国外出荷 そして使命
(問一。なんで俺のパスポートがあるんでしょうか)
『答え。なんででしょうね』
(なんでだろうなあ)
幹也は何故か存在している自分のパスポートを片手に、待ち合わせの場所でアリスとマナを待っていた。世の中には不思議な事があるものだ。まあ、アリスとマナが色々と手を回せば、きちんとした戸籍はまだ無理だが、パスポートを一つ準備するくらいは朝飯前という事なのだろう。まだ。
「あ、来たな。多分あの車だ」
『また若紫のリムジンに乗るなんて出世しましたね』
「ふん! 胴体圧し折りの刑!」
『ぐえ』
マスターカードと漫才をする幹也の元へ、よく見かけるリムジンが停車する。
『傷つけないようにしてくださいね。軽ーく1000万とか億とかいきますよ』
(俺が運転してた車に比べたら安い安い)
『比較対象がおかしいですね。ええ』
ピッカピカのリムジンであるが、幹也が運転していた車に比べると値段は確かに劣るだろう。なにせ最新鋭の車も含まれていたため、モノによっては10億なんか軽く超すだろう。
「待たせたかしら。さあ入って」
「おはようございます!」
「し、失礼します……」
リムジンのドアが内側から開けられると、そこには当然アリスとマナの二人がいたのだが、その内装はやはり相応のものであり、幹也は敷かれているこの絨毯の上に、土足で上がっていいのかとびくびくしながら搭乗した。
『特殊合金で作られた複合装甲の値段よりは安いでしょう』
(そ、そうだよな!)
その絨毯も、かつて泥まみれのブーツで上がったモノよりは安いと、心の中で呟きながら座席に腰を下ろす。
(戦車よりは安い……戦車よりは安い……)
そう、幹也の心の中の通り、戦車よりは安いのだ。
「車を出して」
『はいお嬢様』
アリスはインターホン越しに運転手へ、車を出発するよう指示する。
「そ、それでイタリアのどこへ行くんだっけ?」
気分を変えるように問う幹也。
「ミラノです!」
「ブーツの付け根当たりのところよ」
「ほほう。イタリアの地理には詳しくないからなあ」
よくブーツや長靴に例えられるイタリア半島の付け根、そこミラノが目的地であるが、幹也はいまいちピンと来ていなかった。しかしこれが星系図とその航路ならある程度頭に入っているのだから、人間とは経験と必要の生き物なのだろう。
『バチカンの位置はしっかり頭には入っていますけどね』
(うるさい。もしだけど、俺がバチカンに入ったらまずいよな?)
『私もディーラーの体も、金属探知機より確実に引っかかること間違いないでしょう』
ついでに言うと、同じイタリア半島でも、バチカンの位置は完璧に分かっているため、やはり経験と必要であろう。何がどうマズくて引っかかるかは分からないが。
「あ、そういやスーツとかいるんじゃないか?」
「うちのレンタル品を持ってきてるわ。それ貸してあげる」
「寸法は前に測ったので確認してますから大丈夫です!」
「お手数をおかけします」
「お手数も何も、仕事を頼んだのは私達です!」
今更であるが、少女達の職場に通訳として付いて行くのに、いつもの普段着ではまずいだろうと思い至った幹也であったが、レンタル品を貸してくれると聞いて安堵した。
嘘である。
当然レンタル品ではない。
こういったときの為に作っておいたオーダーメイド品であり、敢えてレンタル品として表現するなら、幹也専用レンタル品と言うべき代物で、こう言っておけば高価なものを受け取らない幹也が、スーツにいくら金を掛けていようが、レンタル品だから汚さないように気を付けないと、で止まってしまう事を見抜いていたアリスとマナの作戦勝ちであった。
早い話、家の箪笥にしまわれているスーツと何ら変わらないのである。
こうして幹也の外堀は、また知らない内に埋められていたのであった。
◆
◆
「空港か……」
空港に到着したため、リムジンから降りた幹也はどこか物悲しげに呟いた。
『宇宙戦争中期まで、激戦地はいつも空港でしたね』
(ああ。初期は逃げる避難民のための時間稼ぎ。中期は陥落惑星の奪還のため……)
幹也が思い出すのは、悲鳴、怒号、泣き声の満ちる混乱した空港。そして長い時間が経過して奪還された惑星の空港で見た、廃墟、壊れた飛行機、折り重なるように朽ちた大量の人骨と服。メガネ、指輪、おもちゃもおしゃぶりもあった。女も男も、老いも若きも、そして子供も関係なく……
だからこそ幹也達は戦った。彼らは戦った。
「どうしたの?」
「大丈夫ですか?」
「いんやなんでもない」
その幹也を心配そうに見るアリスとマナだが、彼は今ここはそうじゃないと昔の記憶を頭から追い出して、普段と変わらない締まらない顔に戻った。
それはつまり、一瞬だが彼の心理プロテクトが引き上がっていたことを意味する。
「えーっと、それじゃあ出国手続きだっけ? 窓口に行かないとだな。あそこ?」
「手続きはするけどあそこじゃないわ」
「こっちです!」
幹也はそのかつての記憶と重ね合わせながら移動していたため、気が付けば空港のロビーの中であった。だが彼は民間の空港をきちんと利用したことが無い為、まさにお上りさん状態でチェックカウンターらしき場所を指さしたが、少女達に連れられた場所はそことは違う場所であった。
「はい?」
大理石で囲まれた、普通のロビーとは全く違うエリアに連れられた幹也はポカンとする。もっと想像力を働かせる必要があったのだ。普通に考えて、西園寺と扇の令嬢がエコノミークラスだのビジネスクラスだのに乗るわけがないのだ。つまりは。
(ま、ま、まさかああああ!?)
『全く無縁の世界へようこそ』
(ファ、ファ、ファーストクラス用のチェックカウンターなんて存在したのかああああ!?)
そう! そこはファーストクラス専用チェックカウンター! ならば乗る飛行機の席はファーストクラスという事でもあったが、そこはマスターカードの言う通り、幹也とは全く無縁の世界!
「ってはは。騙されないぞ。護衛の人達は向こうの窓口へ行ったじゃん。俺も行かないと」
ファーストクラス用に区切られたエリアに、アリスとマナの二人が入ったことを確認した護衛達が、通常の窓口へ向かったのを見た幹也も、当然彼らに続こうとする。
「なに言ってるの。それだと護衛無しで動かないといけなくなるじゃない。誰か一人は一緒にいないと」
「そうです!」
「なんですと!? ファーストクラスにも護衛いるの!?」
「当然でしょ。それにあんた一番腕が立つんだから、いて貰わないと困るのよ」
「はい!」
(そうなの……か? いや、確かに二人レベルになるとそうなる……のか?)
まさか、ファーストクラスにまで護衛を連れて行くとは思わず幹也は驚いたが、アリスとマナがあまりにも当然といった表情であったため、つい納得してしまう。
「じゃあ行きましょう!」
「ほら早く」
「い、いや、それなら本職さんに、ってもう受付してるし!」
納得させられてしまう。
◆
(はわ、はわわ……どうすんだよ。高級ラウンジだよ……)
実は金属探知機にビビっていた幹也であったが、そこは難なく通り過ぎることが出来た。しかし、そうしたら今度はファーストクラス用の高級ラウンジという戦場に放り出されてまたビビっていた。
『シャンパンとキャビアはいかがですか?』
(お前の冗談に付き合ってる余裕はない!)
この男、戦場には鋼の意思で立てる癖に、自分のアライアンスである貧乏の真逆の環境に置かれると、途端に腰が引けてしまうのだ。
「おじさん座ってください!」
「何か飲む?」
一方アリスとマナは慣れ切った様子でソファに座り、幹也とは正反対の余裕を見せていた。
「な、なあ、やっぱりファーストクラス用のお金がもったいないかなあって」
この期に及んでビビりまくっている幹也は、自分がファーストクラスに乗るなんて、お金がもったいないと言い出した。恐らくこの世界で最も高価で、替えのないものをポケットに入れておきながらである。
「お金を落とすのも仕事の一つなのよ」
「はい?」
しかし、少女達の答えはかっとんでいた。
「事業拡大したウチの会社なんです!」
幹也は慌ててチケットを確認するとそこには
AM社とどでかく書かれていた。
そう、AはアリスのA! MはマナのM!
彼が全く知らない内に、AM社は文字通り適当な航空会社を買収して、航空業界にも参入していたのだった!
(ちょっと寝る)
『起きてください。今寝たらどうなるか保証できません。ええ、全く』
チラリとラウンジから、AMとペイントされている飛行機を見てしまった幹也は、意識を失いそうになってしまうのだった。
◆
(はわ、はわわわわわわわわわわ)
『それはもうラウンジでやりました』
ラウンジで時間を潰し、なんとかファーストクラスに乗り込んだ幹也だったが、またしても腰が引けていた。
普通にイメージしている座席の列ではなく、なんか個室の様なものが空間を大きくとって配置されていたのだ。幹也は庶民丸出し。貧乏人丸出し。都会に初めてやって来た田舎者とそっくり。
「ようこそおいで下さいました」
「普段通りの仕事でいいわよ」
「そうです。確認した皆さんの接客に問題はありませんでした」
「ありがとうございます」
そんな貧乏人をよそに、代表の名義は相変わらず別人だが、それでもAM社は西園寺グループと扇グループであり、その一人娘であるアリスとマナは、CA達にとって社長も同然なのだが、少女達は余裕な態度で接している。
「こちらへどうぞ」
(はわわわわわ。こ、こちらってどっち? あっち?)
『早く正気に戻ってください』
幹也がテンパっている間にもCAは仕事を進め、案内されたのは個室は個室であるのだが……
「せ、席が三つ?」
そう、幹也が通りがかった際に見えた個室の中の座席は一つだったのに、この場所だけスペースを更に広くとられ、その上座席が3つもあったのだ。
「滅多に使われないけど家族用のよ」
「何かあったらすぐおじさんに助けて貰えると思ってここにしました!」
「ははあ、なるほどね」
これは本当、半分は。
確かにしょっちゅう何かトラブルに巻き込まれている自分達が、見通しの悪い個室にいると、幹也の足を引っ張る可能性があるとは思った。が、もう半分理由があった。
「じゃあ真ん中ね」
「そのまま抱えられる位置です!」
「ははあ、なるほどね」
二回も納得する幹也。別にボキャブラリーに貧しているのではなく、本当に納得していたのだ。確かに自分が席の真ん中に座れば、何か起こったときそのまま左右にいるアリスとマナを抱えて逃げれるなと思っていた。飛行機の中でどこに逃げるかさっぱり分からないが。
「席に御着きください」
「あ、はい」
CAに促されて着席した幹也は、無意識に安全のしおりを手に取り目を通す。
(えーっと避難口はっと)
『およよ。お母さん、安全に気を配っているのを見て、悲しんだらいいのか偉いと言ったらいいのか分からないです』
(うるさいぞ)
幹也としては色々経験しているため、安全対策を怠らないのは当然なのだ。そう、ハイジャックや急減圧、パイロット達が意識不明になる事だってあり得る以上、幹也は妥協しない。
(仕事として来ている以上、俺は嬢ちゃん達を守る義務がある!)
別に覚悟を改めなくてもそうするのだが、初めてのファーストクラスに変なスイッチが入っているのかもしれない。
そして実際……………
◆
「ふう。流石に10時間以上のフライトは肩がこるわね」
「私も体が硬いー」
「無事到着!」
何事も無くミラノに到着した!
◆
『全会合メンバーに緊急伝達。"巫女"がギリシャにて、強大な霊的存在を確認。三犬頭ケルベロスが現世に迷い込んだ可能性がある。至急最優先でギリシャに集合せよ』
『"議長"がギリシャ政府、並びに現地霊的機関と接触。"門"が閉じられている事と、ケルベロスの存在を確認済み。引き続き調査中』
『"巫女"が調査対象を神話級存在と断定』
『緊急強制招集を発令。緊急強制招集を発令。至急ギリシャに集合せよ。至急ギリシャに集合せよ。神話的存在に備えよ。神話的存在に備えよ』
『会合メンバーは一人残らず全員ギリシャに集合しろ! 例外は許さん!』
『ギリシャが準戦時体制に移行』
『NATOとギリシャ政府が協議中』
『アメリカ政府が裏デフコン3を発令』
『バチカンが準戦闘態勢に移行』
『"巫女"が対象を"ヘラクレスに首を潰されたヒュドラ"と断定。首の本数不明。現在休眠から覚醒しつつあり。場所はギリシャ、アルゴリス地方、レルネー』
『ギリシャが全軍に動員令。"星座の12人"を招集』
『NATO本部に緊急対策部門を設置。全軍に招集命令』
『アメリカ政府が裏デフコン2を発令。核ミサイルサイロに動きあり』
『バチカンが戦闘態勢に移行。全聖人を招集中。熾天使の召喚を実行中なるも、間に合わない可能性が大』
『ロシア軍戦略ミサイル部隊の動きを察知』
『フランス、イタリアが共同で"12勇士"を招集』
『"北欧予言者組合"がラグナロクの到来を全理事一致で発表。神々の戦争に備えよと声明』
『裏最終時計、残り一秒』
『すべてが、なにもかもが終わるかもしれない』
―あの日果たせなかった我らが使命を果たすとき。今度こそ。今度こそ。例え世界は違えども。今度こそ―
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