ちっぽけな人間

『力が"怒れる力"を用いての先制攻撃を提案。珍しく非常に真面目にです。ついでに言うと現在の条件下で呼べるのは、無条件のそれだけです』


『魔術師、拒否』『太陽、拒否』『正義、拒否』『司祭長、拒否』『塔、保留』『世界、保留』『運命の輪、賛成』『悪魔、賛成』『拒否』『賛成』『保留』『拒否』『保留』


 幹也に回転させられながら、マスターカードが力の提案を彼に具申すると、他のカード達から次々と声が上がる。だが、幹也が前回"怒れる力"を召喚しようとした際は、拒否一択であったカード達の意見が今回は分かれた。


 つまりそれだけ彼らにとって事態は深刻だったのだ。


(拒否の意見を聞かせてくれ)


『アメリカ大陸沈没の可能性大』

『本当にコントロールできないから止めとけ』

『地軸に深刻な影響が発生します』

『イエローストーン国立公園に対する影響が未知数。噴火の可能性があります』

『攻撃で反応するタイプの場合取り返しがつきません。その上、情報をすでに送られていた場合無意味となります』

『リターンが不明なのにリスクだけ明確にとんでもない』


 拒否の意見を大雑把に纏めると、"怒れる力"を呼ぶ方がよほど危険。これに尽きた。特に拒否しているカード達は、アメリカ大陸の沈没はまず間違いないとみている程だ。次いで問題なのは、そのU.F.Oを破壊した場合のリスクである。


(保留の意見)


『情報少なすぎー』

『対象の目的が分かりません』

『必要なら呼ばないといけないけど、現状呼ぶ必要があると問われればない』

『賛成よりの保留。危険と判明したら使用を強く推奨』

『拒否より。もし危険だとわかったら"人類の守護者"が解放されるのは間違いない。そうでなくても"怒れる力"じゃなくて"怪物"の方を呼べるはず』


 次いで保留の意見は、相手の事が全く分かっていない現状、動くのはまだ早いというものだ。その上、危険と判断してもどうするかで対応が分かれている。


(賛成の意見)


『"宙を蝕む者達"を考えると、地球の場所という最重要情報を相手に渡すことは出来ません』

『ずかずか人の家に入ってきてる時点で危険の方が公算大。それにこの世界で絶滅戦争を経験したのはお前だけでいい。そうだろ?』

『"宙を蝕む者達"以上の可能性はゼロではありません。即急な排除を提案』

『敵性存在であった場合かつ、電撃的な奇襲で我々の対処能力を超えた場合、事態は全人類の存亡に直結します』


 賛成意見の念頭にあるのは、"宙を蝕む者達"という存在である。実際に体験した幹也は言わずもがなで、U.F.Oがそのような存在のものであるというなら、何としてでも排除したいのは間違いなかった。


『どうしますか?』


(出来れば呼びたくない。拒否の意見の言う通り、地球がダメになったら本末転倒だ)


 ここで幹也の能力の弱点が露呈した。物事に対するカウンターではほぼ無敵でも、自分から何かをする手段が非常に乏しいのだ。


(思考の袋小路だな)


『そうですね。破壊がトリガーか、見逃すのがトリガーか全く分かりません。全く心配するようなこともない可能性だってありますし』


 どうするかと考えが停滞しても、常に頭に浮かぶのは


 悲鳴、銃声、怒号、砲撃、爆発、血、黒煙、死、死、死死死死死死死死。


 幹也の脳裏に浮かぶ原風景の一つ。


 あれだけは絶対に繰り返してはならない。あれだけは。


(仕方ない、問題解決をぶん投げよう。こういう時はダチに頼るのが一番だ。やばかったら出て来てくれるだろ)


『"田舎者"に? ああ、なるほど白黒付けてもらうんですね』


(あいつはあいつで無茶苦茶制御不能だから出来れば呼びたくなかったけど、人類全体の危機よりかはまし、切れた兄貴を呼ぶよりはまし。という訳で、何とかアメリカに行ってU.F.Oに接触しよう。嬢ちゃん達プライベートジェットとか持ってないかな……。俺パスポートないんだよなあ……)


『これが他力本願というやつですね』


(自力本願なんて兄貴や隊長ですらしてないわ。ましてや俺は単なる人間だ。出来ないことは出来ないし、分らんものは分からん。そんで人間だから助けを借りて、頼られたら全力で助けるのさ)


 幹也に言わせれば、人間一人に出来ることなんて限られている。だから人に頼り、そして頼られたら全力で応えるのだ。だから白黒付けることが得意な存在の力を頼ろうと結論付ける。

 情けなかろうが、他力本願だろうが、人に寄り添いより寄り添られるのは恥でないのだ。それこそが人間なのだから。と。


(よし決まった。あいつに投げよう)


 星を砕かれるよりはましと、幹也が軽い言葉で力を借りようとしているのは、彼にとって腐れ縁の悪友であっても……その存在は……


『相手が罪なき者からの怨念を抱えていれば、それが大きければ大きいほど、"田舎者"は全く気にせず億でも兆でも京でも無量大数でも平気で殺しますよ?』


()


『やっぱり"田舎者"とは心の友と書いて心友ですね』


(へんっ。ただの腐れ縁だ)


 ありとあらゆる覚悟を込めたその言葉に対して、もしマスターカートに肉体があれば、肩をすくめてやれやれと首を振っていたことだろう。


(だけど何度も言うが俺は単なる人間だ。だから)


『なんです?』


(俺がどうするか決めようと、世界は世界の動きをしてるんだよ)


 占い師の予言だったのだろうか。そのすぐ後、ワシントンD.Cに接近したU.F.Oを打ち落とすためミサイルが発射され、それを何らかの手段で防いだU.F.Oは地球から離脱した。



 ◆


 ははは。まああいつも含めて全員が全員、俺は、私は人間だというのは間違いないだろう。人間。はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! 人間! 嗚呼あゝ人間!

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