覚悟
「それで嬢ちゃん達はファッションショーでどうするんだ?」
まさかこのちっさい嬢ちゃん達が、ファッションショーに出る訳はないと思いながら、幹也は尋ねた。
ミラノに到着した一行は、何故か現地にあるAM社の車でホテルへ向かっていたが、これに対して幹也は考えるのを止めている。
「デザイナーとモデルはそりゃお披露目が仕事だけど、私達はいろんなとこへの挨拶よ。力のある所は私達が仕切ってることをちゃんと知ってるし」
「よっぽど必要が無いと、現場の専門じゃない所へは口は出さないので、代わりに経営者として専門の所で話します!」
「ほほう。そうなると俺の仕事は一層大事だな」
AM社でも選び抜かれたプロが今日の為に準備をしているため、それなら現場は専門家に任せて、自分達の専門である経営者として、色々とお話をする仕事をしなければならないと話す少女達。
つまりそれは、通訳をする幹也も責任重大という事だ。
「ま、このファッションショーに出たって時点で、やる事は終わってる様なもんだけどね」
「あはははは」
「そういうもんか」
元々西園寺と扇グループとしてのネームバリューを十分に持っているため、世界規模のファッションショーに出て、服飾店としての箔が付いたらそれで十分だとぶっちゃけるアリスと、身も蓋もない言葉に苦笑するマナ。
「着いたみたいです」
「降りましょう」
「ひょ、ひょっとしてここも嬢ちゃん達の会社とか言わないよな?」
「ここは違うわね」
「さ、流石にそうか。はは」
車を降りる一行。
いつの間にか航空会社を買収していた少女達の会社が、まさか目の前の高級ホテルまで買収しているのではないかと疑ってしまった幹也だが、そういったことはないようだ。
「マナのとこの扇グループよ」
「パパの会社ですね」
「はは、ははは」
と思ったらまさかの二段構え。
乾いた笑みを溢す幹也だが、むしろ実家の方が元々大企業なのだから、その可能性の方がずっと高かった。
「じゃあちょっと休憩したら会場に行くわね」
「了解。嬢ちゃん達も中々忙しいな」
「あはは。学生ですから」
「それにしても着いた当日とはね」
実はファッションショーが行われるのは今日であった。
だがそれもそのはず。一応アリスとマナはまだ学生であり、二日も三日も仕事だから休むとは出来ないのだ。
尤も、学生でなかったらこの仕事の旅が全く別の旅となって、日程もそれはもう余裕がある物となっていただろう。学生は忙しいねえというものの、忙しくなかったらどうなっていたか……ある意味幹也は助かっていたのだった。
◆
『"田舎者"が、貧乏人に高級スーツ。ぷぷぷ。だそうです』
(なら田舎者に芋ジャージって言っといてくれ。ぷぷぷ)
『んだとゴラア! だそうです。いつも言ってますが、私を間に挟むのを止めてください』
スーツを着た幹也が自分の格好を確認しているが、戦闘服か古着しか着ない彼の姿は、どう見たってスーツに着られている。とは言えなかった。
「これ大分お高いんじゃ……汚さないようにしないと……」
このスーツはアリスとマナが幹也に合うよう作ったため、ピシリと体に合っていたのだ。ここでもまた外堀が埋まってる。
「準備できた?」
「おじさん似合ってます!」
「いつでも大丈夫だ。でもこれ結構お高いんじゃない?」
ガチャリとノックもせずに入って来た少女達だが、仮に幹也が着替え中だったらどうするつもりだったのだろう……
「よっぽど汚さなかったら大丈夫よ」
「そうです!」
「了解。それにしても二人ともバッチリ決めてるな」
「お仕事ですから!」
「そ」
幹也がスーツのお陰で決まっているなら、アリスとマナはスーツを着る様な歳でもないのに、特注の小柄な女性用スーツを見事に着こなしていた。こちらは服のお陰というより、彼女達が持って生まれた天性のものだろう。
「じゃあ行きましょうか」
「よし。通訳は任せとけ」
「お願いしますね!」
『また"田舎者"がうるさいんですけど。一分外国語を話すごとにお返しを寄越せだそうです』
(一分ごとにタバスコ一瓶?)
『呪うぞゴラア! だそうです。だから私を』
こうして幹也は、ファッションショーという戦地に向かうのであった。
果たして幹也の運命やいかに。
◆
「お会いできて光栄です。AM社の品質は、我が社でも常に話題に上がっています。と言ってる」
『こちらこそお会いできて光栄です。後進の者として、そちらの事はいつも尊敬しております。と言っています』
少女達と別会社のお偉いさんの間に立ち通訳をする幹也。
意外や意外。普通にこなしていた。しかも今話しているのは当初の予定ではないスペイン語であった。だがまあこの男、日本人は自分だけという環境に慣れっこで、会場はファーストクラスの客室でもないし、寧ろある意味慣れた、裏方の喧噪と戦争の様に殺気を放つスタッフのお陰で、かえって落ち着いていた。
「本当に色々話せるのね」
「凄いですおじさん!」
「まあズルしてるんだけどね」
『"田舎者"がって、もうこの仕事辞めます。ディーラーはきちんと仕事の通訳をしてるのに、私は"田舎者"とディーラーの間に立ってるのは納得出来ません』
(余計うるさくなるぞ)
『もうなってます。ミュート機能を実装してください』
幹也を称賛する少女達だが、完璧にズルをしている幹也の方は苦笑いをしている。
一方マスターカードは自分の仕事に不満を持っているようだ。
(助かってるありがとよ。って言っといてくれ)
『超上から目線で分かってるじゃないかとか色々言ってます』
(やっぱりな)
実際助かってる自覚があるため礼を言った幹也だったが、相手の反応は思った通りだった。
「しかし、現場の方に顔を出さないでいいのか? ほら、激励とか」
「いいのよ」
「忙しい所に行っても邪魔なだけですから」
少女達はデザイナーやモデルの所へ顔を出していなかった。それは、本番中で戦争状態の現場に出向いても邪魔にしかならないという尤もな理由からだった。
嘘、ではない。
半分本当である。
確かに実際邪魔になると思っている。
しかし世界最大のファッションショーとなると、女性モデルは美人ばっかり。そんな所へ幹也を連れて行くなど、彼女達にしてみれば言語道断であったのだ。
「出たいって言うなら調整してあげるわよ?」
「ぷっ。俺より二人の方が様になってるよ」
幹也はアリスの言葉に思わず笑いが漏れた。確かに上等なスーツを着ているから、ショーに出ることも出来るだろう。だがあまりにも自分に縁がない。いや、戦闘服を着てたら着こなす自信があるかなと思っているかもしれない。
「しかし、なんと言うか奇抜というか、凄いというか、そんなのも多いな」
幾ら少女達が幹也をモデルから離そうとしても、時折すれ違うことくらいあるが、そこそこな割合で幹也の感性ではなんじゃこりゃと思う服飾で着飾っていた。
「うちは落ち着いた高品質だから極端ではないですけど、それでも冒険心と挑戦心は大事ですからね」
「なるほどね」
『今武器とか兵器とか思い出しましたね?』
(一発撃ったら壊れるレールガン……うっ頭が……)
マナの言う通り、AM社はある意味保守的で堅実な服飾を持ち込んでいたが、冒険心と挑戦心という言葉に幹也は全く別の事を連想しながら、
通りかかったスタッフのポケットからハサミを抜き取り、アリスとマナに近付いてきた男の眼球に突き刺した。
「ぎゃあああああああ!?」
『停止結界を確認。非常に高位。範囲不明』
止まった世界の中で、幹也と男だけが動いている。
男には油断があった。焦ってはいたが、この停止した世界で動く者はいないという油断だ。慢心とも言っていい。
いや、男には能力もある。この時停止していたのは、このファッションショーが行われている建物全域に及び、その全ての時間を止めるなど、能力ではなく権能と言っていい力だ。だがそのせいで経験が無かった。無敵の筈の場所で、誰かが動いている状況そのものが。しかも、無敵の力と思っていたため、これ以外の力を磨かず、これだけしかなかった。
覚悟もある。今からすることが許されないときちんと理解した上で、それでも人類の為にしなければならないと、神の教えではなく、神に縋るのではなく、自分の覚悟でやろうとしたのだ。偶々空港で目にした聖女の力を宿したアリスとマナを連れ去り……
覚悟?
この斎藤幹也という男の前で?
悍ましき存在をして精神の人間と評された男の前で?
幹也は相手を殺せる手段があるなら殺す。必ず殺す。スーパーロイヤル号で後ろから不意打ちで倒した男も、もし何か武器を持っていたら殺してただろ。
手加減や不殺なんてものは、極一部に許された行いであり、弱者である自分が戦いとなったなら、それは殺す、殺される以外の決着は無いと思っている。
そういう純度の戦いを潜り抜けて来たのだ。だからこそ、眼球が飛び出ようが戦う事を止めない。
だが男はどうだ。覚悟? 高々眼球にハサミが刺さっただけで悲鳴を上げているのに覚悟? 最初から勝負になっていないのだ。
「あれ!?」
「え!?」
ハサミが眼球に突き刺さった、激痛という言葉も生ぬるい痛みのせいで能力が弱まり、聖女の力を宿して常人より異能に対して抵抗力の強いマナが動き出すが、突然能力から抜け出した彼女達が見たのは、動かぬ世界と、ハサミを見知らぬ男の目に突き刺す幹也の姿であり、当然困惑した声を漏らす。
「ぎいいっ!? そ、そ、その子達を渡せ!」
もう殺し合いになっているというのに、男の口から出たのはアリスとマナを渡せと言う悠長な言葉だ。既に幹也の手には別のハサミ、カッターナイフ、針まで持っているというのに。そして幹也が、アリスとマナをどうするつもりだと問う訳がない。もう一度言うが、突然停止結界を発動して少女達に近づいた時点で、幹也の中で戦いは、殺し合いは始まっているのに、お喋りなんかをするはずがない。
「き、聞け! このままでは世界が滅ぶんだ! 可哀想だがその子達を生贄にして熾天使を召喚しなければ、本当に世界が滅ぶ! 世界の為に必要な犠牲なんだ! う、嘘じゃない! 確認だってすぎゅ!?」
ならば尚更生かして帰す訳にはいかない。と幹也は思わない。既に殺す、または殺されるとその覚悟を決めたのだ。それ以上の余白は元々なかった。だから殆ど命乞い同然の言葉を聞き流さずちゃんと理解しながら、カッターナイフとハサミを男の首に突き刺し、その頸動脈を断ち切った。
「……」
眼球を失ったときと同じだ。噴水の様に噴き出る血を浴びながら、幹也の目は冷たくもなく、燃えているのでもなく、ただ覚悟の光を宿していた。
『けっ、そんな血まみれじゃ逃げられないだろ。何とかしてやるから二人を連れて日本に帰れ。と"田舎者"が言ってます』
「すまん。タバスコじゃなくて一番上等な唐揚げで手を打ってくれ」
『ふんっしゃあねえなあ。後タバスコはもう忘れろ。いいな? だそうです』
どろりとマスターカードから湧き出た黒いナニカが、まだ首を抑えながら虫の息でも何とか生きていた男と血に覆い被さると、まるで何事も無かったかのような光景となる。
『あ、ハサミとか色々落とされましたよ』
『あれ!? どうもすみません』
勿論それはハサミなども同じで、幹也は動き出した持ち主に返却する。
「今からイタリアを離れられるか?」
「う、うん。帰りはプライベートジェットだったから」
「パイロットさんをすぐ呼んだらいつでも出られるはずです」
幹也に手を引かれて移動しながら混乱しているのか、アリスとマナの足取りは乱れていた。
「よし。じゃあすぐにイタリアから出るぞ」
「うん」
「はい!」
いや、アリスとマナは混乱しているのではなかった。
幹也のあまりにも強すぎる意思のせいで、機能していた心理プロテクトを貫通して、"声"が聞こえたのだ。
そう、襲撃者が、少女達が世界の為に必要な犠牲だと、そうしないと世界が滅ぶと言ったとき。
『なら世界が滅ぶときにあいつらと一緒に死んでやるよ!』
と。
「どうした?」
「な、なんでもない!」
「はい!」
「そうか。急ごう」
前を向いた幹也に見られない様、アリスとマナは満面の笑顔で向き合い、しっかりと幹也の手を握って一緒に走っていく。
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