研究者のメモ

前書き

本日投稿2話目です。ご注意ください。



 ギリシャにアテナが降臨の可能性。至急確認をしろ。


 調査の結果、霊的反応が人智を超えているようだ。本物かどうかは不明だが、偽物とも断言出来ない。


 外部組織である会合メンバーの"巫女"が推定アテナに霊視を行った結果、対象を間違いなく女神アテナと断定した。


 ギリシャ政府とアテナが接触。


 何らかの方法で洗脳を行っているようで、あっという間にギリシャがアテナの手に落ちた。


 アテナの目的が分からない。


 調査拠点αがアテナを賛美していた。最高強度の対洗脳装備を突き抜けられた可能性がある。


 アテナによる洗脳を止められない。ヨーロッパはほぼ陥落した。ユーラシア、アメリカも時間の問題だろう。あまりにも早すぎる。


 まだアテナが降臨して3日だというのに、地球の半分がアテナを賛美している。


 緊急プロトコルに従い、地下の個人用シェルターにそれぞれ職員が避難して対策を模索することになった。大体半年ほどの食糧の備蓄があるが、このシェルターを自分が正気で開けることはないかもしれない。


 テレビが故障していた。ラジオだけで過ごせというのか。


 分かった。アテナは我々の【精神】に勝利しているんだ。洗脳対策が効かなかったのはこのせいだろう。我々は洗脳されているのではなく屈服させられていたのだ。今更分かってもしょうがないが、一応報告はしておく。


 私の所を除いた全ての個人用シェルターが開いたようだ。だが中から開ける以外、外部から一切干渉されない作りな事を考えると、この研究所で正気なのは私だけの様だ。だがなぜ私だけ?


 分かった。テレビだ。私と他の研究員の違いは。多分見るだけで洗脳されるのだ。そして恐らく、アテナはテレビに出演した。これも報告を送っておく。尤も返信出来ない作りだし、そもそも受け取り手がいるか怪しいが。次があればだが、一切合切外部からの情報を遮断する必要がある。しかし、ラジオがなければ外からの情報が入らないため対策をしようがない。


 バチカンがラジオでアテナを讃えていた。バチカン陥落。これでシェルターの世界地図全てにバツが付いた。


 世界中で無事なのは自分だけかもしれない。いや、未開の文明もか。しかし困ったことに、特に孤独に対する耐性があると診断されて、個人用の隔離シェルターを与えられたくらいなため、精神的に全くへこたれていない。いや、早すぎたから実感がないのかもしれない。一週間ほどで全部終わった。


 多分だが、アテナにそれほど大きな企みはない。返り咲きたいだけなんだろう。自分達にとって栄光の時代に。我々は家畜だが。


 つつつついいいにににララジオのおおおと音音音だけけけでももアテナよ!アテナよ! 偉大なるアテナよ! オリュンポス12神よ!




 記憶処理された。間違いない。私を含め職員全員がアテナの攻撃もそれに支配されたことも覚えている。いや、洗脳に対策を講じていなかった民間人は、それすらも覚えていないようだ。そして日付がおかしい。私が正気を失った書き込みをしているのは3日。今日は5日だ。記憶に1日だけ完全に、ぽっかりと空白が出来ている。そして他の正気に戻った人達は、日付が曖昧になっていたせいでその事に気が付いていない。何かがあったのだ。その日に。全人類を正気に戻した何かが。そして、不都合があった。そのナニカは、その日起こしたナニカを知られたくなかったのだ。いや、果たして方法なのか? アテナをどうにかした方法ではなく、もっと途轍もない事を隠したかったのか? いや、方法の筈だ。神の権能に縛られた全人類を、たった一度で、ほんの一瞬で正気に戻す? それこそ神の御業だ。そのぽっかり抜け落ちた日にこそ気が付いていないが、職員は全力でアテナがどうなったか、何故我々が正気に戻ったかを調査している。しかし、このまま調べていいのか分からない。それが本当に神の御業ならそれでいい。だがひょとして、ナニカ、恐ろしいナニカが関わっているのではないか? 私にはそう思えて仕方ない。


 待てよ? 民間人がアテナの事だけ忘れているのはパニックを防ぐため。我々がその日以外を覚えているのは、対策を講じていたからではなく、似たようなことが次に起これば対抗出来るよう、ナニカが記憶を教訓として残したのか? だとすれば思ったよりも優しいのか? 神の事は全く理解出来ない。いや、そんなことが出来るならやはり恐ろしいナニカだ。





 一度ペンを置いた後で思った。案外、ああそう。で終わる様な理由なのかもしれないと。

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