「お嬢様、結果が送られてきています」


「どうだった?」


 A&M社の本部として機能しているビルの中で、書類の内容を吟味していたアリスとマナの元に、全く毛色が違う書類が送られて来た。


「はい、結果は異常なしです」


「ご苦労様です」


 それは彼女達が修験者に襲われた後、幹也を連れて行った病院からの検査報告書であった。


 その際は目と脳を重点的に調べたため、時間が掛かる幾つかの検査結果が今送られて来たのだが、勝手に、しかも第三者に検査結果を送るなど、勿論グレーゾーンどころか完全にアウトである。しかし、その病院は泣く子も黙る西園寺と扇が出資する病院であり、彼女達に医者は逆らえなかったのだ。


「ただ、変わっている点が一つありまして、心臓が通常より2倍近く大きいのですが、血液成分がスポーツ選手のものに似ているため、心肥大ではなくスポーツ心臓と言われるものではないかと」


「そう」


 その資料の中に幹也の心臓のレントゲンと、態々比べ安いよう平均的な大きさの心臓のレントゲンが2枚入っていた。確かに報告の通り、平均的な物より2倍近く大きかったが、スポーツ選手の血液成分と似ているという事で彼女達は合点がいった。


 彼の体の傷を思い出すと分かる。自分達では想像も出来ない生き方、もしくは経験を潜り抜けたからそうなっているのだと。


「ありがとう」


「失礼します」


「ふう……」


 それを思って部下が退室した後、ため息をつくアリス。彼女がチラリとマナを見ると、同じようにして


 いなかった。


「えーっと、私がA型でおじさんがB型だから……」


 なにやら血液型を考えていた。恐らく自分と幹也の間に線を引っ張って、その間から垂直にもう一つ線を下したらどうなるかを考えているのだろう。


「やっぱり抜け駆けするつもりね!?」


「んにゃ!? にゃにゃにゃんのことアリスちゃん!?」


「問答無用!」


「んにゃあああああああああ!?」


 マナの恐るべき計画を察知したアリスは、飛び掛かってそれを阻止するのであった。


 ◆


 ◆


「平和だなあ」


 一方その頃、幹也はこの世の楽園こと電化製品店で、マッサージチェアを試していた。恐らくこことインターネットカフェが彼にとっての"住"なのだろう。


『ディーラーがそう思うならそうなんでしょうね。ええきっと』


 しかし店員はこの買う気が全くない、客とも言えない男を追い出す訳にはいかなかった。なぜならこの男は、店にとって一番のお得意様である西園寺と扇のご令嬢と親しい様子であったため、彼女達が来るならどうぞ何時間でもいてくれと、その内飲み物でも出て来るのではないかと思えるほど、寧ろ歓迎されているあり様だった。


 ひょっとしたらもう、住も掌握されているのかもしれない。


『ギリシャで現れた謎の巨人は現在調査中であり』


「やってるなあ……」


『やってますねえ』


 そんなリラックス仕切っている幹也を余所に、テレビからは緊迫したニュースキャスターの声が聞こえて来た。


 裏の世界は、テュポーンの出現に対する情報統制に失敗した。いや、元々成功するはずがなかった。なにせ文字通り天にまで届く大怪物だったのだ。ギリシャ中のあらゆる場所で、あらゆる人が肉眼で目撃してしまい、隠し通すことは不可能だった。


『現地の田口アナウンサーと連絡が繋がっています。田口さん?』


『はい、こちらギリシャの田口です! ご覧ください! 謎の巨人が現われたと思われている地点では、軍による規制線が引かれています!』


 その為連日連夜、実際にテュポーンではないかと言われ始めた巨人の謎を調べようと、出現したと思われる地点にメディアや民間人、オカルトマニアが押し掛けていたが、既に軍によって封鎖されており、それがますます憶測を呼ぶ悪循環となっていた。


『我々の取材では、ギリシャの多くの人達が不安を訴えており』


 テュポーンの声はギリシャ全域まで轟き、人々は強い強い不安を感じていた。ひょっとしたら、自分達は怪物に殺されるのではないかと。


 だから


 少しだけ祈った


 少しだけ思った


 少しだけ想った


 あの怪物が、テュポーンがまた現れても、なんとかしてくれる存在を


 その少しが集まり届いた


『うわっ眩しい!?』


「……なんかいろんな意味でヤバくね?」


『いろんな意味でですね』


 テレビの向こうで強烈に輝く光を見た幹也は、それはそれは嫌そうな顔をしていた。


『称えよ』


 現地は混乱の極みだった。強く光ったから? 違う。

 またテュポーンが現われたから? 違う。


 空から眩く女性が現われたからだ。


『我が名を称えよ』


 跪いた人々。

 祈る人々。

 思う人々。

 想う人々。


『我が名はアテナ。勝利の女神の名において、鉄の者達にそれを与えよう』


 届いたのだ!


 祈りが!

 想いが!

 想いが!


 神に!


『おおおおおおおおおおおお!』


 どよめきが歓喜の声となって辺りに轟く。


 その光景を見ていた幹也の瞳は……















「……ぐう」


『現実と戦いましょう』


 瞼に閉じられていた。


 それもそのはず。神の加護を得られると聞けば殆どの人間が喜ぶだろうが、その神はギリシャの神ですと付け足されたら、ある程度知っている者は全員目を剥いて断るだろう。

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