お休み終了

『おい貧乏人、このゲームで負けた方がタバスコ一気飲みな』


『何言ってんだお前? いや、どうせ負けたら、ちょびっと舐めるだけに変更! とか言い出すだろ』


『絶対言わないね。神様に誓ってもいい』


『お前の神に誓っては、嘘つきますって宣言と一緒じゃん。あれだ、親父に嘘つくのはセーフとか言ってよ』


『……うっせえ!』


 ◆


「西園寺先輩おはようございます!」


「ええおはよう」


 国内トップクラスの良家の子息令嬢が通う学園で、普段通りの猫を被ったアリスが後輩達に微笑んでいた。


「西園寺先輩素敵だよね!」

「うんうん! カッコいい!」

「きゃー!」


 令嬢と言っても今時の女の子達なのだ。最近特に、余裕さや出来る大人の雰囲気の様な物を漂わせているアリスに、彼女達はアイドルを見たかのように騒いでいる。


「扇さん付き合って下さい!」


「ごめんなさい」


 一方、アリスが女子生徒達からの人気が高まっているのに比べて、マナの方はというと、男子生徒達からの人気が限界突破しそうであった。


 元々柔らかい雰囲気な美少女だったのに、最近では色香の様なモノまで発し始め、既にフラれているのに、二度目、三度目の告白といった者までいる程である。それに加えて、運動部のキャプテンや、それなりの家出身の者も撃沈しており、今もその例に漏れず一人の男子生徒が即答で撃沈していた。


「なんかここ最近であの二人、一気に大人びて来たよな」

「だなー」

「西園寺さんの方は、すらっとした出来る大人だ」

「扇さんは、たまにどきりというかゾクッて感じるような色気がある」


 背も手足も伸び始め、何処か鋭い魅力を放ち始めたアリスと、極々稀に年齢にそぐわない色香、人によっては毒花と表現するであろう匂いを発し始めたマナ。


 そう。少女達は蕾から花を咲かせようとしていたのだ。


 ◆


 ◆


 ◆


「まーた寝てるわね」


「あはは」


「んがっぐう……」


 呆れたような声を出すアリスと笑っているマナ。二人の前で貧乏人は鼻提灯を咲かせていた!


 だがそれも仕方のない事なのだ。やたらととんでもない事に遭遇することが多いこの男は、暇がある時には寝て体力を温存する癖がついており、それはこの地球に帰って来ても変わっていなかったのだ。


「そこのお二人、ちょっとよろしいですか?」


「はい?」


 座って眠りこけている幹也を、さあどうしてやろうかと考えていた二人だが、横から声が掛けられて振り向くと、そこには身形のいいスーツ姿の男性がいた。本来ならこのような者には護衛が対処するのだが、幹也がいる所に行く際は、少し離れた場所に待機させていたため、接近することが出来たのだ。


「私こういう者でして」


 男は芸能プロダクションの職員で、偶々見かけたアリスとマナなら天辺を取れるとばかりに、ある意味一目惚れして声を掛けたのだ。


「えーっとこれは、ああ芸能プロダクションの方でしたか! いやすいません! 実は知り合いにプロデューサーがいましてね! 彼に色々任せているので、すいませんがお引き取りお願いできませんか?」


 そんな男が名刺を取り出した時、横から即座に異変を察知して飛び起きた幹也がそれを奪い取った。


 名刺にも分かりやすい芸能プロダクションの名前が書かれていたが、アリスとマナの二人は会社をプロデュースしているため、丁重にお引き取りを願ったという訳だ。


「な、なんだね君は!?」


 当然男の方は、急に出しゃばって来たホームレスに不快感を示す。こんなホームレスとは住む世界が違う上、日本一のアイドル、いや、世界に羽ばたけるアイドルの原石を見つけたのに邪魔が入ったのだ。


「自分、この子達の身内でして!」


「は?」


 堂々と宣った幹也の言葉に男は困惑する。貧相な男と、この目が覚める様な少女達が身内と言うのだ。誰だって信じないだろう。


「そうだよね!」


「そうよ!」


「そうです!」


 身内と言う言葉に、アリスとマナはつい過剰な反応をして大声を出してしまう。なお幹也の声も大きいのだが、これは周囲の注目を引いて、この男にさっさと帰って欲しいという思惑があった。


「ちょっとあれ何?」

「警察呼ぶ?」


「うっ」


 人通りはそこそこある商店街である。その目論見通り、悪目立ちしていると判断した男は足早に去っていった。


「ま、見る目はあると言っておきましょうか。ところであんた、プロデューサーの知り合いとかいたの?」


 アリスはその後ろ姿を肩をすくめながら見送る。


「いるいる」


「え、本当だったんですか?」


 しかし幹也の知り合いのプロデューサー発言は、追い払うための放言だと思っていたため、これにはマナも驚きの声を上げた。


「んだ。自称ワールドアイドルプロデューサーって肩書の馬鹿がだけど」


「なによそれ」


「いや、色眼鏡抜きでプロデュース能力はかなりあるんだけど、問題は昭和のアイドルなんて目じゃないくらい働かされることだな。うん」


「はい?」


「ごめんごめんこっちの話」


 幹也が思い出すのはそのプロデューサーと、プロデュースされた被害者達の姿であったが、憐みの感情しか湧いてこず無かった事にした。


「それにしても熟睡してたみたいなのによく起きたわね」


「自惚れるけど、俺がこの辺りにいるから護衛を遠ざけてくれてるんだろ? なら俺もご期待に応えないとな」


「ふんっ」


「あは」


 護衛達から親に何を話していたかの報告が上がる面倒もあったが、確かにそういう面もある。つまり、幹也がいれば大丈夫だという確信がだ。しかし、アリスはそれを素直に認めるのは気恥ずかしく、後ろを振り向いて黙って肯定し、マナは満面の笑顔で笑い声をあげた。


 ちなみにだが一番の理由は、三人だけの時間を邪魔されたくない。というものだった。


「それで今日はどうしたんだ?」


「どうも裏の連中が日本で結構動いてるみたいなのよ」


「ただそれしか分からなくって、私達が知っているよりずっと深い部分にいる人達なのかもしれないです」


「ああ……そう……」


『"ワールドプロデューサー"を呼びますか?』


(絶対呼ばない。絶対にだ)


 少女達の言葉に意識を薄れさせながら、それでもマスターカードの提案は断固拒否する幹也であった。

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