幕間 少女達と幹也

「信じらんない! 顔蹴るなんて!」


「絶対許さない!」


 帰りの車の中で、顔を真っ赤にして怒っているアリスとマナ。

 本来の予定ではまだもう少し外出している予定であったが、自分達の恩人から聞きだしたというか読み取ったというか、兎に角とんでもない事実を知ったため、急いで家に帰っているのだ。


「伊賀の奴今どこ!?」


「伊賀は本社の警備に回されています」


「許さない!」


 車の運転手は、鼻息荒い雇い主の娘達に触らぬ神に祟りなしと無心を貫いている。貫いてはいるが、何の権限もないアリスとマナとは言え、彼女達をここまで怒らせたなら、伊賀はただでは済まないだろうと思っていた。


 ◆


「ママ!」


「叔母さん!」


「どうしたの二人とも?」

(当たり前だけど拉致されてから情緒不安定ね。でもカウンセラーも病院も絶対いやって言うし……)


 アリスの母であるマリアは、ドタドタと足音荒く帰って来た娘と姪の姿に、事件のショックが当然残っていると考えていた。だが、何度説得してもアリスとマナはカウンセリングも、暫く学校を休むことも承服せず、マリア達は非常に困っていた。


「ママ聞いて! 伊賀の奴、あいつの顔蹴ってたのよ!」


「え!? それ本当!?」


「本当です!」


 普段なら嘘か本当か分かるマリアの能力だが、彼女達の一族の力は、自分達の一族には効果がない。アリスとマナが例外なのだ。そのため思わず聞き返してしまうが、娘達の顔は怒り一色だ。

 確かにマリア達両親は、娘達が幹也に近づくのは止めて欲しかったが、恩人の顔を部下が蹴ってまで脅しつけるのはまた違った話だ。


「それ"聞こえた"の?」


「口ではそんなこと匂わせもしなかったけどね!」


「そう、ちょっと待ってね。パパに連絡するから」

(ああもう、恩人に顔を蹴るのも馬鹿極まりないけど、またホームレスに、アリスとマナが会う口実作っちゃったじゃない。船の時と言い、本当に使えない奴)


 娘達を助けてくれた恩人と認識しているが、それはそれ、これはこれ、出来れば娘達には、住所不定無職の幹也には会って欲しくないのも変わらなかった。しかしマリア達は現在、娘達に強く出れない理由があった。


 それと言うのも、先日のスーパーロイヤル号で娘達に引き合わせた婚約者候補が原因であった。あらかじめ調べた結果は、家柄、能力、資産、将来性、容姿など、マリア達の出した結論は、とりあえずの候補として合格というものだったのだが、娘達が出したたった一つの条件、たった一つの質問。それによって今回は御縁がなかったようで、貴殿のますますのご健勝をお祈り申し上げます。になってしまったのだ。


 アリスとマナの質問とはつまり、自分達を命を懸けて助けてくれるか? というものであった。なにを単純と思う事なかれ。その問いをしたのは、世界がまだ明るいと信じている聖女であり、裕福であるがために人の欲を知っている魔女なのだ。


 そのため口で助けると言ってもなんの意味もない。いや、彼女達も理解している筈だった。そんな赤の他人に対して、本当に命を懸けて助ける様な者はいないと。いてもほんの一握りだと。しかし出会ってしまったのだ。そんな奇特な者と。そのためアリスとマナは両親にはっきり言ったのだ。あんな私達を助けるつもりもない男を婚約者候補にするなんて。と。


 勿論マリア達両親は、そんな存在はそうそうお目に掛かれるものではないと分かっている。分かっているが、娘に、私を助けるつもりがない男を選ぶだなんて。暫く私の事は放っておいてと言われると、分かったとしか言いようがないのだ。


(あのホームレスがさっぱり分かんない。あの子達はそれが出来るって言うし)


 そしてその命を懸けて助けてくれて、今もそう"言っている"幹也に会うと言われると、確かに前例があるため、マリア達はどうか止めて欲しいが、強く言う事が出来なくなっていた。


(何も持ってないから?)


 何も持っていないからこそ、そうやって命を危険にさらす事が出来るのではないかとマリアは考えたが、実際は全く違う。


 幹也だって美味しい食べ物があるならそっちがいいし、冷暖房が効いている部屋の方がいい。生活水準の向上を目指している。だが必要とあればすっぱりそれを無視する。そして自分が死ぬのは死ぬほど怖いが、それでもなお一歩踏み出せる。


 誰かの為に。


 幹也は命を持たざる者でも命を捨てられる者でもない。


 勇気と覚悟を選べる者なのだ。


 ◆


(おいマスターカード! ひょっとしてこのインターネット喫茶、ドリンク無料なのか!?)


『今さら気が付いたのですか? というか有料だと思ってたんですね』


(追加料金払うものとばかり思ってた!)


『貧乏性極まったせいで、サービスを全部オプションと勝手に脳が置換してますねこりゃ』


(ひょっとして漫画もタダで読んでいいのか!?)


『お母さん涙がちょちょ切れそうです』


(だから誰がお母さんじゃ! しかしいい事知った! ガキの頃に読んでた漫画の結末が気になってたんだ!)


『それ終わってないみたいですよ』


(は? は?)


 多分……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る