強き強き強き猿 そして■神

 注連縄で結ばれ。外部からは全く見えず聞こえずの閉鎖空間。


『ゴオオオオアアアアアアアアア!』


 そこに現れた怪物から立ち上る炎、微小な生物ならそれだけで死に至るであろう妖気、そしてべったりと張り付いた


 黒いナニカ。


 恐ろしきナニカ。


 悍ましきナニカ。


 しかし不思議とその力はアリスとマナには届いていなかった。


「あ?」


 未だにポカンとする修験者。それもそうだろう。単なる地方都市の商店街のど真ん中で、一体誰が20メートルを超す化け物の眼前に立たされると想像するのだ。


『ガ?』


 一方で神話の終わった現代に、現れてはいけない筈の恐るべき怪物もまたポカンとしていた。その心境を言語化するとすれば、俺の相手どこ? といったところだろう。この場にいるのは、多少は知っている人物と、それが守っているであろう少女達。では残りの修験者が相手なのだろうが、どう見たって自分が相手をする必要がない様な力しか感じないのだ。


 そもそも猿は、自分がここに送り込まれた理由もよく分かってないかった。ある意味での創造主がなにやら焦った様子だったが、全く何も知らされていなかったのだ。


『あ、やっべ。かなり無理矢理呼んだから時間がねえや。猿君、とりあえずそいつぶっ飛ばして』


 しかも無理矢理本体が召喚されたため、この恐るべき存在がこの世界に留まれるのは、持って後10秒と言ったところだった。


『ゴオオオオオアアアアアアアア!』


 あまりにも、十分すぎる。


「あ、【阿修羅ぶ】」


 そして、あまりにも遅すぎる。


 修験者は、奇しくも猿と同じ阿修羅の悪鬼としての面を駆使して、いかなる者も弱者として屠ってきた。


 そして今日、自分の番が来ただけの話である。


『【善悪ぜんあく無道むどう死地七道しちしちどう】!』


 修験者の術が完成する前に、そして己が消え去る前に、恐るべき猿はその六腕全てを叩きこむ。


 悪鬼としての阿修羅の力を宿しながら、武の道に善悪は無く、そして自らがいる死地こそ六道の七番であると叫び、そして本来存在しない無の力が、万物全て尽くを消滅させる一撃が、振り下ろされたのである。


 その一撃は、地面を抉ることも、大気も揺することが無かった。


 ただ敵である修験者の下半分が消え去っていただけだ。


 それだけを結果として残し、恐るべき猿はこの世界から消え去った。


「ひゅーひゅー……」


 ぼろ雑巾以下、弱者となった修験者は猿が消えたにも関わらず、この場所から少しでも離れようと、必死に腕だけを使って逃げようとする。


 じゃり


 その修験者の前に、眼が無くなりぽっかりと空いた眼孔から血を流している幹也が立ち塞がる。


「た、たすけ……」


 修験者はまたしても同じ過ちをする。声を出して自分の位置を教えてしまったのだ。


 カチカチカチと音が鳴る。幹也の右手には、段ボールを加工するために買った、安物のカッターナイフが握られていた。


「アリス、マナ。目を閉じてろ」


「うん!」


「はい!」


 ハイジャックの時とは違い、この修験者は明確にアリスとマナを狙ってやって来たのだ。しかも異能者で幹也が逆立ちしてもどうにもならない相手となると、逃がす訳にも警察の手にも委ねる訳にもいかなかった。


 空洞のありもしない筈の瞳が、痛みで伴った炎でもなく、冷酷な氷でもなく、純粋な意思と覚悟で光っている。


「がひゅっ」


 見えていないのに、幹也が持ったカッターナイフは驚くべき正確さで、弱り切ってそれすら防げない修験者の喉を掻き切った。


 その幹也の姿をアリスとマナは、言いつけを破りじっと見ている。


「か……」


 そして修験者は、最後に一息だけ吐いて絶命したのであった。


「ふう……」


 見えないながらもそれを感じ取った幹也が、同じように一息吐いた。


「おじさん!」


 アリスとマナの二人が幹也に抱き付いた。


「今病院連れてくから!」


「私の目を移植したらまた!」


「そうよ!」


「折角綺麗な顔してるのに変な事言うな」


 血の涙を流す幹也を見上げながら、無くした目の代わりに自分達の目を移植する事を提案する少女達。そんな彼女達に幹也は苦笑しながら否定するが、彼女達は本当に本気だった。


「でももう目が見えないのよ!?」


「いんや、どっかに俺の目ん玉落ちてない?」


「これです! あれ!?」


「潰れてない!?」


 あっけらかんとしている幹也よりも、ずっと悲壮なアリスとマナが大事そうに幹也の目を拾うが、確かに彼自身が踏み潰したはずのそれは、全く変わらずにそのままだった。


「いや昔なくしちゃったら、腐れ縁が作ってくれた特別製なんだよ。でもちょっと洗わないといけないな。俺が座ってたところにペットボトルあるから取ってくれない?」


「持って来たわ!」


「はっや。ペットボトルと目ん玉頂戴。水洗いしなきゃ」


「私達がします!」


「え、いや見えないけど目ん玉なんか気色悪いでしょ。俺が自分でするよ」


「いいからじっとしてて!」


「はい……」


 年頃の女の子に自分の目玉を持たせるには酷だと、見えないながらも自分で洗おうとした幹也だったが、それを少女達は押し留めて丁寧に水洗いする。


「終わったら頂戴ね。ちょっと入れ方にコツがあるから」


「うん」


「ふんぬぬ。よし! お目目パッチリ!」


 洗い終わった自分の目玉をきゅぽんとはめ込み、数回瞬きしながら調子を確認する幹也。


「これ何本に見える!?」


「ふ、人差し指と中指を重ねて惑わそうとしても無駄さ。答えは二本」


 それでも不安で一杯な少女達が確認するが、幹也の目はしっかりと見えていた。


「じゃあ病院行くわよ!」


「そうです! 今すぐ!」


「えー、俺って保険証持ってないからお金払えないし」


「なら守られた私達の面子を保たせてください!」


「私達を守ってくれたからそうなったんでしょ! こっちが払うに決まってるでしょ!」


「むむむ!?」


 幹也の両手を引っ張る少女達だが、診療代なんか払えない彼は渋る。しかし彼女達もこの男の扱い方を分かっており、覿面に効果的な面子という言葉で幹也を押し切った。


「あ、でも証拠隠滅をってあら?」


 それでも何とかうやむやにしようとした幹也が、修験者の遺体をどうにかしようと見ると、遺体はまるで存在しなかったかのように消え去っていた。注連縄と共に……。


「まあいいか」


 それに心当たりのある幹也は深く考えないことにした。
















 ◆


『ようこそようこそ修験者のコスプレイヤーさん! いや弱ったときに引きずり込もうと思って猿君には殺さないでって頼んでたのに、あのバカ止めを刺しちゃったもんだから、こうやって体と一緒に魂もご招待してあげたんですよ!』


『ええ、ええ。お宅結構殺してますから、死んでてもお会いしたくてですね! ああ分かってます分かってます! 弱肉強食の理論なんでしょ? でもそれって修羅道にいる奴限定の話でしてね! 人道にいるのに持ち込まれた方々は、そりゃあコスプレイヤーさんの事を恨んでるんですよ! だからコスプレイヤーさんを無間地獄にいいいいいいいいいいあああああああああああ!』


『このっ! クソがっ! 俺の! ダチを! よくも! ああ!? くそくそくそくそ! どうしてあいつはいっつもこんな目に会う!? 報いが正しくねえだろうが! 善行には良き報いが! 悪行には罰の報いが! それが正しいだろうが! 目玉が飛び出てボコボコにされるのがあいつへの正しい報いだと!? ああ!? んなわきゃねえだろうが! ここ数日ようやく落ち着いてそのままヒモになるかと思ったらこれだ! それを笑ってやろうと思ってたらお前が! よくも! よくもやってくれたな! お前はおれれれれ我が! 直接! 精神を引き裂ききききききき! あっはっはっはははははははははhahahahahahahahagじゃpvhしあおいうrんfcかpv!』

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