否定して、人類のためではなくアリスとマナのため一緒にいることを選択した。たった一つの約束、守る。それを果たすために。


『おーう。民間人はとっとと避難しろ』

『そうそう。そもそもお前、ちゃんとした軍属じゃなくね?』

『1人抜けたところで全く変わらんし』

『個人で戦況をひっくり返す奴なんておらんやろ!』

『せやな!』

『せやせや!』


 幹也達を送り出そうとする強化兵達。


 なのだが。


『いい話の最中申し訳ないんですが、大アルカナ達が到着しました』


「は? どこに?」


 マスターカードの言葉に幹也がぽかんとする。


 ほんの少しだけ前の話だ。


 ガル星人艦隊がワープアウトする寸前。


 地球から輝く21枚のカードが飛び立ちワープしていた。


『No.1 魔術師マジシャン、認証!始まりにして終わりに至る!』


『No.2 女司祭長プリエステス、認証! おお! まさに未来を齎した者!』


『No.3 女帝エンプレス、認証! ディーラーはアリスとマナ選んだ! ならば代わりが必要!』


『No.4 皇帝エンペラー、認証! 成した者よ! 成し遂げた者よ!』


『No.5 司祭長ハイエロファント、認証! 勇気ある者!』 


『No.6 恋人ラバーズ、認証! 見えた! あそこだ!』


『No.7 戦車チャリオット、認証! 勝利を! 勝利を! 勝利を! ただ勝利を勝利を勝利を勝利おおおおおおおお!』


『No.8 ストレングス、認証! 遠すぎるだろ! 蜘蛛君とストライキしてやる!』


『No.9 隠者ハーミット、認証!』


『No.10 運命の輪フォーチューン、認証! 運命すら蹴飛ばした者よ!』


『No.11 正義ジャスティス、認証! 正義など必要ない者よ!』


『No.12 吊るし人ハングドマン、認証! おんやあ? ここに丁度いい縄が』


『No.14 節制テンペランス、認証! 神に至れながら無価値と断じた者よ!』


『No.15 悪魔デビル、認証! どうなっても知らん』


『No.16 タワー、認証! あれこそ汝らへの災厄也! 正真正銘の! 疑う余地なく!』


『No.17 スター、認証! 星を。宙を渡り切った』


『No.18 ムーン、認証! 一寸先は闇とは言ったが、その中へ行く羽目になるとはな』


『No.19 太陽サン、認証! さあて来たぞ。ここだここだ』


『No.20 審判ジャッジメント、認証!』


『No.0 愚者フール、認証!』


『No.21 世界ワールド、認証! 宇宙の役目として……ここに来た』


 地球から遠い遠い宇宙の彼方。輝く21枚のカードが道となりながら辿り着いた。


 宇宙の外れも外れ。周りに珍しいもの一つもなし。


 人類の尺度として説明するのなら居住可能惑星だろうか。高度な知的生物がおらず、緑と海に覆われたその星はまさに辺境惑星であった。


 単にそれだけ。もし入植しようとしても重要な鉱物資源などなく、単なる農地でしか活用できないだろう。だがそれならそれで絶景になりえる。一面の畑、黄金の麦の穂が揺れる小麦の産地として、例え踏みにじられようが、再び立ち上がる強さを持った……。


 しかし、今はなんの価値もないだろう。人類はそこに至れる技術がなく、異星人が開発をしている訳でもない。


 だが、この星は特別だった。


「は? どこに?」


『メルに』


「は?」


『は?』

『は?』

『え?』

『ちょ』

『はい?』


 マスターカードの言葉に呆然とする幹也と強化兵達。


 名を惑星メル。人が宇宙に旅立った時代に置いてすら単なる一辺境惑星であり、小麦の産地としてしか知られていなかった。


 だが大アルカナも

 マスターカードも


 その星にこそ用があった。


 異なる世界においてここは始まりだった。全てのだ。全ての始まりだった。


 そして終わりであった。


 宇宙を、戦場を、宙の果てまで駆け抜け、戦いに終止符を打った者の物語の終わり。


 だが終わっていなかった。


 ならば終える必要があった。今度こそ。


『突っ込むぞ!』


 世界のカードの号令の下、惑星メル周辺に漂う次元の裂け目に大アルカナ達が潜り込み。


 一瞬で地球に帰還した。


『カウンター発動! ガル星人! 条件を確認! メモリー起動! 複数の該当あり!』


 そして当然だが、召喚条件がガル星人に対するカウンターであるなら、呼び出せる者達は膨大だった。


『連続召喚しますか?』


「召喚!」


『連続召喚を開始します』


 一瞬でメルから地球に帰還した大アルカナ達が、地球とガル星人艦隊の前に展開して、巨大な、本当に途方もなく巨大で地球よりも大きな円を形作る。


『ワイルド認証! 選定完了! スターレア! テキスト! 今日こそ戦争に終止符を打ち、新たな明日を作り出すのだ! 諸君らの健闘を祈る! 以上だ! ‐人類連合軍元帥‐』 


 宇宙空間ゆえに音は発生なかった。それは幸運だっただろう。もし発生していたならば、宇宙の隅々まで轟音が、エンジン音が轟いたはずだ。


 大アルカナ達が生み出した光り輝く輪。そこを次々と船が、戦船が、戦艦が通り抜けてくる。


 100、200、300、まだまだ、続々と現れる。


 防空艦がいた。駆逐艦がいた。巡洋艦がいた。戦艦がいた。空母がいた。人型機動兵器がいた。それらが大出力のエンジンから火を放ち進軍する。


 ナット星人達を粉砕した運命の日の艦隊すら霞む威容、数、火力、装甲、巨体。


 大小様々な艦艇が決戦を戦った宇宙艦隊が。


『人類連合主力艦隊・ラストデイを召喚しました!』


 在りし日の、最後の日の、最盛期の人類連合軍主力艦隊の姿がそこにあった。


 まだ終わっていない。


『スターレア! テキスト! 海で最強だからリヴァイアサン。最後は人間に食われた所もぴったりだろ?』


 艦隊の中心には旗艦と決まっている。


『"神の次に強きもの"! "人類連合軍宇宙艦隊総旗艦"!』


 全長9㎞。人類連合軍艦隊の中で最も異質。そのフォルムは寧ろガル星人の艦艇に酷似していた。それも当然だろう。なにせ元の持ち主は彼らなのだから。


『リヴァイアサンを召喚します!』


 ガル星人から奪われ名前も、色も、その存在理由も変えられた船なのだから。


 そしてガル星人艦隊との火蓋が切られ、ミサイル、レーザー、機動兵器が宇宙で光り輝く。


 再び地球のすぐ傍で、センター近郊の戦いが再現されたのだ。


 まだ終わっていない。


『敬礼!』


 外にいた強化兵達が敬礼する。


『ゴールドレア! テキスト! 真の英雄に率いられた真の英雄達!』 


 それは彼らの先輩達だった。


『"敵総旗艦奪取部隊"。オーガスト! カーティス! グレイソン! ケニー! ストーン! ダルトン! ディエゴ! ナッシュ! ヒューストン! マーヴィン! 連続召喚を実行!』


『また現役復帰か』

『本体の方の俺らは暇してるだろうな』

『確かに』

『戦争中期から訓練所に引っ込んでたからな』

『誰かさんの命令でな』


「軍曹達!?」


 彼ら第一強化兵中隊の前身にして、栄光ある第一機動中隊の中核。伝説の10人。


 まだ終わっていない。


『シンギュラリティレア! テキスト! 共犯者にしてなにより相棒!』


「なんだ!?」


 幹也達がいる部屋の、全ての電子機器が一瞬だけ光り輝いた。


『"デウス・エクス・マキナ"』


『私、鉄火場には向いてないんですけどね』


 通信端末から機械的なのに、妙に人間臭い音声が聞こえてくる。


『ザ・ファーストを召喚しました!』


「はじめさん!?」


 その声は紛れもなく、異なる世界において人類最高の高性能AIとして人類の保全に尽力し、戦争を勝利に導いた一因にして一員の声だった。


だが、なにより共犯者にして相棒だった。


 まだ終わ


『終わりです』


 マスターカードの声と共に終わった。


「は? 終わり? メルまで行って?」


 それに対して幹也は困惑の声を上げる。間違いなく呼べれるはずなのだ。この、ガル星人というなによりの条件で呼べない筈がない。


「たい」


「言ったはずだ」


 なにかを言いかけた幹也だったが、あり得ないことに破れた窓ガラスの向こう側から、ずっと下にある地上の声が聞こえてきた。


 慌てて下を覗き込む幹也の視線の先。


 そのとてつもない存在達の出現とは正反対。艦隊や兵士達に比べてずっと目立たないのは当然。


 なにせ1人だけこの地上に、大アルカナ達に運ばれて降り立ったのだ。


 そして、召喚したのではない。


 来てもらったのだ。


 直接。


 兵士達が敬礼する中心にいるその男は宙を見上げていた。


 時空が違おうと時空を超え


 世界が違おうと世界を超え


 終わっていなかった物語を終わらせるために


 終わっていなかった使命を終わらせるために


 かつての軍服


 かつてのブーツ


 かつてのカラーコンタクト


 かつての髪色


 かつての銃


 かつての姿


 在りし日のような


「お前達が唯一正しいというのならば、俺が一を零にする。例え宇宙の果てに逃げようがだ。必ずだ。必ず」


 否


 影絵でもなく


 かつてのでもなく


 在りし日の姿でもなく


 無茶振り野郎でもなく


 人類の守護者でもなく


 今


「さあ行こう戦友諸君。世界が、時代が違っても我々のするべきことは変わらない。故も縁もない世界ならば、誰かの妻を守れ、誰かの子を守れ、誰かの親を守れ、誰かの隣人を守れ。そして罪なき人々を、人類を守るのだ。軍人の本懐を遂げに行こう」


『『『『『『サーイエッサー!』』』』』』


『特務大尉を召喚しました』


 特務大尉が帰ってきた。

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