貴明が幻視した幹也の結婚式の激ヤバ招待客。
貴明は全人類を呪殺できる大邪神を父を持ち、その父から一瞬の最大出力では自分に肉薄できると称された男だが、困ったことに先ほどまでワイワイ言ってたトリプル馬鹿は、ちょっと彼の手に負えなかった。
そもそもその馬鹿父が混じってたし、宇宙すら圧し潰す駄目男はその質量ゆえに四度見するレベルで、天然アホは宇宙にまで広がり数を増やした全人類からの願い、祈り、そして託された希望という、あらゆる次元を見ても比類がない最大級の
そのためロビーで彼らを見たとき一瞬意識を手放して、訳の分からない光景を幻視してしまった。
◆
◆
世は重婚が許可された世界線。
西園寺ご令嬢、扇ご令嬢結婚式。言葉だけ聞くと、ついに世界に名だたる両財閥の令嬢二人が結婚式を行うのかと思うだろうが、正確に言うと二人同時に同じ男と結婚するのだ。
現実にはまずしない。アリスとマナも横やりが入るのが分かり切っているため、したとしてもどこかの小さな教会で行うだろう。だからこれは貴明の幻視である。
「聞きましたか? 新郎のこと」
「ええ聞きました。やはりどこの馬の骨かも分からない者に間違いないようです」
「うちの調べでもです」
結婚式が始まる前の式場では、招待客である大企業の社長や取締役、果ては裏のフィクサーともいえるような人物まで、今回の結婚式の主役の一人である新郎のことについて話し合っていた。今回の結婚式は完全に寝耳に水であったため、短い期間しか調べることができなかったが、それでもはっきりと新郎が彼らにとって底辺も底辺の生まれということが分かった。
「物好きですなあ」
「ええ全くです」
西園寺と扇の結婚式場であるのに、声を潜めているとはいえはっきりと新婦達が物好きだと笑いあう招待客の一部。尤も、口には出さなくとも招待客全員がそう思っていた。
(ならそこから突けば面白いな)
(さぞ扱いやすかろう)
企業や政治の大物、知る人ぞ知る裏の超大物まで思うことは、そんな生まれの新郎を金なり女なりで利用すれば、西園寺と扇も色々と利用できるだろうという算段だ。
「それに見てください。新郎側の招待客は誰もいませんよ」
「確かに」
男達が視線を向けた先には、やたらと場所だけは確保されているのに、誰もいない新郎側の招待客スペースだ。
(質では負けるから数を準備しようと新郎が見栄でも張ったか)
(来ていないところを見るに、我々が来るのを知って怖気づいたんだろう)
(やはり扱いやすそうだ)
そのスペースだけやたらと取られているのに誰もいない光景に、男達は新郎が友人知人をひたすら呼び寄せ、数だけは何とか揃えて見栄を張ろうとしたが、やって来ている自分達の名前の大きさに怯んで、結局誰も来なかったのだろうと心の中で笑っていた。
「……」
(異常はないな)
そんな式場の中だが、面子が面子なため目立たないところに護衛達も一緒に来ているほどで、彼らはプロフェッショナルらしく、そのようなお喋りに気を取られることなく、壁際で待機しながら周囲を警戒していた。
「あ、ここだここだ!」
次の瞬間無意味になったが。
「ここだよ洋子! 幹也君の結婚式場!」
「間に合ってよかったですね」
(誰だ?)
妙にハイテンションで式場に入ってきた見覚えのない中年男性とその妻らしき二人に企業家達が首を傾げる。彼らのコミュニティで見たことがないし、なにより品がある女性に対して男の方はどうも威厳というものに欠けていた。
「えーっと、ここだね! 四葉家!」
(なんだ。新郎の招待客か)
(そうだと思った)
その夫妻が四葉家と書かれた札のある席に座り、企業家達は色々と納得していた。
「いやあ幹也君もついに結婚かあ。昔を思い出すなあ!」
「ふふ。そうですね」
(特に問題はないな)
そんな式場に合わない唯一の異物をチェックする護衛達は、特に問題なく対処出来ると思いながら警戒を続ける。もう全くの役立たずと化していたが。
それに気が付き始めたのは次の団体がやって来てからだ。
「ここか?」
「そうみたいですねお姉ちゃん!」
「うふふ。幹也君も結婚するのね」
「うむうむ。めでたいことじゃ」
「はいおひい様」
「感慨深い」
「けっこんするというかさせられたんじゃ?」
「ダメだよそんなこといっちゃ」
「フェッフェッ」
とにかく美しい女性達、少女達の集まりだった。褐色の肌の少女と女性、母性に溢れた女性、深紅の瞳の少女と、それに付き従っている女性、唯一日本人らしい少女というか女性というか悩む人物。それと子供が二人に老婆が一人。
(おお……!)
(う、美しい……)
(い、一体どこの誰だ!?)
その美しさはとんでもなく、今まで数々の女性達と付き合ってきた招待客達すら、興奮して我を忘れてしまうほどだ。
「ちーん! ぐす。幹也もついに結婚かあ。ちーん!」
鼻をかんでいる草臥れ切った中年はどうでもいい。
「あなた、ティッシュを」
「ありがとうジネット。ちーん! あ、あったあった。新島家。ここだな。みんなここだよー」
何をそんなに感動しているのか、やたらと鼻をかんでいる男が自分の苗字が書かれたテーブルを発見して家族に呼びかける。
(新郎側の席!?)
(どういうことだ!?)
見覚えがないとはいえ、その一行がまさか新郎側の席に座ると思わず、他の招待客達は大いに驚愕した。
(まずいまずいまずい!)
(対処できんぞ!)
(どうする!? 護衛対象を連れ出すか!?)
一方、護衛達はそれどころではなかった。
(まさか俺が剣の腕で負けている!?)
(この範囲、まさか間合いなのか!?)
恐らく日本でもトップクラスの腕前を持つ護衛達だからこそ気づけた。唯一日本人らしい女性は何も身に着けていないのに、一目で腕前が分かるほど剣に熟達していたのだ。それは広い会場中の全てを間合いに収め、一息も付かないうちに彼らを両断してしまえるだろう。だが、護衛達の中で最も腕利きが慄いていたのは、また別の人物に対してだ。
(なんで見えてるのに気配がない!)
褐色の肌と長い銀の髪を持つ長身の美女は、確かにそこにいるのに気配を微塵も感じさせないのだ。
(駄目だ連れ出して逃げる!)
唯一その恐ろしさを感じたとびっきりの護衛が、契約している裏のフィクサーを連れて逃げ出そうとした。契約者もその金額も相応しい判断と腕前だろう。
遅かったが。
死が訪れたのだ。
「ひっ!?」
「あ」
「あ、ああ……」
彼も合わせて護衛達全員が死んだと錯覚して悲鳴を上げた。蛇に睨まれたカエルどころではない。星からその価値を値踏みされたら、人は何もすることができない。だが目だけは動きハッキリ捉えてしまった。
「ほほほ本日はお日柄もよく……お日柄もよくお日柄もよく……あれ? なんだっけ?」
絶対に認めないが、親友として挨拶することになってしまい、慣れないことでテンパっている男の横。その頭の位置から幾分下にそれはいた。ニタニタと笑いながら目も面白そうに歪んでいる少女。その少女が護衛達に視線を送ったのはほんの一瞬だ。なにせその興味を引くことすらできなかった。だがその一瞬で彼らは格の違いを思い知った。裏の世界においても強者だと自負していた自分達は蟻以下だったと。
「あなたこっちよ」
「は、はいお姉様! お日柄お日柄お日柄……お日柄ってなんだ?」
少女は完全にゲシュタルト崩壊を起こしている男を連れて、四葉家と書かれたテーブルに足を進めた。
「マイサン大丈夫そう?」
「ちょっとマズいかもしれませんわね」
「あちゃあ……」
「あれ? 何言うつもりだったんだっけ?」
先に席に着いていた男とその少女が話し合っていたが、どうやらスピーチの内容には期待できそうにないようだ。
「な、なんだ?」
「こ、これはどうなってるんだ?」
四葉家と新島家の席が二つ埋まったのだが、その後もぞろぞろと多種多様な人種がやって来て、かなり広く取られていたスペースも埋まっていき、企業家達も一体どうなっているんだと首を傾げていた。だが、あくまで一般人の彼らはまだはっきりと分かっていなかった。今の状況が。
それが分かったのは、最後の団体客が訪れた時である。
『ああここですよ』
『間に合ったか』
『ひょっとして気後れしてます?』
『なに?』
『いや、結婚式に参加するとか初めてで気後れしてるんじゃないかと』
『そんなことはない』
『そうですか』
『ああ』
『そうですかそうですか』
『そうだとも。しかし丁度いいものがあってよかった』
『ああそうだよな! お前の席にはこれを置こうとか言って、本当に小型端末を持っていくやつがあるか!』
英語で何やら小型端末と英語で漫才を繰り広げながら、すたすたと歩いている男のすぐ後にそれはやってきた。
『幹也が結婚ねえ』
『軍曹が鍛えたんでしたっけ?』
『一時な』
『時代が違ってもスーツで結婚式てのは変わらんらしい』
『違いない』
「お、おお?」
「ぐ、軍人、なのか!?」
「アメリカ軍か!?」
来るわ来るわ。英語で会話しながら一目で軍人達と分かる様々な人種の厳つい連中が十人。逞しすぎてぴちぴちになったスーツを何とか着込んでやって来たのだ。
この暴力の専門家達の登場で、ようやく他の招待客が今の状況を把握した。現ナマ飛び交う戦場で生きていた彼らも、本当の、そして真の地獄を潜り抜けてきた兵士達の登場に腰が引けてしまう。
(いったいどこの連中だ!?)
(アメリカの最精鋭より段違いでやばいぞ!)
そして何とか再起動を果たしていた護衛達も、より分かりやすい精鋭達の登場に、ある意味で今日最も衝撃を受けていた。護衛達の記憶の中でも、そして実際この世界のどこを探しても、この練度を持つ兵士達は存在しないだろう。
『それでは式を始めさせていただきます』
(もうだめだ! おしまいだ!)
結婚式を開始するとアナウンスが流れ、式場の扉が絞められた。まさに絶体絶命。地獄そのものな状況に、護衛達はもうどうしようもないと悟るしかなかった。
だがである。
「ちーん!」
また鼻をかんでいる草臥れた男。
「凄いなあ! 人間ってやっぱり凄いなあ!」
「助けて弥勒様! いやいっそ、スピーチの代わりに一発芸として俺が弥勒菩薩になるか? なっちゃうか?」
新郎側の招待客を見てテンションアゲアゲで体を左右に振る父と、スピーチの内容を完全に忘れてしまい、ヤバいことを思いついた息子。
『ミュート機能はどこだ?』
『ただの置物になるだろうが!』
まだ端末と漫才をしている男。
本当にヤバい男達に気が付かなかったのはある意味で幸せだった。
今、弥勒菩薩ですら踵を返すであろう結婚式が始まる!
◆
◆
「はっ!?」
そこでようやく貴明が幻視から正気に返った。
これが予言だったのかは、まさに神のみぞ、いや、神すら知らないことだろう。
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