馬鹿&馬鹿

「中々いいじゃない」


「そうだねアリスちゃん」


 客室に案内されたアリスとマナは、超上流家庭で生まれた者として、そして経営者として内装に合格点を出した。


「ええ……入ってすぐにベッドがないじゃん……」


 一方、ド庶民の生まれである幹也は、どう頑張ってもビジネスホテルのような、机とベッドがあるだけの部屋しかイメージできず、複数の部屋で構成されている客室に気圧されていた。


「仕事用の宿泊ホテルじゃないんだから当然でしょ」


「そうです!」


 そんな幹也の感想に肩を竦めたアリスと笑顔のマナだが、何故か入ってすぐベッドの言葉に反応して、ほんのりと頬を染めていた。ちなみに余談だが、彼女達の旅行用の鞄には、使うかどうかは分からないが、普段よりもずっと派手なモノが混ざっていた。


「はえー」


 幹也は部屋を見て回っていたため、そんな彼女達に気が付かず、ロビーと同じように暗がりをチェックしていた。


『変に律儀ですから、客室はプライベートがどうのこうのと目玉はないんじゃ?』


 幹也が探していたのは腐れ縁である邪神四葉貴明の目玉だ。しかしこの邪神、マスターカードの言う通り妙なところで律儀なため、客室の宿泊客のプライベートを探ることはないように思えた。


(俺以外ならな!)


『ああ……』


 だがそれは普通の客に対してである。腐れ縁と悪友特有の遠慮のなさが発揮され、幹也がいる部屋には無遠慮にいる可能性が高かった。


「お昼はレストランのランチでいい?」


「なんでもなんでも」


 アリスの提案に幹也は言葉通り、全面的にお任せの姿勢だ。なにせレーション一か月生活なんてものを送った事のある彼は、まさに食に対する拘りなんてない。あるとすれば、恩人がしかめっ面で食べていたくっそマズいレーションだけは勘弁なと言ったところだろう。


「すいません斎藤ですけど、ランチに行くので席をお願いします。はい三名です」


 マナが内線でホテルのレストランに連絡を入れていたが、妙に斎藤と名乗ったときのアクセントが強調されていた。


「コンシェルジュさんが案内するって言われたんだけど……」


「変ね。ロイヤルスイートに泊ってる訳でもないのに」


 しかしマナは首を傾げていた。確かに格式高いホテルであるが、一般客室に泊っている自分達をレストランに案内するため、コンシェルジュが態々やって来るというのだ。


 コンコン


「早いなもう来たのか?」


 ドアがノックされた音を聞いた幹也が、ドアスコープを覗き込もうとしたときである。


 見ていたのだ。


 ナニカが


 ガラスレンズではなく瞳が


 ぎょろりと幹也を


 じーっと


 いや


 ニタリと歪んだ弧を描いて嗤っている目が


 それに対して幹也は……


 ポケットに入っているホテルに来る前に買った……


「くたばれ!」


 カットレモンを搾って汁を吹き付けるどころか直接叩きつけた!


「きゃあ!?」


 そのぎょろりと現れた目玉に怯えたアリスとマナが、悲鳴を上げながら幹也の後ろに隠れ


「ぎゃあああああああああああ!?」


 目玉は直接擦り込まれたレモンの刺激に悲鳴を上げて、真っ赤になっていた。


「水! 水!」


 ドアからぬるりと現れたのは、このホテルのコンシュルジュの制服を身に纏った男だったが、その男は顔を抑えながら一目散に洗面台の方へと駆けて行った。


「お、おじさん!?」


「大丈夫……じゃないけど大丈夫だ」


 その様子を幹也の後ろから見ていた少女達だが、幹也は突如部屋に侵入してきた男がいるのに、疲れ切ったような表情を浮かべていた。いや、顔に太い血管の線が浮かんでいるところを見るに、疲れながら怒るという器用な真似をしていた。


「あったよ蛇口! 全開放!」


 幹也が洗面台に向かうと、その男は洗面器に顔を突っ込み、蛇口を全開にして直接目を洗い流していた。


「あー生き返るー」


「この馬鹿野郎何してやがる!」


「てめえの方こそ何しやがる馬鹿野郎! 善良な邪神の目にレモンをぶち込むなんて、聖書ですらそんな恐ろしい事書いてねえぞ!」


 そんな洗面器で癒されている男を幹也が罵ると、男が、邪神四葉貴明が充血した目をかっと見開き食って掛かる。


「真っ向から聖書に反してるような奴の癖になにが聖書だ! っつうか元の世界に帰ったんじゃねえのか!」


「残念でした! この俺は擬態タールを介しての分体だから、本体は帰ってまーす!」


「俺から一本取ろうと嘘付くんじゃねえ! タールを介してるんなら全部お前自身だろうが!」


「ぎくっ!?」


 幹也は知っていた。この腐れ縁の邪神は複数に分裂出来る癖に、彼の黒い泥から生まれたそれは分身、分霊、分体といったコピーではなく、全てが同時に存在する四葉貴明自身であると言える事を。


「それで何してるんだよ」


「おっと俺としたことが」


 この腐れ縁に何を言っても無駄だと、一通り突っ込んだ幹也は本題に入った。いや、本来ならもっと色々と聞かなければならない筈なのに、それを全部省いたのは流石の付き合いだろう。


「私、臨時コンシュルジュの四葉貴明と申します。ささ、どうぞお嬢様方こちらへどうぞ」


 先程までの大声はどこへやら。ピシリとアリスとマナに挨拶した貴明は、ドアを開けて少女達をレストランへ案内しようとする。勿論幹也に対しては、無言で勝手について来いと言っていた。


「えーっと、従業員……なの?」


「はい勿論ですとも」


 さっぱり状況が掴めていないアリスが貴明に質問するが、その返事はなんの疚しい事もないと、堂々としたものだった。


「騙されちゃいけないぞ。こいつしょっちゅう勝手に、役職だのを色々名乗るからな」


「はっはっは。お嬢様、どうぞこの馬鹿の事は真に受けません様に」


「今の肩書言ってみろ」


「えーっと、異能学園2021年度入学生主席入学主席卒業、ブラックタール帝国皇帝、ホワイトタール社社長、チーム花弁の壁マネージャー、チームゾンビーズ臨時マネージャー、元一際面倒な連中の対処研究会部長、元世界異能大会運営部委員長、国際異能交流部部長、異能研究所外部顧問、邪神流柔術免許皆伝、呪術師をぶっ殺す会会長、二代目泥沼ゴッドデリバリー社長、第一級土の味ソムリエ、第一級万魔殿建築士、対呪術参考書ベストセラー作家、四葉異能相談所所長、異能学園臨時教師四葉貴明だな」


「その内完全に公的な肩書は?」


「……………さあどうぞこちらへお嬢様方」


 ずらずらと自分の肩書を述べた貴明だが、その内半分くらいは自称であり、まさにぐうの音も出なかったため、無かった事にしてアリスとマナを促した。


(やっぱり心が読めない)


 そんな貴明を見ながら、少女達は以前から貴明の心が読めない事に困惑していた。これは幸いと言うべきか。今まで邪神の心を読んだ者は、尽く悲惨な目に会っていたが、流石に経験を積んだ貴明は、自分のちょっぴり複雑な乙女心のせいだと気が付き、学生の頃はノーガードだった精神に防壁を張っていたのだ。


「しゃあない行くか……」


「あ……」


「わあ」


 さあどうぞと促す貴明の姿に、こうなったらしつこいと知っている幹也は、アリスとマナをある意味守るように手を繋ぎ、アリスはどこか色っぽい、マナは嬉し気な声を漏らした。


「ではご案内します」


 そんな腐れ縁に背を向けた貴明は、この馬鹿自分から巣に掛かってやんの、ぷぷぷ。と嫌らしい笑みを浮かべていた。


 ◆


「バ、バイキング形式……!」


「ぷぷぷ物知らず。ビッヒだから。ぷぷ」


 レストランに入った幹也は、どうぞ好きなものを取ってお食べ下さいと言う、ある意味彼にとって夢のような景色に立ち止まり、それを貴明に笑われていた。なおその笑っている貴明だが、本当はビッフェである。


「……」


 それを突っ込めるアリスとマナだが、現在の彼女達は繋がれている手を見てそれどころではなかった。


「こちらのお席へどうぞ」


「……おいちょっと待て」


 貴明にテーブルに案内された三人だが、明らかにおかしい事があった。


「なんでグラスが四つなんだよ」


 準備されているグラスの数が一つ多いのだ。そうとなると当然……


「安心しろ。ディナーは三人の時間を邪魔しねえからよ。気楽なランチならセーフセーフ。お嬢様方も昔のこいつに興味あるでしょ?」


「ええ!」


「ぜひ!」


 いつの間にか仕事着のスーツ姿となっていた貴明が、居座る気満々で少女達に話しかけたが、彼女達は三人の時間を邪魔されることを怒るどころか、貴明の最後の言葉にそれはもう食いついた。


「ぷぷ」


 少女達の了解を得て、幹也に嫌らしい笑いを向ける貴明は、恥ずかしい過去まで話すつもり満々だったが……


(バラしたら道連れにしてやる)


 切り札を持っているのは幹也も同じだった。

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