暗黒来たる

前書き

昨日2話投稿しているのでご注意ください。


◆ 


 その直後であった。


『確保しろ!』


 轟音、そう、まるで飛行機のジェット音のような音が急速に接近すると、部屋の窓ガラスが割れて何者かが3人侵入してきたのだ。


 妙な、としか表現できない。白いふわふわとした輪郭で、一応人体の様な五体があるのだが、それでいて不定形の靄の様な者達が、地球でいうところの銃器のようなもので武装しており、その粉砕された窓ガラスの向こうには、人類の美的センスと機能美からは外れた、ゴテゴテした装飾が多い揚陸艇がジェットエンジンの噴射で浮遊していた。


 それに対して幹也は、離さず持っていた日本刀を鞘から奔らせる。


『制圧!』


「いやあ!?」


「おじさん!?」


 だが、駆けだそうとした瞬間、侵入者達が持っていた銃のようなものから、トリモチ状の物が発射されると、それは幹也の足に命中すると、みるみるうちにコンクリートの様に硬化して、幹也の右足はがっちりと固められてしまった。


 目的の人物が判明するまで、殺す訳にはいかなかったからである。


「来ないで!」


「おじさん!」


 近づいてくる精神生命達から幹也を庇うアリスとマナだが、彼らの目的は二人にあった。


 その宇宙人としか言いようのない連中の目的など、特に深く説明する必要ないだろう。ナット星人艦隊の残骸が発した信号も、彼ら精神生命体の接近を察知したもので、彼らは精神生命体であるがゆえに、人の心を読み取る力を利用して、より高次元に至ろうとしているだけなのだ。勿論そこには崇高な理念があり、ナット星人と彼らの関係を詳しく説明するなら辞書が一冊完成するだろう。そして唐突でなんの予兆も前準備もないのは当然。異星人とはそういうものなのだ。


 そんな崇高な理念など知る気も、必要すらない者がいた。


『ど』


 目的の人物、つまり探知波に引っかかった心を読めるであろう者は、どいつだと言いだそうとした精神生命体に、ここが戦場であるとさっぱり分かっていない馬鹿に、自分から声を出して場所を教えてくれた愚か者に、幹也は一刀一閃。見事な腕前でその馬鹿を切り裂いた。


『ぎゃあああああああ!?』


 馬鹿から悲鳴が上がる。


「え?」


「あれ?」


 そしてアリスとマナはポカンとした声を出した。切り裂かれて靄が噴出している愚か者から、まだ距離があった。あった筈なのだ。少なくとも、足を固定された幹也からは。


 腕前ではなく刀の切れ味が良かったのだろう。少なくとも、幹也の固定された右足の下腿、脛骨と腓骨を奇麗に両断する程度にはだ。


「いやあああああ!? あ、足が!?」


「あああああああ!?」


 まぎれもなく幹也自前の足から噴出される血と、固定されたままの足を見て狂乱するアリスとマナは、なんとかしてくっつけなければと、血に汚れていることにも気が付かず残った足を持ち上げようとするがびくともしない。


『な!? な!? がばっ!?』


 一方、足を切り落としたため踏ん張りがきかなくなった幹也は、最初に切り付けた者と同じようにもんどりうって倒れたが、驚愕して叫んでいるもう一人の馬鹿を聴覚を頼りにして認識すると、すぐさま腕をバネにして起き上がるり、その口めがけて切っ先を突き刺して靄を貫通した。


 だが、その口から刀を引き抜く際、無茶苦茶に振り回したせいで、根元から刀身が折れてしまった。だから完全に偶然である。折れて空中に舞う刀身を両手で握り……。


『ひいいいいいぎゅぼ!?』


 よりにもよって悲鳴を上げる馬鹿の首筋に刀身が吸い込まれた。


 全く話にならない。敵を前にして悲鳴を上げる精神生命体と、刀身を握り、その切り裂いた時の衝撃と摩擦で刃を引く形となってしまい、両手の指が数本零れ落ちようが未だ握り続け、下腿の真ん中から先がなかろうが悲鳴一つ上げない人間。一体どちらが精神の生き物なのか。それが邪神をして精神が肉体を凌駕していると言わしめた男であった。


 それを成したのは自暴自棄でも自殺願望からでもない。いきなり窓ガラスを突き破り襲い掛かって来た時点で交渉の余地なく殺しあう他なく、アリスとマナを守るためにありとあらゆる手段を使い、そして捨てる必要があるから捨てただけであり、それがたまたま幹也の足であり、指であったというだけだ。


(今度は複数か!)


 空っぽの眼孔なのに、己の血よりもなお赤く燃える信念を宿した幹也だが、聞こえてくる複数の轟音で増援の到来を察知した。


「逃げろ!」


 幹也は片足がなく逃げられない状態の自分を置いて逃げろと短く叫ぶ。


「嫌! 絶対! 絶対いや!」


「一緒です! ずっと! ずっと一緒です!」


 だがアリスとマナがそんなことをする筈がない。寧ろ血まみれの幹也と絶対にはなれないとくっつきながら、なんとか部屋の外まで彼を引きずろうとする。


 ここで逃げなければ幹也の奮闘が無駄になる。とは全く意味のない言葉である。そもそもアリスとマナは幹也と一緒に生きると誓っているのだ。彼を見捨てる発想自体存在しない。


 だから全く逃げようとしない少女達に、幹也はこれぽっちも思っていないことを口にする。


「お前らのせいでこうなったんだろうが! とっとと失せろ!」

(生きてくれ!)


 ただ、思ってもいないことを言ったせいで、幹也の精神プロテクトが弱まりその心の声も漏れた。


「んむ!?」


「ばーか」


「嘘つきはきらいです」


 目の見えない幹也は、突如2度発生した唇の感触に戸惑いの声を漏らした。


 幹也は見えなかったが、そのアリスとマナの表情は、まさにどこまでも、どこまでも澄み切ったものだった。


 だが、ついに精神生命体の上陸艇が窓際まで到着し……。


 彼らを重火器が出迎えた。


『カウンター発動! 地球外生命体! 侵略! 銃火器による戦闘! 条件を確認! メモリー起動! 複数の該当あり!』


「召喚んんんんんん!!!!!!!!」


『ワイルド認証! 選定完了! スターレア! テキスト! 理由も、存在そのものも悲劇、だった。今や至高の英雄譚に他ならない!』 


『れれれれんんれれれれんんん連連連連続召喚んんんんん!』


『連続召喚』『連続召喚!』『連続召喚を実行!』『連続召喚!』『連続連続』『召喚!』『召喚を実行中!』


 戦って、戦って、戦って


 ただひたすら、ただただ、ただひたすら


 体を機械にされようと


 遺伝子を操作されようと


 薬剤を投与されようと


 妻を守るために


 子を守るために


 親を守るために


 隣人を守るために


 そして罪なき人々を


 人類を守るために戦った。戦った。戦って戦い抜いた。


 英雄と呼ばれずとも


 彼等こそ、真の英雄に他ならない


『"青薔薇を継いだ者達"第一強化兵中隊を召喚します!』


 表沙汰にはできない故、腕章には強化兵中隊ではなく栄光ある第一機動中隊。


 そして誇りある、なによりも強い青き薔薇。


『撃て!』


 様々な人種、100を超えるその彼らが、ホテルのありとあらゆる場所から重火器で一斉に射撃を開始した。


 完全な効力射撃。そこに無駄など一切ない。上陸艇は火を噴きながら慌てて離脱して、衛星軌道上の母艦に戻ろうと上昇する。


『おいしっかりしろ! 久しぶりのナノマシン治療の時間だ!』


「すんません世話掛けます」


 一方、倒れ伏した幹也に衛生兵が近づき、人類連合軍特製ナノマシン治療を施していた。


「これくっつくのよね!?」


「お願いします!」


『心配せんでも元に戻るから離れてろ!』


 幹也が零した指を拾い集めて、衛生兵に手渡すアリスとマナ。


『ほれ、足のコンクリ切除完了』


『はーいくっつけましょうねー。スーパー造血剤もお注射しますよー。チクってしますねー』


「ぐげ!? ブスっとした!?」


 てきぱきと幹也が切断した足を工具で取り外し、それを衛生兵が超々最先端の医療でくっつけて治療していく。


『お前さん、確か義眼の設置面が、あったあった。入れるぞー』


「うっす。おお見える見える」


「よかった!」


「おじさん!」


「お前ら……逃げろって言っただろ」


 幹也はかつて戦傷で目を失明した際、義眼をはめ込むための手術を受けており、貴明から新たな目を貰うまで、機械式の義眼で生活していた。そして指も足も繋がり、一見してだが元通りの幹也に、アリスとマナが泣きながら抱き着き、彼はそれをしょうがない奴らだと抱き留める。


『それでマスターカード、なにがあった?』


 幹也は唐突に復旧したマスターカードに、なにがあったかを問う。


『報告です。異能、神秘が否定された現象ですがデーターと類似点があります。私は同系統だからなんとか復旧できました』


「現象の類似点?」


『かつて"怪物"が撃破した、【鏡面世界】です』


「は?」


『全く同一ではありません。しかし、神仏が全く関与しない鏡面世界と同じ現象が起こったからこそ、神秘が否定された可能性があります。しかし、意図的に増幅された波長を感じました』


 鏡面世界。かつて怪物が世界丸ごと圧し潰したそれは、一つ隣の世界でありながらなんの神秘も存在せず、魔力が欠片もない世界であった。その世界を知った老化学者にとってそこは、魔法や非科学的なものなど存在しない理想郷とも思われていた場所だ。


「結論は?」


『予測ですが、こちらからどこかへ何者かが世界の壁を渡ろうとしています。それこそ、鏡を隔てた薄さの世界に。そのせいでこの世界の根幹が鏡面世界と接しすぎ、神秘が否定されたのではないかと』


「こっちから、あっちへ。なんだな?」


『はい。案外あの老化学者と一緒で、なんの神秘もない世界に行きたいのかもしれません』


 こちらからあちらかと念を押す幹也。最悪の場合は、全く別次元からこちらの次元に恐ろしいナニカがやって来ることだが、出て行く分にはそれほど問題ないように思えた。


「まあそれは置いておいて、あれなんとかしないとな」


『確かに』


 幹也が割れた窓から空を見上げると、その高性能な義眼は衛星軌道上に浮かぶ精神生命達の戦艦群をハッキリ捉えていた。


『俺ら歩兵だからな』

『おっと、いいプラン知ってるぞ』

『俺も俺も』

『超高性能爆弾提げて特攻だな』

『俺らの初期運用プランじゃん』

『今こそ出番か』

『だーかーらー。当時も言ったけど、衛星軌道に浮かんでる船までどうやって特攻するんだよ。やっぱ考えた奴極まった馬鹿だわ』

『保安部部長の悪口はそこまでだ。なんて言うと思ったか。もっと言え』

『っていうかあれどうすんだ?』


「もしもし!? 今外でなにか爆発したんです!」

「はい! はいそうです!」


 外の強化兵達も強化された目や瞳で、宙に浮かぶ人工物の光を捉えていたが、銃撃音や爆発音を聞いて外に出た人々が電話を掛けていた。


「あれ!? もしもし!?」

「もしもーし!?」


 世界から通信が途絶えた。


 全ての。


 幹也も強化兵達も反応が一瞬遅れた。彼らは知識で知っていても、戦争に参加したときこれを直接受ける戦況は過ぎていた。


『緊急。類似現象あり』


 端的な


『宇宙戦争最初期。辺境惑星に侵攻した』


 マスターカードの声


『ガル星人艦隊の襲撃予兆に酷似』


 暗黒が到来した
































































『大アルカナが到達』

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