女帝
『兄貴いいいい! 山が降って来てますうううううう!』
『大丈夫大丈夫。殴ったら大抵何とかなるから』
『それ兄貴だけええええええええ!』
◆
◆
◆
「いやあ、嬢ちゃん達やるもんだ」
『それに比べてディーラーの稼ぎは……』
「うるせえ」
幹也がいつも通り拾った新聞を広げており、記事にはAMブランドの躍進と書かれていた。
そうそのAMブランドとは、言わずと知れたアリスとマナの頭文字で、一応社長の名義は別人となっているが、こんなところからトップが誰かを窺うことが出来た。なお世間では午前のAMと掛けて、午前社などと言われているとかいないとか。
「宣伝バンバンやってるしなあ。俺の生活でも聞こえて来るとかよっぽどだぞ」
『生活がそのよっぽどなの自覚あったんですね』
「うるせえ」
なにせそのAMブランドときたら、世捨て人同然の幹也の耳にも入ってくるほどで、道行く人を見てみると、実際そのブランドの服を着ている人もよく見かける。
なお、幹也がテスターとして着ているものは、高品質ではないが全く流通しておらず、アリスとマナも販売するつもりが無い幻の一品となっている。
「親父さんとお袋さんも鼻高々だろう」
『仰け反って頭が地面に付いたりして』
「はっはっは。そうかもな」
鼻高々どころか。マスターカードの言う通り、後ろにひっくり返る心配をしなければならないほどなのだが、これがヒモのためと知ればそのままぶっ倒れるだろう。
「いやあ、若いのに頑張ってるな。きっと優秀な人たちもサポートしてくれてるんだろうけど、大したもんだ!」
きっと苦労もしてるんだろうな。頑張れよエールを送るおっさん臭い幹也であった。
◆
さて、ではそのエールを送られている少女達。アリスとマナの様子はというと、
「当たり前だけど、とにかく一にCM、二にCMよ。家のブランド力が既にあるんだから、あとは宣伝するだけ。いいものは黙ってても売れるかもだけど、お金を掛けたらもっと売れるの」
「この人動きが怪しいです。余所のスパイの可能性があるので、それとなく重要なところから外してください」
鋭い目で書類を見ているアリスと、何処か昏い目で人事の写真を見ているマナ。
女帝であった。
まさに本領発揮。幼き頃から受けてきた教育、帝王学。そしてこっそりと使っている切り札の心の声を聴く聖女の力。それら全てが合わさりあい、西園寺と扇から派遣されている幹部たちで、アリスとマナの力量を疑うものは誰もいなかった。
そう。彼女達は完全に会社を掌握して、世界に旋風を巻き起こしているのだ。
ヒモの為に。
もう一度言う。
ヒモの為に。
幹也が知ればなんでそこまでと心底疑問に思うだろうが、命を助ける事四回、その度に態ととしか思えない様な言葉を吐き、ついでに彼女達の嫌いな類の嘘が無いときた。もうこれは年貢の納め時だろう。
「向こうと話はついた? そう。じゃあそのまま続けて」
「うーん。思ったより怪しい人が少ないですね。まだ様子見かな?」
この少女達、アリスが外向き、マナが内向きの適性が高かったが、敢えて言うならそれだけで、そこらの社長よりもよっぽど優秀な二人なのだ。とても単純に考えると、二倍の仕事をこなせるという事になる。
「じゃあ私達、今日は終わるから」
「お疲れ様です」
そしてその分、仕事の消化量は多いため、必要な事が終わったらさっさと帰る。なにせ彼女達はまだ学生だし、何よりも行くところがあるのだ。
◆
夜の繁華街。いい子はそろそろ帰らなければならないのだが、アリスとマナの姿がそこにあった。そう。行く所とは、どこぞの貧乏人こと、斎藤幹也が生息している場所だ。
占いで生計を立てているこの男は、夜には出店同士の縄張り争いを警戒して、少し人通りが少ない幾つかの決まった場所に腰を下ろしているため、探そうと思えばすぐ見つかる。
「……何というか、普段は本当にあれよね」
「あ、あはは……」
呆れるアリスと、言葉には出せないが乾いた笑いで同意するマナの視線には、
「……ぐうぐう。ふがっ」
鼻提灯を作ってないのが不思議なほど、座ったまま熟睡している幹也の姿があったのだ! そう、稼がないといけない筈の仕事中にである!
この男、彼の悪友曰く、世にも稀な変化式メンタルの持ち主で、腹を括ったときの精神は異常なまでなのだが、普段は全くのぐうたら! 今もつい睡魔に負けて眠りこけているのだ!
「……うう。兄貴ぃ、山が四つも降ってきました……え? 殴れば大丈夫? ううん……ううん……」
しかも魘されている。まあ、重力操作で叩きつけられた巨大な山四つが、単なる殴打で消し飛んだ場面を目撃した時の記憶なためしょうがないだろう。余波だけでも死にかけた程だ。
「色々盗まれてたりしないでしょうね」
アリスの言葉だがその心配は不要である。なにせなーんにも持っていないから。精々カードだが、これは勝手に帰って来るので心配ない。
それに、幹也は危険が迫ればすぐに飛び起きてそのまま逃げる。それが無いという事は、寝ていても無意識にアリスとマナに対して警戒していないという事なのだろう。
「……」
そんな彼を見たアリスとマナは、両親も見たことない様な三日月の笑みを浮かべると、こっそり、こーっそりと幹也の両隣に腰を下ろした。西園寺と扇の令嬢が、新聞紙を引いただけの地面に座るなど、それだけでも一大事だろう。しかし、彼女二人は実に満足そうであった。
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