海の怪物

 宇宙を、宙を愛する人々は、ナット星人との友好条約が結ばれて以来、常に宇宙を見ていたと言って過言ではなかった。この広い広い暗黒の園には、やはり我々人類以外にも知的生命体がいた。もっと知りたい、もっともっとと、更なる情熱を燃やしていた。


 そんな彼らだからこそ即座に気が付いた。地球に突然複数の宇宙船が、恐らくワープしてやって来た事を。


 だが彼らは楽観視していた。その複数の宇宙船が新たな友邦である、ナット星人のものだろうと思っていたのだ。それは間違いなかった。ナット星人の、だけ。では何が違うのかというと、複数の宇宙船は正確には艦隊であり、何よりも間違っていたのが、友となんて呼べるような存在ではなかったことだろう。


 そう、彼らはこの星を、地球を滅ぼしにやって来たのだ。


『ムウ様を怒らせるとは。折角家畜として働かせてやろうと計画していたのにな』


『そうですな』


 戦艦の艦橋で、艦長の言葉に下士官が頷いている。当初の予定ではこの星の猿共にある程度の飴を与えてやろうと思っていた彼らであったが、彼らの主である主君を怒らせたとなると話は別だ。徹底的に分からせる必要があると考えていたのだ。


「宇宙空間に多数の艦艇を確認しました。ナット星人の船と特徴が一致します」


 当然であるが各国の宇宙開発機関や軍もいち早くこの事を察知していた。


「そんな話は聞いていないぞ。政府に連絡をしろ」


 そして当然中の当然、いかに友好的であろうが友好条約を結ぼうが、自分たち以外は潜在的な敵性勢力であると仮定している各国の軍部はすぐさま警戒態勢に入った。が、悲しいかな。全地球規模的な外交問題に発展する恐れがあるため表立って何もできない、どころか、宇宙空間に浮かぶ宇宙船と言う、今まで想定していなかった存在に対する有効な攻撃手段がそもそも無かった。


『閣下、全艦艇の集結にはまだ少し時間がかかりそうですが、この程度の星なら十分な数が集まっています』


『よろしい。ムウ様も早ければ早いほどいいだろう。では攻撃開始』


 彼らの主、ムウの命令は全艦隊の集結だが、この程度の星なら態々そんなことをしなくても、もう十分すぎるほどの数が集まっている判断し。


 そして攻撃が始まった。


 


『な、何が起こったあ!?』


『分かりません!』


 突然の衝撃と、鳴り響く警告音に慌てふためく艦橋。彼らにとって全く予想だにしていなかった事態だ。


『あ!? えーっと、艦艇が多数ワープアウトしてきました!』


『どこの艦隊だ! 敵と味方の区別もつかんのか!』


 滑稽極まるのだが、まず初めに彼らが思ったのは味方艦隊による誤射だ。自分たちの足元にも及ばない文明に攻撃されるなんてとは想像もしていなかった。尤も、それは完全に誤りではなかった。確かに目の前にある星とは、本当に少しだけだが違う文明からの攻撃であったのだ。ではどこからと言うと、


『所属不明艦多数ワープアウト! 該当データなし!』


 別世界の地球。それを収めている、いや納めているたった一人のちんけな人間からである。


 まさかそんな人間一人から出てきたとは思うはずもなく、彼らの常識に従ってやって来た艦がワープして来たものと判断された。


『まさか敵だと言うのか!?』


 まさかも何も、攻撃してくる存在が敵以外なんだと言うのか。もしこれを所属不明艦隊の人間が聞いてたら失笑するだろう。人の事を笑えない事も含めて。


『不明艦、なおも出現中! 50を超えました!』


『こちらも急がせろ! 全無人戦闘機発進!』


『航空母艦に混乱が起こっています! スクランブル体制に入ってなかった模様!』


『ええい!』


『敵艦発砲! ぜ、前衛艦隊に甚大な被害が発生!』


『報告は詳細にしろ!』


 オートメーション化が進んでいたナット艦隊は、半無人艦とも言うべき艦艇を多数抱えていたため数の上では有利で、大きく劣った文明を滅ぼすだけの力は有していたが、正規戦となると話は全く別。実態は単なる敗残兵の集合体である彼らは、一度強く頬を殴られると途端に混乱し始めた。


「ナット星人と思わしき艦隊に、全く未知の宇宙艦隊が攻撃しているようです」


「全基地でスクランブル発進させろ。ただし、こちらからの攻撃は絶対に不可だ。文字通りの首が飛ぶぞ」


「はい」


 一方地球では、事ここに至っては、相手を刺激しないようになんて悠長なことは言っていられない。世界各国で軍事行動が活発化し、地球外で行われている戦闘を固唾を飲んで見守っていた。


「要求は無いんだな?」


「はい大統領」


「ならばどちらが勝っても、国連で友好条約は結んだが、軍事同盟や防衛条約は結んでいないという事でいこう」


「はい大統領」


 政治でも動きがあった。巻き込まれることを恐れた各国は、どちらが勝つにしても同盟ではなくあくまで友好条約を結んだだけであるとしたのだ。


≪速報。宇宙空間で大規模な軍事衝突≫


 ニュース速報も流れ出した。ありとあらゆる端末に流れ込んだこの情報は、全人類に緊張をもたらしたと言ってよかった。地球と言う揺り篭が、決して安全な物ではないということが証明されてしまったのだ。


『敵艦隊から多数の熱源が発射されました! 艦載機と思われます!』


『こちらも無人戦闘機の発艦を急がせろ!』


『ピシー撃沈! ナラーもです!』


『馬鹿な! なぜこうも一方的に叩かれる! こちらはまだ射程外だと言うのに!』


 地球の混乱と同じく、ナット星人の艦隊も混乱していた。全く未知の艦隊に急に襲われたのだ。しかも数で勝るとはいえ、信じられない事にナット星人の技術を圧倒しているように思えた。


『敵艦載機、防空圏内に入ります!』


『迎撃!』


『撃て撃て撃て!』


『向こうは人型機動兵器だ!』


 ナット星人艦隊に襲い掛かる人型機動兵器が、彼らの防空艦を、迎撃機をずたずたに引き裂いていく。艦隊による一直線での戦闘は、彼ら機動兵器の突入により、縦横斜めと、目まぐるしく鮮やかな色を咲かしていく。


『運動性が違い過ぎる!』


『どうして横に動けるんだ!』


 一方的であった。直線でしか動けない地球の戦闘機の様なナット星人の無人迎撃機は、そんなものはこちらには関係ないとばかりに、縦横無尽に動き回る人型兵器群に全く対応出来なかったのだ。


『他の艦隊が到着しました!』


 続々とワープアウトするナット星人の戦艦。その数は半無人戦とはいえ1000隻を優に超えており、数の上では圧倒的に優勢であった。


『よし! なら数で圧し潰すぞ!』


 認めることは癪であったが、敵対勢力の技術はナット星人の上をいっており、こうなれば多少の犠牲を恐れずに数で勝負するしかなかった。


(ムウ様、今しばらくお待ち下され!)


 自らの主君を回収することは少し時間がかかるだろうが、その後必ずこの星に思い知らせてやろうと司令官が思ったとき、





 それが現われた。


 現れてしまった。


 巨大な青。


 青い薔薇。


 全長9Km。


 人類どころかナット星人の常識からしてもまさに常識外。


 異なる世界の人類を、地球を滅ぼさんとしたモノタチ。ソレが全てを込めて作り出した唯一無二の芸術。最高傑作。


 それは正面から人類の全宇宙艦隊を粉砕し、宇宙の全てに破壊をもたらす。


 筈だった。


 しかし奪われてしまったのだ。


 たった10人と1人に。


 そしてそのモノタチは見せつけられてしまった。自分達が作り出したものの恐ろしさを。強さを。


 その名を与えられて成し遂げたことはただ一つ。勝ったのだ。勝った。勝って勝って勝った。ただただ勝った。


 間違いなく人類が勝利した勝因の一つ。


 名を


 人類連合宇宙艦隊総旗艦


 リヴァイアサン


 その咆哮が轟いた。


『え?』


 ナット星人の誰かが呟いた。


 ついぞ防がれることのなかった咆哮は、ナット星人の正面艦隊を消滅させ、後方の空母を消滅させ、小惑星を消滅させ、宇宙と言う暗黒に永遠と輝きながら去っていく。


 10ある主砲の一つで。たった一つで。


『あ、あれを落とせええええええ!』


 恐慌状態のナット星人艦隊の全てが、その怪物に攻撃を集中させる。レーザーが、ビームが、眩い光の、破壊が海の怪物に直撃する。


 が


 無駄であった。


『敵健在!』


 ついぞ、ついぞ傷一つ付かなかったその皮は、単なる塵が作り出した風などに微塵も揺るがない。全く。


『エ、エ、エネルギー計測不能!』


『逃げろおおおおおお!』


『いやだああああああああああ!』


 そして、全ての砲門から……


 光が……


 宇宙に海の怪物の咆哮が轟いた。








 ◆


『どうだ?』


『おやお疲れ様です。幾つかのドライブレコーダーに彼らの姿が映ってましたね。もう消去しましたが。何か思い出しませんか?』


『あの少女達も難儀な。昔の幹也を見ている様だ』


『無視かコラ。まあ、機械の私が言うのもあれですが、そういう運命なんでしょう』


『ふん、まあいい。俺は戻るとする』


『分かりました。ところで、彼が至る所に入り込もうとしてるんですけどどうにかなりませんかね? と言うかなにやってるんです? いっそ殺せええとか、ここは地獄だあああって言いながら走り回ってここから出ようとしてるんですけど』


『ああ、さっき会ったな。何をしているかについては、奥の二人にアルバムを見せ合っている。いや、実に話が分かる男たちだ。出ようとしている理由は、俺はその場にいなかったが、もう一人にアルバムにあった子供の時のおむつ姿を見られたからだと聞いている。彼の父親がそう言っていた』


『私は機械ですけど、そりゃそんなとこにいたくありませんよ。最悪な父親会じゃないですか。彼も可哀想に』


『では後は頼む』


『ええ。それでは』







あとがき


表現で大分悩んだんですけど、出たら勝ち確はむしろあっさりした方がいいかと開き直りました!

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