"世界を守る者"

■本日投稿2話目です。ご注意ください。




「何とかなった?」


「分からん。油断はするな」


「はい!」


 アリスとマナを連れて、プライベートジェットの椅子に座る幹也はまだ警戒を解いていなかった。痛い事に、襲撃してきた男が障害となるであろう護衛達へ念入りに術を掛けており、体が麻痺して動けなかったため、ファッションショーの会場に放置して、幹也は空港まで実質一人で少女達を守る事となったのだが、なんとか飛行機の座席まで辿り着くことが出来た。


『お嬢様、すぐに離陸しますので』


「ええおねがい」


 座席に取り付けられた機内通信で機長と連絡を取るアリス。もう離陸はすぐだった。


 ◆


「流石に大丈夫か?」


 空港から離陸して暫く。流石にもう大丈夫かと思う幹也だったが


 運が悪かった。


 どこもかしこも忙しく、民間機の立ち入り禁止をする命令を出していなかったのだ。そしてそのエリアへ最初に侵入してしまったのがこの機体であった。しかも戦闘機は丁度戦闘している最中だった。


『GIIIIIIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAA!』


「くそっ!」


「きゃあああ!」


 突如飛行機に響くナニカの叫び。それと同時に飛行機が大きく揺れ動き、アリスとマナが悲鳴を上げる。


『地上から精神攻撃を確認。抵抗力のない存在は気絶します』


「つまりパイロットもだな!?」


『その可能性が高いでしょう』


 マスターカードの報告に、この機体のパイロットが気絶したと判断した幹也は、慌てて操縦席に駆け込む。この時ロックされていたら手間取っていただろうが、幸いプライベートジェットいう事もあって甘かったのか空きっぱなしだった。


「おい起きろ!」


 操縦席ではやはり機長と副機長は気絶しており、虚しく機械だけが動いている。


『お客様の中にパイロットはいませんか?』


(冗談言ってる場合か! どうする!? 俺が習ったのは宇宙時代の航空機だ!)


 次代が違えば当然ものが違う。それが複雑な航空機の操縦系統なら尚更だ。しかも幹也が習ったのは、もっと進んだ時代の、かなり大部分を自動運転してくれる優れものだったため、余計に操縦する自信が無かった。


(こういう時は……そうだ、隊長の言葉を思い出すんだ。隊長ならこう言うはずだ)


「そんなのは適当にやったら出来る」


「そうそう。適当にやったら出来ますよね。え?」


『なんという無茶振り野郎。え?』


「パイロット達を座席に固定しろ」


「え?」


『え?』


 ◆


『アイハブコントロール。総員着席。シートベルトを締めろ』


 英語で話される機内放送。


「ねえ大丈夫なの?」


「おじさん」


「大丈夫。絶対に大丈夫だから、しっかりシートベルト締めておくんだ。うん。絶対に大丈夫だけど、とにかくシートベルトだ」


 幹也は、不安そうに見つめて来るアリスとマナのシーベルトを確認して、その後自分も素早く着席した。勿論シートベルトで体をそれはもうしっかり固定して。


『これより本機は戦闘機動を行う』


「今戦闘機動って言わなかった?」


「多分……」


「大丈夫。大丈夫。大丈夫……」


『南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏』


 聞きなれない英語に困惑するアリスとマナだったが、その真ん中に座っている幹也は、大丈夫とぶつぶつ呟く機械と化していた。その様子は何というか、思い出してはいけない事を思い出してしまったと表現するべきか、それとも単に、トラウマがフラッシュバックしていると表現するべきか、マスターカードが呟くお経にも全く突っ込む余裕がない。


「大丈夫。大丈夫うううううう!?」


「きゃああ!?」


「お、おじさんんん!?」


 すると突然、機体が大きく傾いた。いや、傾くどころの話ではない。なにせ下がっている方の窓を見ると、はっきりと地面が見えてしまうのだ。途方もなく大きな火球も。


 そう、地上では目覚めていたのだ。


『総員攻撃いいいいいいいいいい!』


『GIGAAAAAAAAAAAAAAAAAああああああああああああああああああああああアアアア!』


 神話と共に消え去っていなければならない怪物の中の怪物。


 ヘラクレスに打ち倒された筈の怪物の中の怪物。



 ヒュドラが



『GIIIIIIIIIIAAAAAA!』


 満月を背にしたヒュドラは、気絶していなかったギリシャ軍人と異能者達の攻撃を受け、爆炎と煙りに包まれるが、この怪物を相手に手を緩めるなどするはずがない。


 ミサイルが、戦車砲が、小銃が、炎が、氷が、雷が、聖なる光が、天使たちの弓が、まさにハルマゲドンを、ラグナロクの到来を告げるに相応しい全力火力の投射。


 投射

 投射

 投射

 投射


 ずっと

 ずっと

 ずっと

 ずっと


 だが


「嘘だ!?」


 煙が晴れるまで待つ必要はなかった。


『GIIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAあああああああああ!』


 ただヒュドラが吼えるだけで煙が吹き飛び、その体を確認することが来出た。


 全く無傷の。

 全く傷一つない。

 全く痛痒を感じていない。


 これこそが神話に名高き怪物ヒュドラ。


『GAAAAAAAAAAAAA!』


 今まで攻撃せずに、まるで弄んでいたかのようなヒュドラだったが、それもここまでだった。


 全ての口に集まり始めた、人智を超えたエネルギー。


『全員退避いいいいいいいい!』


 それが解き放たれた時の威力は果たしていかほどか。この軍が壊滅する? 異能者が全滅する? いや、恐らく辺り一帯が完全に消滅し、新たな湖、もしくは底なしの穴が誕生してしまうだろう。


 そして


 蛇が全ての頭をもたげ、その力を解放した。



 



 ただ、ヒュドラであるだけで呼べる蛇が。



『ヒュドラ! 条件を確認! メモリー起動! 該当あり!』


「召喚!」


『ワイルド認証! 選定完了! ブラックレア! テキスト! 我らが果たせなかった信念使命! 今度こそ、必ず今度こそ果たす!』 


 かつて異なる世界において、ヒュドラの仔に殺された戦士達。無念にも散った兵士達。そして燃えた罪なき人々。その数約5万人。


 自らは、それから生み出されたのだ。


 二度とそれを起こさない様。


 二度とあれが起こらない様。


 その5万の想いから生み出されたのだ。


 人類が対処できない相手と真っ向から戦い、それを叩きつぶす為の、76億と那由多の命のための最後の切り札として。


 ましてや相手がヒュドラ。


 ならば使命を果たすは今を置いて他になし。




『"人類のための切り札"世界を守る者を召喚します!』




『ジャアアアアアアアアアアアアアアラララララララララaaaaaaaaaaaaaaaaaaあああああああああ■■■■■■■■■■■■■!』


 ヴリトラ天地を覆うものが


 アポピス太陽神の宿敵


 メドゥーサ宝石の目


 ウロボロス永遠


 バジリスク


 アジ・ダハーカ千の魔法


 八岐大蛇日ノ本最強


 ヒュドラ不死身


 ニーズヘッグ怒りて臥す者


 サタン神の敵


 かつて召喚された不完全なものではない。正真正銘、全力の世界を守る者が、空から、正確には上空の飛行機から、大地に君臨するヒュドラへと襲い掛かった。


『GIIIIIAAAAAAAAAAA!』


『ジャアアアアアアアアアアアアア!』


 現世に甦り、無機質な目を歪ませて矮小な存在を嗤っていたヒュドラが、目を血走らせながら世界を守る者の首に噛みつき、同じく世界を守る者も、ヒュドラの首を絞めつけながら牙を突きたてる。


 アポピスの権能で黒に燃える世界を守る者が、本来は自らの尾に食いつくことで再生機能を司るウロボロスの首まで動員して、怨敵の喉笛を食い破ろうとする。


 ヒュドラが無限の再生力で、アポピスの黒炎に燃えながら新たな鱗を生み出し、バジリスクの首と絶死の毒をその牙で交換し合う。


 メドゥーサとバジリスクの確死の瞳がヒュドラを捉える。だがヒュドラは不滅。不死。何するものぞとその輝く瞳に食らい付く。


 サタンが神を冒涜するあらゆる文字をヒュドラに張り付けながら、その鼻先を噛み砕く。


 世界を守る者の中で最も逞しい、最も力強い八岐大蛇がヒュドラの頭蓋を叩き潰す。


 互いに体をぶつけ合う衝撃が、天の雲を吹き飛ばし、大地を揺さぶる。


『おお……神よ……』


 呆然とする人間達。


 これこそまさに、666の獣、黙示録の獣同士による食らい合い。人の立ち入れぬ神話の戦い。


 しかし、外からは拮抗しているかのように見えても、実はそうではなかった。


 ヒュドラは混乱していた。攻撃が通らない。傷は付けられる。毒で爛れさせている。血は流させられる。


 しかし、明らかに命を削れるほどの渾身の力を込めた攻撃が、まるで無かったかのように、何のダメージも与えていなかったのだ。


 この場で知るのは幹也一人。いや、幹也ですら知らなかった。首の由来の地にいる限り、その土地の力しか受け付けない権能は知っていた。つまり、八岐大蛇の首を持つ世界を守る者は、日本で現れた場合、日本神話由来の力しか効果が無くなるのだ。


 しかしここはギリシャ。ヒュドラの首は持っていても、相手もまたヒュドラなのだ。ギリシャ由来の存在ならば、世界を守る者の権能は貫けるはず。


 だがしかし……この存在を造り出したモノは、何処までも捻じれ曲がっていた。世界を守る者のもう一つの役割、世界の敵として仮想敵を務めるのに、ある不都合があったのだ。


 それは世界の敵なのに、単一の神話体系、または国家の異能者が倒せるなら、世界で手を結ぶ必要がなくなるではないか、と。


 だから与えた。それが嫌だったから、それをしない様に。


 この世界を守る者は


 


 ならばヒュドラを相手に設定しているのは、ギリシャ神話に他ならない。


 そしてその力は一対一では、絶対に相手に負けないまさに無敵の権能。これを突破するには、最低2か国。もしくはそれすら貫ける主神級の力が必要となるだろう。しかし、ほぼ同格どころか押されているヒュドラにそんな事出来る筈がない。


 しかも世界を守る者は見切った。これなら消し飛ばせると。


『ジャアアアアアアアアアアああああああああああ!』


『GIIIIIIIII!?』


 世界を守る者は全ての首に宿る霊気を最大限稼働させながら、ヒュドラに渾身の体当たりを食らわせて距離を取る。


 その僅かな距離と時間で、それぞれの首が配置についた。そう、富士山で月を破壊した


 その配置は


 無神論

 愚鈍

 拒絶

 無感動

 残酷

 醜悪

 色欲

 貪欲

 不安定

 物質主義


 即ち逆カバラ、邪悪の樹、クリフォト。


 それから放たれる破壊の光。


 いや、富士山で放たれたものとは雲泥の差。


 世界を守る者が全ての尾を大地に突き刺さし、体を固定するとともに、土地が滅びないギリギリまで霊脈を吸い上げながら、世界に漂う負の力をその身に集め


 何もかも、一切合切を消滅させる無の極光がクリフォト図から放たれた。


『GI!?』


 星の表面を削ぐ一撃を水平に発射する訳にはいかなかった。そのためまずはヒュドラの首と上半分を一瞬で消し飛ばし、体積が大幅に減ったところでアジ・ダハーカが魔法でヒュドラの体を射線上に持ち上げた。


 夜にも関わらず地上を白く染め上げる極光は、何の抵抗も許さずにヒュドラの下半分も消し飛ばしながら、星の大気を突き抜けて空の彼方に伸びていく。


『ジャアアアアアアアアあああああああああaaaaaAAAAAAA!』


 ヒュドラが完全に消滅したことを確認した世界を守る者は、満月に向かって勝鬨を上げるのだった。
























 シチリア島で火山が噴火した。

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