『うああああああ!?』


『うぎゃああああ!? びっくりした!? びっくりした!? この野郎! 人がホラーゲーしてる時に落ちてくんじゃねえ! 危うくタール漏れるとこだっただろうが!』


『うっせえ! 俺だって好きで落ちてるんじゃねえ! あと絶対漏らすんじゃねえぞ!』


『■■どうしたのー?』


『なんでもないよ母さん! ただ幹也が来ただけ! 父ちゃんにも言っておいて!』


『あら幹也君が遊びに来たのねー』


『お邪魔してまーす!』


『はいいらっしゃい。飲み物持ってくるわねー』


『お構いなくー』


『よし、この間のゲームのリベンジマッチだ。覚悟しやがれ貧乏人』


『けっ。泣きべそかかねえようにな田舎者』




 ◆


「はっ!? なんだただの悪夢か……」


 心底嫌な物を見たとばかりに首を横に振る幹也。


『おはようございます。そろそろ仕事の時間ですよ』


「ああおはよう」


 ここはいつもの商店街。その道端で昼過ぎにうとうとしてしまっていた幹也はつい眠り込んでしまい、気が付けば夜であった。


『悪夢と言う割にうなされていませんでしたが?』


「いや、俺がまだガキの頃、別世界に飛ばされても、日帰りで元の地球に帰れた頃の悪夢だ」


 実はこの幹也、本格的に数十年異世界間を行ったり来たりする前から、日帰り旅行感覚の短い転移を何度か経験していた。


『あなたも難儀してましたねえ』


 その時はまだマスターカードは目覚めておらず、騒動にも巻き込まれなかった上、幹也が飛ばされた先は単なる田舎の民家であり、仲良くそこの同年の悪友と遊んでいただけであった。まさに幹也にとって平和の時代である。


『と言っても確か、その頃に転移してたのは親友の家では?』


「へんっ。誰が親友だ」


『素直になれないお年頃ですねえ』


「よし開店」


 ぶつくさ言いながら幹也が店をオープンした。そう、座ってカードの束をどんと置き、一回千円と書かれた段ボールの切れ端を置いたらそこは幹也の城なのである。


 ちなみに昨日の来客は一人である。


「何がいかんのかねえ?」


『全部です。全部。と言いたいところですが、一番まずいのは上の服ですね』


 マスターカードの言う通り上の服がだめ。全くダメ。色あせてボロボロ。穴もいくつか。袖もほつれにほつれている。汚れだけはコインロッカーに備え付けられている洗濯機で洗っているため無いが、これで女性客がメインの占い師をしているのだから恐れ入る。


 ズボンは……最近破れたので新調している。それでも古着だがまあ良しとしよう。


「うーむまだ全然着られるんだが……古着屋を漁ってみるか」


 どうやら幹也の感性では全く問題なかったようだが、相棒がそう言うなら古着屋に今度行こうかと思案する。これでもまだ、思案な段階と言うのが恐ろしい。


「おっと嬢ちゃん達だ」


「いたいた」


「こんばんわおじさん!」


 さてお客さん来ないかなと思っていた幹也の前に現れたのは、ある意味で最初の客でもあるアリスとマナだ。


「なんか珍しく荷物持ってるな」


 幹也の目に付いたのは、普段は通学鞄以外持っていないアリスが、旅行鞄の様な物を持っている事だ。


「この間採寸させて貰ったでしょ? 試作品が出来たから感想欲しいのよ」


「耐久性も知りたいので、出来るだけ長期間のモニターをお願いしたいんです!」


「おお!」


 ほらこれ、っとアリスが開けた鞄の中には、無地の白いシャツに、紺のジャケットが入っていた。


 なおズボンの方であるが、採寸した日にアリスとマナは足の方も採ろうとしたが、幹也が恥ずかしいからと拒否したため実現しなかった。上を脱ぐのは躊躇わないくせに、下はズボン越しでも触られたくないという妙な価値観を持っていたのだ。


 「なるほどテスターか。俺でいいなら協力するよ。今着ていいか?」


「え!? うんいいけど」


「よしゃ」


「はわわわわ」


 流石の幹也も、見てる人はいないなと辺りをを確認してから、ボロボロな服を脱ぎ捨てて、新しい服に着替えた。


「ん? どうした?」


「な、なんでもないです!」


「ふんっ」


 何故か手をわちゃわちゃしているマナと、そっぽを向いたアリス。


「いやあ、これいいな!」


「あくまで試作の安物だから、改良を重ねないといけないのよ。破けたりしたらその改良品を渡すから、またテストしてみて。これ予備ね」


「分かった!」


 幹也が久しぶりに着た新品のシャツとジャケットは、彼の体によく馴染み肌触りもよかった。


「それじゃあおじさんまた来ますね!」


「次は感想お願い」


「おーう! いいもんありがと!」


「馬鹿、あくまで試作品のテストなんだから」


「はははは! そうだったな!」


 冗談めかして言う幹也にアリスが釘を刺し、マナが手を振りながら去っていく。


 そして………


 幹也に背を向けた二人の少女は……


 三日月の様な笑みを浮かべていた。


 聖女ではなく、魔女そのものの。


 ◆


 そう! 幹也は嵌められたのだ!


 物を受け取らない幹也に対してアリスとマナは考えついた! そうだ、協力して貰うという形に持ち込んで贈ろう、と!


 その第一弾として贈られたのが先程のシャツとジャケット! 幹也も口ではいいもの貰ったと言ったが、実際には、しゃあない嬢ちゃん達を手伝ってやろうか、と思っていたのだ。


 そして実際渡されたのは、幹也が嫌がらないギリギリの高品質で、かつ、ダメになっても試作品の改良をするからと次も取り付けた。


 つまり幹也は既に敗北していたのだ! 自覚もせず!


 そして彼は超越者にくっ付いていく事は得意でも、女の謀略、策略には全くの無防備! 全くの無知! 何故ならその超越者全員もそうだから!


 衣食住の衣を握られた代償を支払う時は、そう遠くない先の事になるだろう!

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