お互いに弱みを握りすぎている馬鹿&馬鹿
「いやあ、あの女っ気の欠片も無かった馬鹿が、こんな綺麗なお嬢さん達を連れてるとはなあ。いや、連れられてるのはこいつの方か。ぷぷ」
貴明は前回、唐揚げ定食を幹也と二人で食べていた時は、自分の仕事が忙しかったためアリスとマナに話す時間がなかったが、話をするとなるとこの邪神は、少女達が一番聞いておきたい話、この場合は幹也の女性遍歴について語り始めた。
「へえー」
「そうなんですねー」
まさに人の心の隙間に入り込む邪神と言わざるを得ない。なにせ少女達は、表面上は気のない返事をしながら、ビュッフェなのに食事を取りに行くことを忘れて、聞き入ってしまったのだから。
(お祓いしとくか)
しかし幹也は、この馬鹿野郎、初手から面倒な事を言い始めたなと思い、同じく初手から必殺技を使うことにした。
「2,3歳年上の都会のお姉様に可愛がられたい……だったかな」
「ぐげっ!?」
効果は抜群だった。幹也がぼそりと呟いた言葉を聞いた貴明が、電流でも受けたかのように背筋を伸ばしたのだ。
この四葉貴明という男、生まれも育ちもド田舎だったせいで、若い頃は非常に都会に憧れを抱いており、上京すれば年上のお姉様に可愛がられたい! と、幹也にその野望を話していたのだ。
「お、お、お前それ絶対お姉様達に言うんじゃねえぞ! いいか絶対だぞ!」
「フリか?」
「ちげえよ馬鹿!」
しかし彼が結婚したのは、お姉様と呼称しつつも同い年の女性達で、もしこの事実が漏れてしまった場合、へーえ、ほーうほうほうほう、そう。と言われながら、そりゃもうとんでもない目に会うのが目に見えていた。
「よし。じゃあ飯を取りに行くか。な、貴明君」
「そうだね幹也君!」
幹也の言葉に頷く貴明。
ここに協定が結ばれた。お互い弱みを握り過ぎているがゆえに危機は去ったのだ。
「それじゃあ俺が取りに行ってやるよ。ぷぷ」
三人の時間に押し入った自覚のある貴明が、食事を取りに行くと殊勝に言った。ニヤニヤ笑いをしている所を見るに、危機は去っていないのかもしれない。
「お前に任せてたら、フライドポテトとコーラだけになるだろうが」
「ん、んなこたぁない」
まさに幹也の言う通り。馬鹿と話すなら、山盛りのフライドポテト、山盛りのフライドポテトだ、コーラも外せないよなと考えていた貴明だが、今は普通の昼食時なのだ。それだけを食べるのは幹也としてはノーサンキューだった。
「嬢ちゃん達は何食べる?」
「そうね……料理も確認しとかないといけないから、脂っこくないものを少しずつ食べようかしら」
「別々にだねアリスちゃん」
「ええ」
身分を隠してホテルの様子を確認しているアリスとマナにとって、勿論料理の味も確認しておかねばならない。しかし小柄な彼女達が全てを確認する事は無理なので、お互い別々の料理を皿に盛り付けていく。
(うーむプロの目だ)
そんな二人の目は、幹也が知るプロフェッショナル達の目と同じだった。
(それに比べて自称プロは……)
「唐揚げ、パスタ、ローストビーフ、ピザ。それとなににしようかな」
チラリと幹也が視線を送った先には、脂物、炭水化物、肉を皿に乗せている、自称あらゆることに対するプロの姿があった。
(あいつのどろどろしたタール、やっぱり食いもんの脂だな)
見るだけで胸焼けしそうな皿を満足そうに見ている貴明に対して、幹也は以前から思っていたことの確信を深める。その幹也の皿には、サラダや魚、肉がバランスよく乗せられていた。
「まあやっぱフライドポテトもだな」
貴明は絶対に認めないが、ダチと話しながら食事をするときは、大皿のフライドポテトを食べるものと思っており、常識的な量のフライドポテトが皿に乗せられる。
「それじゃあ頂きます」
それぞれ好きなものを取って席に戻り、食事を始めた一同だが、ここでも馬鹿は馬鹿であった。
「……うん」
「……ふーむ」
(うお眩しい!? おい幹也、この嬢ちゃん達、気品が違うぞ気品が!)
(そういや聞きたかったんだけど、邪神流マナー講師の資格持ってねえか?)
(初めて聞いたわそんな邪神流の資格!)
(普段訳の分からん資格を自慢してるくせに、肝心なものがねえな!)
じっくり味を確認しながら食事をする、アリスとマナから溢れ出る育ちの良さと気品に、貴明が直射日光を浴びたカビの様な反応をして、幹也と漫才を繰り広げていた。アイコンタクトで。流石は親友である。
「その、四葉さんはこの人と付き合いが長いんですよね?」
「え? あ、うん。そうそう。5歳くらいの時から付き合いあるね」
アリスの呼びかけに貴明の反応が遅れたのは、貴明と名前で呼ばれることが多いため、四葉と呼ばれることに慣れていないから。ではない。
(馬鹿の事をスルっとこの人って呼んだな。恐ろしい子!)
アリスの幹也に対するこの人というニュアンスが、まるで自分の亭主のような自然さだったことに貴明は慄いていたのだ。
「まあ、ガキの頃から俺が幹也を助けていてね。例えば」
「チームダブルヘッドキング……」
単に本当のことを言うなら幹也も黙っていただろうが、この貴明という男は常に適当なことを言うのだ。そのため幹也は、正しい昔を思い出してもらうために、大体中学二年生頃に二人で結成したチームの名前をぼそりと呟いた。
「あいたたたたたたたた!?」
効果は抜群だ!
貴明は何か思い出してはいけないモノを思い出したかのように、頭を押さえながら呻き始めた。
「いたたたたたた!」
尤もそれは幹也も同じことだった。深淵を覗くとき深淵もまた覗き返すというが、深淵の馬鹿を黙らせるために馬鹿となった幹也は、そのまま自分も暗黒の波動を受けてしまったのだ。
「なに?」
「さあ……」
だがアリスとマナからすれば、まさに馬鹿達が馬鹿をやっているようにしか見えなかった。
「あ、ああそうだ! 俺の新婚旅行とか話す?」
「新婚旅行……!」
「ぜひ!」
貴明がどう考えても話題を変えるための提案をしたが、この少女達は食いつくに決まっていた。何せ自分達もする予定なのだから。何ならある意味今がそうとも言える。
「止めといたほうがいいぞ。こいつ重婚してるから、新婚旅行も複数回だし話が長くなる」
「重婚……!」
「どういうことですか!?」
まともじゃない奴の話を聞かない方がいいと幹也が忠告したのだが、アリスとマナは別の意味で更に食いついた。これまた自分達がする予定なのだから、まさに自分達の参考としてピッタリ。人生の先輩。女としてその奥さん達からも話を聞いてみたかったが、貴明の妻の一人は彼以上に扱いにくいため呼ばない方が賢明である。
「それに頭痛くなるから」
「なんだとこら! どこがどう頭痛くなるんだ!」
「新婚旅行してたら太陽系の外まで行ったって聞かされたらどう思う?」
「馬鹿かなって」
「だろ?」
「んだ」
貴明自身も自覚はあったのか、一瞬だけヒートアップしたらすぐに鎮静化した。これぞ親友。
「話を聞かせてほしいです」
「お願いします!」
「止めといたほうがいいと思うけどねえ……」
「ふっ。そう、あれは京都に行こうと」
貴明をそのうち先生とでも呼びそうなアリスとマナだったが、幹也はそれに気が付かず肩を竦めて食事を進める。そして貴明はよくぞ聞いてくれましたと得意げだ。
そして……
◆
◆
「……狐につままれた気分です」
「……そうね」
「だから言ったろ。頭が痛くなるって」
貴明の新婚旅行のスケールがあまりにも大きかったため、食事が終わりレストランを出るころには、マナもアリスもすっかり困惑しきった表情となっていた。
「そういやあんたの知り合いって既婚者多いの?」
「多いな」
「どういう風に結婚されたんです?」
「あーそうだな……」
アリスが思い出したように幹也の知り合いについて尋ねたが、マナに具体的な話を求めらえると困った。
「兄貴とおやっさんは押し倒されて、隊長は……あの人はさっぱり分からん……」
「押し……」
「倒す……」
幹也の脳裏では、呪と力で呪力ドッキングだ! と肩を組んでいる馬鹿ダメおやぢコンビが照れた笑いを浮かべてサムズアップし、天然がくっそしかめっ面でチューブに入ったレーションを吸っている光景が映し出されていた。そのある意味極限の光景を思い浮かべてしまったため気が付かなかった。アリスとマナが、やはりその手か。と頷きあっていたことに。
「俺の場合いいいいい!?」
「うおっ!? 急に止まんなよ!」
俺は俺はと、聞かれてもいないのに自分たちの出会いを話そうとした貴明が、ホテルのロビーをちらっと見た瞬間急に足を止めて、幹也は彼にぶつかりそうになる。
「はわ、はわわわわわわわわ……」
「どうした? ついに正気をおおおおおお!? あわ、あわわわわわわ」
貴明にしてみれば珍しく、顔を真っ青にして白目を剥きそうになりながら、なにやらはわはわ言い出し、幹也はついに腐れ縁のSAN値が尽きたかと思いながら、同じようにロビーを見ると、貴明と似たように仲良く慌てながら失神しそうになる。その視線の先には……。
「これこれ。うちのマイサンがお餅を背負ってるとこ。かわいいでしょ。でへへへへ」
「おお。うちの子にもと思ったことがあるけど、餅がなかったからなあ。まあ可愛さでは負けてませんよ。へっへっへ」
「……」
ホテルのロビーにある椅子に座り、机にアルバムを広げている、どこか貴明に似ている中年男性。そのアルバムを見ている、草臥れたとしか言いようがないこれまた中年男性。そして我関せず、地図で首都高速道路の構造とコーナリングを確認している男がいた。
(マスターカードおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!)
『お掛けになった電話番号はただいま使われておりません』
幹也が心の中で絶叫を上げたが、その相棒は着信拒否の構えだ。
(あの人ら本人じゃないって分かってるんだよ! ならお前しかいないだろうが!)
その男三人は、間違いなく本人ではなかった。本人だったら大事も大事だ。びっくりした太陽系の星が惑星直列を起こしながら、ビリヤードの玉の様に玉突き事故を起こすほどのである。まあ影絵の出現でもそれが起こりそうだったが。
『このホテル、田舎者の体の中みたいなもんですから、ちょっとルールが違うみたいで、現れやすくなってるみたいなんですよ』
(なんだとおおおおおおおおお!?)
邪神四葉貴明の体の中といえる様なこのホテルは、現実世界とかなりルールが違うらしく、それはマスターカードにも影響したようで、殆ど制御不能な連中が勝手に飛び出してきたらしい。
「はわわわわ……なんで馬鹿駄目アホおやぢの会がここに……!」
そのマスターカードの中にいる自分から、ある程度情報を受け取っている貴明は、彼らの正体を知っていた。
「でへへへ」
というかまず、でへでへと笑っている中年は貴明の実父だ。しかもそのアルバムに移っている赤ちゃんは貴明自身である。幹也の呼称はおやっさん。
「へっへっへ」
そしてそのアルバムを見ながら、自分の子供達の事を思い出しながら笑っている中年は、妙なデジャブを覚えるというか友人を思い出すが、貴明ですらいまだかつて見たことがないほど巨大で重い、人でありながら人を超え、宙すら押しつぶす大虚無に至ってしまった男。幹也の呼称は兄貴。
「……」
最近勝手に愛車認定した青いリムジンのハンドルを握って、首都高速道路を走るイメージトレーニングをしている男は、運命、因果、決定された未来を無視して、あるいは至高神にすら届きうるのにその座を心底邪魔だと蹴飛ばしたただの人間。幹也の呼称は隊長。
マスターカードの中にいる貴明曰、上から馬鹿、駄目、アホ、三人纏めてそのまま馬鹿駄目アホおやぢの会であった!
「はっ!? マイサン達!? 集中しすぎてた!」
「おおっと、後は若い者同士で」
「……」
幹也達に気が付いた馬鹿駄目アホは、アルバムと地図を仕舞いながら席を立つと、思い思いに散っていき、誰も見ていないところで溶けるように消えていった。
「おおおおおお前のせいだぞ幹也!」
「ばばばばばばばば馬鹿言え貴明!」
顔を真っ青にしながら原因はお前にあると責任を擦り付ける二人。だが、貴明が場を整えて、幹也の中からおやぢの会が出てきたことを考えると、親友タッグによる合わせ技の結果であった。
「部屋を準備したのに」
「です」
アリスとマナはおやぢの会のうち二人と面識があり、幹也と自分達を助けてくれた恩人なのだ。彼らがさっと逃げるように居なくなったから言いそびれたが、そのお礼に一番いい部屋を準備しようと思っていた。
知らないとはある意味幸せである。宇宙がどうにかなりそうな集まりとは夢にも思うまい。
そして、まさに伏魔殿にして万魔殿。幹也と貴明の友情コンビネーションによって、とんでもない激ヤバ物件が誕生してしまった瞬間であった!
果たして人類は、弥勒菩薩が現れるまで耐えられることができるのか! それは神のみぞ知る……。
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