陰謀の終着点

「ようこそお出で下さいました。お荷物をお預かりします」


 ここ、A&M社が買収したホテルは元々格式高いホテルとして知られ、当然従業員の教育は徹底されている。現に今も、非常に聞き心地の良い声を持った男性が、ピシリとした姿勢で宿泊客を出迎えていた。


「おじさん。おじさん」


「あの人、本職?」


 ロビーのソファに座りながらその様子を見ていたのは、従業員の勤務状態を確認していたマナとアリスだが、超上流階級の生まれである彼女達の目からも、その従業員であるコンシュルジュの対応は完璧だった。


「……いんや、まあ何でも屋みたいなところはあるけど本職じゃない。あの馬鹿、いつも思うが器用すぎるだろ」


『皇帝から従業員まで何でもできますね』


 アリスとマナの間に座っている幹也の視線の先には、人当たりのいい笑顔で、しかも聞きやすい声で話すコンシュルジュ、四葉貴明の姿があった。


「根本的な質問だけど、あの人いつまでいるの?」


「そもそも……従業員なんですかね?」


「両方ともさっぱり分からん。ふらふらしてるかと思ったら妙に責任感がある奴だからな。いや、勝手に仕事し始めて責任感とかあれだけど」


 首を傾げる少女達だが、付き合いの長い幹也をして、貴明の行動原理は未だに理解できないことが多々あり、確たることは言えなかった。


「まあとにかく、ロビーは見終わったから他に行きましょうか」


「そうだねアリスちゃん」


「了解」


 陰謀を秘めているとはいえ、少女達がこのホテルにやって来たのは、従業員とホテル自体のチェックも目的に含まれており、ロビーは問題ないと、まあ実際は大ありだが、他の場所のチェックに向かった。


 ◆


「問題なかったわね」


「元々教育が行き届いてました」


「まあ……大丈夫と言えば大丈夫なんだけどな……」


 大雑把ではあったが一通り見回った少女達は、自分達の会社の系列に収まったホテル満足していた。尤もあくまで見回れたのは表の部分だけで、少し泥の裏を探ればとんでもない事故物件と化していたが。抽象的に表現すると、軽く地球がヤバい。


「それじゃあディナーに行きましょう!」


 マナが仕事終わりに、ホテル内で予約していたディナーに向かうよう幹也を急かす。元々、このホテルに到着したのが昼頃で、そこからホテルを見回っていたら、気がつけばもう外は真っ暗であった。


「テーブルマナー、マジで気にしないでくれよ」


「今更でしょ」


 相変わらず自分のテーブルマナーを気にする幹也だが、そんなものは元から気にしていないとアリスが肩を竦めた。


「予約していた斎藤です」


「承っております。どうぞこちらへ」


 早速レストランに向かい、アリスが受付の職員に名前を告げたが、やはりと言うか相変わらず斎藤の名であった。


(てっきり貴明がいるかと)


『ディナーは邪魔しないと言っていましたからね』


 幹也はそれを疑問に思わず、寧ろ腐れ縁の貴明がどこにもいないことに違和感を抱いていたが、妙に律儀な貴明は約束通り、ディナーの邪魔しまいと引っ込んでいた。


「こちらのお席になります」


(変ね……)


(あれ?)


 職員に案内された席に、アリスとマナが首を傾げる。その席は夜景の見える窓際の一番いい席と言っていいのだが、あくまで身分を隠して一般の客としている自分達に、その席はいささか不釣り合いに思えたのだ。


 勿論貴明の余計なおせっかいで仕込みであるが、彼女達は知る由もない。


「どうぞごゆっくり」


(まあいいでしょう)


(うん)


 経営者としてはそれ相応の金額を出している者を案内してほしかったが、今回は目を瞑って感謝することにした。なにせ……。


「おお絶景だ」


 素直に夜景を楽しんでいる幹也。彼と来たディナーとなれば、いい席に越したことはなかったからだ。


「コースはどうします?」


「と、言われてもな。これ魔法?」


 椅子に座りながら幹也にメニューを訪ねるマナだが、幹也はメニュー表を見てよくわからない単語の羅列に眉間をよせている。


「カタカナが多すぎる……」


「それじゃあまあ、普通のを頼みましょうか」


「え……この金額のメニューを俺が食うの?」


「これも仕事ですから」


「そうか仕事だったな」


 本当にさっぱり分からないとお手上げの幹也に、アリスが指さしたコースの金額は、幹也が逆立ちしても出せっこない金額だったため早くも腰が引けていたが、マナの言葉にこれはあくまで仕事で必要なことだと納得する。食費を出してもらう完全にヒモであったが。


「お決まりでしょうか」


「このコースを」


「承りました」


 控えていた給仕係に注文をするアリス。


「シャンパンです」


「それじゃあ乾杯」


「乾杯です!」


「乾杯」


 少し経って注がれたシャンパン、当然だが仕事中なためノンアルコールのものが入ったグラスを掲げる。


「前菜となります」


(おい本当にどうやって食べたらいいんだ!?)


『手掴みしなければ誰も気にしませんよ』


 いよいよやって来たコース料理の盛り付けにビビる幹也へ、マスターカードは普段食べているコンビニのおにぎりの様に食べなければ問題ないと、非常に大雑把なアドバイスを送った。


「それにしても星が奇麗ね」


「星がよく見えます」


 そんな心を読まなくともテンパっているのが分かる幹也の気を紛らわすため、アリスとマナが窓越しに夜景を見上げた。


「そ、そうだな」


 釣られて夜空を見上げる幹也だが、この男もかなり星と宙に関係がある。世界のアルカナは宇宙を現しているし、彼の腐れ縁はかつて冥王星と呼ばれていた星を飛び越え外宇宙に赴き、兄貴分に至っては宙そのものになれるときたもんだ。その上星々を渡って戦っていたことを考えると、この地球にいる者達の中で、最も宙と関わりがある人物かもしれない。


「宇宙旅行って興味あるのよね」


「あ、私も!」


「中々ビッグな興味だ。ここは軍曹殿式の宇宙飛行用訓練の出番だな」


 他愛もない会話をし始めた3人。


 一見和やかな食事となっていたが、水面下では恐るべき陰謀が進んでいた。


 その陰謀とは……


 ◆


「じゃあ寝ましょうか」


「おじさんここへどうぞ!」


「何かあったら抱きかかえて逃げやすいでしょ」


「最近色々多かったんで!」


 大浴場を堪能したアリスとマナが、幹也にここで寝ろとベッドの真ん中、つまり、自分達の間で寝ろと宣ったのだ! しかもそれっぽい理屈までつけてである!


 そう! ホテルに連れ込むことから始まった陰謀は、ついにその最後を迎えようとしていた!


「了解」


 獲った。アリスとマナがそう思ったか定かではない。だが確かに幹也は、ここ最近のことの多さを考えると一理あるなと頷き、ベッドの真ん中に横になったのだ!


 これに少女達は裂けるような笑みを必死で抑え……。


「じゃあお休みー……ぐう…………」


「は?」


「え?」


 一瞬でマジ寝した幹也に、信じられないものを見たと目を剥く。


「ちょっと待って、マジ?」


「ええ……」


 淑女らしかぬ反応をしてしまう少女達は、凝視と言うに相応しい表情で幹也を見るが、どう見ても、そして実際、幹也は本当に寝ていた!


「こいつ本当に男?」


「あ、あはは……」


「ぐう………」


 どう見たって絶世の美少女としか言いようのない自分達といながら、寝入っている幹也に呆れるアリスと、まあこういう人だよねと苦笑するマナ。


「まあこれはこれでいいわね」


「そうだねアリスちゃん」


 が、裏を返せば俎板の鯉だ。今度こそにやりと笑う少女達は幹也の隣に潜り込むと。


「じゃあお休み」


「おやすみなさい」


 それぞれ、そして寝入っている幹也に声を掛けるてと


 その手を軽く握って眠りについた。


 なんだかんだ彼女達も初心だったようだ。



































 陰謀が妙な終着点を見せていたころ、陰謀の塊のような存在が蠢動していた。


(どうすんだよあれ!)


 その人物、影から蠢いていた四葉貴明の視線の先には。


「へっへっへ」

「でへへへへ」

「……」


 またしてもロビーで笑いあっている駄目おやぢと実父、大きな首都高速道路の地図を広げて顔が見えない天然の姿があった!


(他の客とホテルマンに迷惑だろうがとっとと帰れ!)


 やはり根が真面目と言うか、それとも単にいなくなってほしいだけか、居座っているトリオに念を送る貴明だが、図太と過ぎる実父と天然に引っ張られ、比較的常識人な駄目おやぢもすらも気が付く様子がない。


 その時である。


 ロビーに備え付けられているテレビから声が聞こえた。


『アメリカの発表では、衛星軌道上に漂っているナット星人の艦隊の残骸から、謎の信号が発せられたようです。現在詳しく調査中とのことで』


 ロビーにいた全ての人間が釘付けになった。


「おおっとこりゃすげえ……」


 人間大の宙も


「あっはっはっは!」


 それに匹敵するナニカもだ。


 テレビに、ではない。


 地図を広げ顔すら見えない男に、である。


(うっわやっぱやべえわ。これで影絵とかどうなっとんじゃ)


 人の高潔な精神を心から愛する貴明ですら、一周回って冷静になる。


 その男は何もしていない。地図だって広げたままだ。


 なのに、ロビー中にいる職員も、宿泊客も、ドアマンすら目を逸らせなかった。なぜかは彼らも分からない。


 とにかく目が離せなかった。


 全く目が離せなかった。


 一方その男は……


 咆哮が聞こえた。


 全身の炉が唸った。


 撃鉄の音がした。


 そしてなにより。


 すっと目が細まっていた。


 から掛けている眼鏡の奥で


 の前の様に。


 リーダーであった頃の様に。


 英雄であった頃の様に。






 兵士であった頃の様に。











































『そしてアメリカが回収した端末の修復に成功したようで、そこには他の異星人の情報もあったようです。外見は腕4本、足2本』


 頃の様、ではない。


『2本足りませんが、関係者はまるで








 タコ人間のようだったと』


 ことりと


 メガネが置かれた。





あとがき

実は眼鏡は本編中でも描写があります。何の本編?さあ

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