強者
『いいかい■■■■。幹也の股間は狙っちゃだめだよ?』
『りょ』
『兄貴ちょっと待って!? 態々それを言うって、■■■■ちゃん、普段何処狙って訓練してんすか!?』
『はっはっは。合理的だろ? はっはっは。はは……』
『最後ちょっと乾いた笑いになってるじゃん!』
◆
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「今日の夜はいい天気だな。星がよく見える」
『そうですね』
夜遅くの商店街、幹也はいつも通り地面に腰を下ろして客を待つ間、空を見上げて澄んだ星を眺めていた。
「なら野宿でいいか」
『すいませんなんて言いました?』
あっさりと告げた幹也の言葉に、マスターカードは冗談でなく素で聞き返してしまう。それほどまでに、幹也の言葉は突拍子の無いものだった。
「だから野宿だよ。節約出来るときはしないとな」
『私に手があれば、耳をほじくり返してますよ』
今日はそこそこ客入りがあったので、インターネットカフェには余裕を持って行けるはずなのに、天気がいいから節約するため野宿すると言い出したのだ。マスターカードでなくとも聞き返すだろう。
『もうそろそろ気温も下がってるんですが』
「冬季惑星に比べたらまだ余裕さ」
『知らないようですけどここ太陽系第三惑星って言うんですよ』
自分が経験した場所に比べたらどうってことないと発言する幹也だったが、それは日本どころか地球ですらなかった。
「そういう訳で公園で寝るか」
『その内市役所に排除されますよ』
何がそういう訳なのか分からないが、幹也の中では野宿が決定したらしい。
◆
◆
「どうも"暴力"が西園寺と扇の娘を呼び寄せたことまでは分かったが……ふうむ」
古風な、現代では悪目立ちする修験者の姿をした男、その名もまさに"修験者"は、ある商店街の隅で考え込んでいた。彼はある"会合"の出席者であったが、その会合で騒ぎとなったある件に強く魅かれ、色々と調査をしていたのだが、彼のホームである日本で騒動が起こったため、他のメンバーに比べて一歩だけ調査に進展があった。
その伝手からの情報によると、"暴力"がその騒動、八岐大蛇出現に関与しているのは間違いなく、西園寺と扇の娘たちに酷く執着していたことまで分かっていたのだが、問題は遠目から見た娘達には、修験者の琴線に触れる様なモノが無かったのだ。
「どう見ても単なる弱者だ」
そう、"修験者"が望むのは、強者との血沸き肉躍る戦いであり、何の強さも持っていない様な小娘達には全く興味が無かったのだ。
「となると護衛だが、こちらも大したことはない。ならば小娘達が大蛇の出現に関わっているのか?」
そして護衛達も修験者にとっては雑魚同然。そうなると、態々暴力が小娘達を呼び出していたのは、大蛇の出現に何らかの関わりがあったのではないかと推測する。
「まさかとは思うが、ひょっとして単なる悪趣味か? そう言えばそんな話も聞いたような……」
だがそこで修験者はふと思い出す。暴力が行った非道の中に、そういった悪趣味が混ざっていたことを。
「いやそうか分かったぞ! クシナダヒメと八岐大蛇をなぞらえたのか!」
修験者が閃いたのは、八岐大蛇伝説に登場するクシナダヒメだ。かの童女は八岐大蛇が生贄として要求しており、暴力が行ったのはその焼き回しで、それによって八岐大蛇をコントロールしようとしたのではないかと思ったのだ。
「それなら態々西園寺と扇の娘を選んだのも納得がいく。高貴な血と童女であることが必要だったのだ」
古くからの血筋である西園寺と扇、そして八岐大蛇伝説ではクシナダヒメは童女とされていたため、修験者の中では、その娘達の役割について納得が済んだ。
「だがなぜ富士山で呼んだのだ? 伝説通り出雲で呼んだ方がずっと確実だったはず」
修験者を含めて会合のメンバーは、暴力が自分達に対する切り札として八岐大蛇を召喚したと思い込んでいたため、富士山に現れたことに関しては正解を導き出せなかった。
「ん?」
「……てえええええ!」
修験者が考えていると、遠くから何か叫び声の様なものが聞こえて来た。
「誰かああああああ助けてえええええええ!」
その憐み一杯の声に普通の人なら何事かと思うだろうが、生憎時間は深夜も深夜で人は寝静まり、修験者も他者と関わる気が無い為遠目に見ているだけだ。
「助けてええええええええええ!」
そしてその助けを求めている声の主は……
「待てよおっさん!」
「ぎゃはははは!」
「うけるーー!」
「なんでまたホームレス狩りに会うんだよ! おかしいだろ!」
なんと幹也であった!
夜中のシャッターが閉まっている商店街を爆走する幹也は、またしても公園でホームレスと思われ、チンピラたちに追われていたのだ!
「マスターカード、誰か呼んでええええ!」
『そこらのチンピラでは該当なしですね。あ、"怒れる力"はもちろん呼べますよ?』
「だからミジンコに地球破壊爆弾を呼ぶ馬鹿が何処にいるんだよ!」
『では諦めて逃げてください』
「ちくしょうがあああああ!」
幹也は骨の髄まで知っていた。自分が英雄なんかではないと。つまり、バットなんかを持っている5、6人の集団に正面から突っ込んだら、そのままボコボコにされてしまうのだ。まさに戦いは数だよ。である。尤も彼の知り合いの多くは、数が集まってどうするの……? であるが。
勿論幹也の意識が、完全に殺し合いの純度まで高まるとこの限りではないが、ここは平和な現代日本である。そんなスイッチなど入る事がない。
「助けてええええ!」
そのため幹也は、ある意味お得意の逃げっぷりをこれでもかと駆使するのであった。
「ふん、弱者め」
そんな幹也と、彼を追うチンピラたちを見て、心底侮蔑を浮かべる修験者。彼にしてみれば、逃げる雑魚も追う雑魚も、等しく愚か極まりない存在なのだ。そう、自分達が強いと思い込んでいるようなチンピラ達もである。
「まあいい。"仮面"と"巫女"が言っていた存在も気になる。やはり西園寺と扇の小娘達に接触するか?」
それをどうでもいいと思った修験者は、会合で正気を失ったようだった"仮面"と"巫女"が言っていた超越者についても、やはり取っ掛かりは西園寺と扇が関係しているかと、一人思考に没頭するのであった。
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