四葉貴明を呼ばない理由と、巣に飛び込んだ斎藤幹也

前書き

副題、馬鹿&馬鹿



「それで何を心配してるの?」


 アリスがリムジンに取り付けられた冷蔵庫から、冷えた飲み物を取り出しながら幹也に問う。


 一行は普段いる街からリムジンで東京に向かっているが、幹也は何処か落ち着きがない。それは、いまだにリムジンの内装に腰が引けている事もあったが、もう一つ理由があった。


「あの馬鹿の事だ」


「お友達の四葉さん? でしたよね?」


「そう、そうの腐れ縁の馬鹿さんだ」


 幹也の言葉にマナが首を傾げる。彼が馬鹿と表現する者は、四葉貴明の事を指すと最近分かったマナとアリスだが、幹也と貴明は一緒に食事をしていたり、随分親しげな様子だったため、一体何を心配しているか分からなかった。


「はい飲み物」


「これ高くない?」


「普通の水よ」


 と言っても、幹也の心配事は少し人と感性が違うのも間違いない。なにせアリスから手渡されたグラスの中に入った水の値段を気にするくらいだ。だがその心配は大当たり。少女達にとって普通の水でも、幹也がその値段を知ればこれ水だよな!? と目を剥くこと間違いなしだった。


「うん水だ。それで俺とあの馬鹿は、付き合いだけ無駄に長い。五歳くらいには一緒に写真に写ってるくらいだ」


 尤もその違いなんか幹也が分かる訳がない。一口飲みながら、自分と腐れ縁の付き合いの長さを説明する。


「だからこそ言えるけど、線引きがガバガバな上に気質が入れ変わるんだ」


「なんのです?」


 意図していないのに、コテンと首を傾げるマナの可愛らしい姿だが、幹也は気にせず話を進める。


「そいつを呪うか、祟るか、殺すか、はたまた人格を変えるかの線だ」


「……それって結構ヤバいんじゃない?」


「そう、ヤバい。人間だけど人間じゃないってことを、ちゃんと分かってないととんでもない事になる。しかも神と人がコロコロ入れ替わる」


 幹也が並べた物騒な言葉に、アリスの顔が少し引き攣った。


 幹也が思い出している間抜け面の持ち主、四葉貴明は、あまりにもその基準が曖昧過ぎるのだ。大邪神と人間のハーフである彼は、神でも許されていない線引きを、俺っち傲慢な人間でもあるし、と軽々と飛び越え死者を蘇らせて好き勝手したり、普段は気さくでも時折神としての面を見せてとことん無慈悲になったり、かと思えば無慈悲ではなく怒り狂い荒ぶる荒魂と化したりする。しかも、本人の中では矛盾はないと思っている質の悪さ。


「だから付き合い方が分かるまで、もしあいつが現われても、俺がいない所で嬢ちゃん達は関わるな。あの馬鹿がニコニコしてても、かなり危ない橋を渡ってたりするからな。本当に愛想よく振る舞ってるだけなのか、じっとそいつを見定めてるのか、慣れてないと分からん。笑ってたのにいきなりブチ切れたりするからな」


 だからこそ幹也は、最も仲の良い貴明を、軽い気持ちで呼べないのだ。貴明の憤怒は人の優しさの発露だが、それがそのまま神の無慈悲さと結び付いた場合、どんなことでも平気で平然と行ってしまうため、抑えが複数いる貴明の元の世界と違って、幹也しかいないこの世界に呼ぶのはリスクが大きすぎるのだ。


「わ、分かった」


「はい!」


 かつてゼウスに襲われた際、貴明がとんでもない現れ方をしたとは思っていたが、その面倒くささと厄さに、再び顔を引き攣らすアリスと、何故かニッコリ顔で頷いているマナ。


「それが分かるって事は、本当に仲良しのお友達なんですね!」


「え?」


 マナの言葉に、一瞬なにを言われたか分からなかった幹也は


「そ、そんなこたぁない」


 なんとかそう返すのが精一杯だった。


 ◆


 ◆


「さて……」


 アリスとマナが、お忍びでホテルの抜き打ちチェックをする都合上、少し遠くからリムジンを降りた一行だが、幹也は腕を組みながら高く聳える高級ホテルを見上げた。


「考えすぎじゃないの?」


「いいや俺には分かる。奴はコソコソなにかをしてる」


 アリスが見たところ、特に変わったところのないホテルの外見だが、幹也には全く違って見えるようで、心底嫌そうにしていた。


「とにかく行きましょう!」


「そうね」


「ああ……」


 しかめっ面の幹也には、ホテルが悪魔が大口を開けている万魔殿に見えていため気が付かなかった。そのすぐ傍の夢魔達が、ルンルン気分で自分を誘っている事に。


「ようこそおいで下さいました」


(ロビーは問題なしね)


(従業員さんはよし)


 ホテルの自動ドアをくぐるとそこは別世界。高級感がありながら、しかし落ち着いた色合いとデザインのロビーを進みながら、アリスとマナは素早く従業員の接客や、内装の手入れをチェックしていた。結果は問題なし。十分彼女達が求める水準に達していた。


(目は無いな……)


 一方幹也はそれには目もくれず、隅っこや人の死角になりそうな場所、暗がりを素早くチェックした。


 幹也が探していたのは、四葉貴明の邪神としてのシンボルである"目"だ。見た、見られたで致命的な災いを招ける貴明は、ぎょろりと蠢く目を介して様々な事柄をなせる。見るだけで、悪人の魂を引き抜き、全く別人に変えることなど造作もない。そのため、彼の支配領域では至る所に悍ましき瞳が現われる。


「予約していた斎藤です」


「はい畏まりました」


 しかし、その目を探していたせいでまた気が付かなかった。アリスがまた自分の名前で予約していたこともその一つ。


「こちらのお部屋になります」


「この部屋って俺? それとも嬢ちゃん達?」


「なに言ってるの。三人一緒よ」


「そうです!」


「え?」


 そしてもう一つ!


 そう! 一部屋しか予約されていなかったことに幹也が気付いたのは、部屋を案内されてようやくだった!


 あまりにも愚か! 彼は万魔殿の中に入ったつもりだったが、そこは絡新婦の巣の中だったのだ!


「あ、そうなのね」


 が、女性軍人も混ざった閉鎖空間で雑魚寝していた幹也は、ちょっとだけ感性が違う。彼は自ら巣へ飛び込んでしまった!


 だが絡新婦のオスの運命はただ一つ! 一体幹也はどうなってしまうのだ!


 それは邪神のみぞ知ることだろう!



後書き

多分ですけど次回は、馬鹿&馬鹿の漫才かな?

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