ハイジャック

「ねえママ。本当に行かなきゃダメ?」


「あら? スーパーロイヤル号に行くのは嫌? 私から見てもかなりいい内装の船だけど」


西園寺家ではアリスと母が話をしていたがアリスは暗い顔であった。


「そういうのじゃなくて……」


「分かってるわよ。パーティー行くの嫌なんでしょ。碌な事考えてない連中ばっかりだものね」


「うん……」


話しの内容は、今夜世界的な超豪華客船、スーパーロイヤル号で行われるパーティーについての事だった。

しかし、なんというか会話の内容が少しおかしい。


「蹴落としてやるー、とか、これで自分はー、とか、これは脅しに使える―、とか、それとたくさんの嘘が嫌なんでしょ?」


「うん……」


それは確かに嫌だろう。だが待って欲しい、どうしてそれが分かるのだろうか?


「私も、妹も、私のママもそのママも、皆この力に助けられて、そして苦しまされてきた。でもだからこそ言えるの、慣れておかないと潰れちゃうのよ……」


「うん……」


どれ程遡らなければならないか分からない。だが確かに言えることは、彼女達の祖先に聖女と言える存在が居り、その血筋と共に受け継がれてきた力があった。


「ちょっとだけ聞いたらあとは力をオフにしてなさい。ごめんねアリス、はあ、私達の力と血には、お金とそれに集まってくる連中が絶えないのよ。今から慣れておかないと……」


「うん。ねえママ、ママはどうしてパパと結婚したの? 嘘つかなかったから?」


「そうよ。それに勿論愛し合ってたから」

『はあ……今は納得して愛してるけど、元は政略結婚だなんて言えないわよね』


アリスとマナには2人だけの秘密があった。この力は家系の者には通用しない。しかし、良くも悪くも血を濃くして生まれたアリスとマナには分かるのだ。だから今も聞き取れた。代々の彼女達とその配偶者しか知らない力。


『今夜のパーティーは、アリスとマナの結婚相手の候補を見つける目的もあるなんて言えないわよね』


心を読む力。


「じゃあママ、行くから会う人に一つだけ質問させて」




「これはこれは西園寺さんと扇さん。お久しぶりですな」


「ああ、お久しぶりですな西宮さん。そちらの方は?」


「ははは、倅の正人です。ほらご挨拶を」


「初めまして西宮正人です。よろしくお願いします」


「いやこれは好青年だ。そういえば今日は娘達を連れて来てましてな」


「初めまして西園寺アリスです」


「初めまして扇マナです」


超豪華客船スーパーロイヤル号のパーティー会場に、綺麗と言うか可愛らしいと言うか、ドレスに身を包んだアリスとマナの姿があった。


「なんでも息子さんはアメリカの大学卒業だとか」


「ええ鳶が鷹という奴です。今は近くで経営を学ばせてます」


「それはすごい」


親同士が当たり障りない会話をしている後ろで、アリスとマナは正確に読み取っていた。すなわちこの好青年に見える男が、自分達の数多くいるだろう婚約者候補だと。


だから言った。


「西宮正人さん、1つ聞いていいですか?」


「なんですかアリスさん?」


だから訪ねた。


「正人さんは」


「私達に何かあったら」


「命を」


「懸けて」


「「助けてくれますか?」」


「え?ええ勿論です。必ず」

『こんなガキに誰がそんな事するか』


爽やかな好青年のしっかりした断言に、隣の彼の父親も満足げに頷くが、アリスとマナの母親は人前でなければ、あっちゃあっと頭を抱えていただろう。


「そういえばそろそろの筈ですな。金山さんの息子さんの婚約発表」


「ええそうですな」


満足げに頷いた西山は、このパーティの主催者であり、息子の婚約発表の場にしている人物の名を意味ありげに話す。いや、意味ありげに言ったのは婚約という部分だっただろうか。


「先程チラッと聞いたのですが、どうもその時はメディアもここに入れて発表するとか」


「なんですと?」


「この間大きな商談が潰れた様ですから、ここでイメージアップを図りたいのでしょう」


驚愕するアリスとマナの父親達。今会場にいる招待客は殆ど上流階級の人間ばかりなのだ。そのためこう言った場所は大きな商談に絡む話も出てくるため、基本的にメディアに写されることを大きく嫌う。


『皆さん本日はようこそお出で下さいました!』


「ああ話をすれば」


「それなら発表が終わったら別の所で」


「ええそうですな」


響くマイクの声に合わせて続々と入ってくる取材陣と、それなら後でメディアの入らないところでと約束し合う大人達。


「本日はここ、豪華客船スーパーロイヤル号で行われる、婚約発表の中継をいたします!」


世界規模の商社の婚約発表だ。テレビ局の中には海外の局も混ざっており、次々と映像が駆け回っていく。


彼等の勝利が確定した。


パパパパパパ


連続した破裂音。


聞きなれない音に日本人達は戸惑いを見せるが、海外からの招待客やテレビ局のスタッフは迅速であった。すなわち、身を屈めるか音のした方とは逆に駆けだしたのだ。


『あーテストテスト。えー端的に言うとですね、この船はハイジャックされました。しました? シージャック? どうでもいいか意味通じるでしょ。当然ですが抵抗すれば殺します。逃げ出しても殺します』


「ウチの護衛達がどうにかするだろう」


「そうだな」


艦内放送を聞いていたアリスとマナの両親は余裕を持っていた。

実際能力者を抱える彼等の護衛達に掛かれば、単なる銃器を持ったハイジャック犯など、手古摺るかもしれないが最終的に何とかなると思っていたのだ。この時までは。


「全員戦闘配置。すぐにパーティー会場に向かい制圧する」


「はい」


実際、別室に待機していた護衛班のリーダーである伊賀も、総数が分からないため時間の目途は経たないが、制圧自体は簡単で護衛対象の安否だけが問題だと思っていた。この時までは。


しかし、パーティー会場に突入して来た暴漢達の装備がおかしい。小銃を日本で携帯しているのはおかしいと言えばおかしいのだが、体のどこかにカメラやタブレットの様なものまで体に貼り付けているのだ。


『あー当然だが現在色々な所でメディアの皆さんが生放送中だし、俺ら全員がカメラを携帯してあらゆる動画サイトでこれまた絶賛生放送中だ。意味分かるよなちょっと特殊な人達?』


外に出ようとした護衛の一部が、艦内放送を聞いてぴたりと足を止めてしまった。ぎくりとしたと言っていい。


『分からなかったら困るから一応言っておくけど、知らない間に人が消えてたり現れたりしても、カメラにはバッチリ写ってるからそこんとこよろしく。あ、俺らは至って普通の銃器で武装したテロリストさんなんで』


伊賀も含め真っ青になっている数名の頭の中に、ある条項が思い浮かんでいた。


裏協定第一条。異能力を世界に暴露する、またはその危険性がある行為を行った者は、一切の例外なく消去する。


世界中の裏の組織が合意して定められた基本中の基本。


『えーじゃあ人質の皆さんは甲板に出て貰おうか。そうすりゃ世間の皆さんはもっと見やすいでしょ。あ、メディアの皆さんはカメラ構えててね。正直皆さんの事キスしたい位愛してるから安全をお約束しますとも。それはもうマジで。いや本当だよ。言ってくれたらマジでしに行くから』


護衛達は、単なる人間として数も武装も分からないテロリストと戦わざるを得なくなったのだ。





「あー極楽極楽。でもそろそろ帰るかあ」


我らが主人公斎藤幹也がこの時何をしていたかというと、こいつ大型電化屋のマッサージチェアに座っているではないか。しかも長時間居座って煙たがられるのを避けようと、もうこれで3店舗目である。はっきり言ってブラックリスト入りレベルの迷惑客である。何と言っても買う気どころか、そもそも買う金が無いのだから。


「ん?」


もう夜という事もあり帰ろうかと幹也が考えていると、大型テレビを置いてある一角が妙に騒がしい。彼は涙ながらに10万程するマッサージチェアに別れを告げると、店員まで足を止めて見ているテレビを覗き込む。


「なんかありました?」


「いや、どうも豪華客船がハイジャックされたって」


「へっ!?」


とりあえず隣の人に話しかけると驚くべき事件が起こっているではないか。


『皆さんご覧になっているでしょうか! ハイジャックされたスーパーロイヤル号の甲板に、人質の皆さんが並ばされています! あ、銃を持っている犯行グループも見えます!』


見ると報道ヘリからだろう、照らし出されている客船の甲板の上には、アナウンサーの言う通り、大勢のスーツやドレスを着た人達に混じって、覆面姿の武装した集団も見えた。


『現在各テレビ局に放送を止めるとスタッフを殺害するとの脅迫文が送られており、一部のメディア局では船の上からも撮影を行っているようです! それと同じように犯行グループが動画配信しているサイトにも同様の脅迫が行われており、各組織は対応に苦慮している模様です!』


「ええ……これって劇場型とか愉快犯とか言われるタイプじゃ……」


「ですよねえ。一体なんでこんなことしてるんだ?」


さっぱり意図が見えない行動に、つい幹也は隣の人と話し込んでしまう。


『犯行グループの声明によると、彼等は日本政府に玉手箱を寄越せと要求しており、何かの間違いではないかと現場で対応している警察は問い合わせている模様です!』


「いやそりゃ間違いっしょ。よく分かって無い海外グループか?」


「ほんとほんと。意味分からん」


『えー人質にされている方々の詳細が分かってきた模様です。世界的な富豪として名高い金山商社の社長に加え、西園寺グループ社長夫妻、扇グループ社長夫妻、西宮グループ』


「なんとまあ富豪ばっかり。やっぱ身代金ですかね? あれ?」


先程まで一緒に話していた貧相な男が急に消え、会社員の彼は首を傾げていた。


「マスターカード! あの嬢ちゃん達の運勢は!? ああくそ"塔"、"悪魔"、"月"禄でもない奴ばっかりじゃねえか! なら船に居るのか!」


西園寺と扇の名前を聞いた幹也は、慌てて店を飛び出すと路地裏の暗がりでカードをめくっていた。だが結果はどれもこれも禄でもないものばかり。彼はアリスとマナが船にいる事を確信する。


(どうする!? 死じゃないのはある意味安心だが……ま、助けるって約束したからな。問題はどうやって乗り込むかだ……ん? マスターカードさんどうして光って?)


『deathのカードにより強制召喚されます!』


「は? なにそれ?」


路地裏の暗がりには何も存在しない。





がらんとしたパーティー会場。いや、一点だけ違う場所がある。


「もう大丈夫だと思う……」


「うん……ひっく」


テーブルクロスの下から僅かに聞こえる声。そこにはアリスとマナの姿があった。


『何があってもここで隠れてなさい。いいわね』


あの時銃声が響いた瞬間、アリスとマナを母親達がとっさにテーブルクロスの下に隠して無事だったのだ。

だが両親も含めて全員連れていかれたのだ。心細さは察するに余りある。だが少し声を出すのが早かった。


「ん? 何か声が」


「っ!?」


まだ1人だけ会場にテロリストが残っていたのだ。しかも声を聞かれてしまった。


コツコツと聞こえてくる足跡。真っ直ぐに向かってくる。


必死に震える体を抑えつけて息を殺す彼女達であったが、もうテロリストには確信があった。誰かがいる、と。


そんな時、彼女達の間に何かがはらりと落ちた。


見覚えのある死神の絵。真っ直ぐにこちらを指さしている。


意味は当然死。彼女達を嘲笑っているのだろうか。


当然違う。そんな訳がない。なにせ持ち主は彼なのだから。


そして彼女達だけに聞こえる声が。


『カウンター発動! 信頼を確認! 条件及びメモリーの起動を省略! 1件の該当あり! 召喚を行いますか?』


何が起きているかアリスとマナには分からなかった。だが何が起こるかは…………きっと彼女達が今想像した通りだろう。


だから小声、しかしはっきりと祈った。


「「助けて召喚!」」


『ワイルド認証! 選定完了! コモン! テキスト! 『馬鹿』『アホ』『間抜け』『文無し野郎』『急に呼ばれてどんな顔するかな?』『痛いからスプリング止めろ』『偶には俺らを磨け』『むしろ毎日磨け』』 


『"人間"斎藤幹也を強制召喚します!』


「っ!」


声を出すなんて馬鹿な真似はしなかった。したのは渾身の力で、目の前の男の後頭部を殴りつける事だった。


貧弱とはいえ極限の修羅場を潜り抜け、そして生き残ってきた男の拳が、完全に無警戒だった後ろから後頭部に叩きつけられたのだ。全く声を上げる事無く床に沈み込む。


(生放送のカメラはこれだな? 電源を落とさないと。武器は小銃に拳銃か。よし爆発物は無い。ボディジャケットと覆面も頂こう。西洋人。プロかアマチュアかは俺じゃ分からんな。財布、当然なし。止めを刺すか? いや、アリスとマナがどこかにいるはずだ。それは避けたい)


「アリス、マナ、いるか?」


武装解除し終わった幹也は、しゃがんだまま出来るだけ小声で辺りに呼びかける。


「よかった……!」


「おじさん……!」


「怪我は?」


すると一番近くのテーブルの下から、アリスとマナが飛び出して幹也に抱き着いた。


「親父さんとお袋さんは?」


「連れてかれちゃった……!」


(不味いな。俺一人で解決できると思えん)


単なる凡人の幹也は、転移の術も使えなければテロリスト相手に大立ち回りも出来ないのだ。


パンパン


「ひうっ」


(クソ! 誰か撃たれたんじゃないだろうな!? ん!?)


甲板から聞こえてきた銃声に身を竦ませるアリスとマナ、そして幹也は誰かが殺されたのではないかと焦る中、自分のポケットから淡い光が漏れ始めたのに気が付く。


(よし!)


「だ、だめ!」


「しちゃだめです!」


「ど、どうした!?」


自分のマスターカードが何かしらの条件を満たしたのだろうとポケットから取り出そうとしたとき、意外な事にアリスとマナが止めに入った。


「それで前助けてくれたんだろうけどダメなの!」


「ママ達から聞いたんです! あの悪魔を召喚した人は、異能を世界に曝したから絶対に捕まるって! それで今この船は世界に中継されてるんです!」


「あ、やっぱりそういうのあるのね。でもそれはそれ、これはこれ。お分かり? お嬢ちゃん達みたいな子達は、家に帰って普段通り寝る義務があるんだわ。俺の心配してくれるのは嬉しんだけどね。つまり何が言いたいかって言うと」


『カウンター発動! 銃撃! 艦船! 民間人の保護! 条件を確認! メモリー起動! 10件の該当あり! 連続召喚を行いますか?』


「「だめええええええ!」」


知った事かああああ召喚!」


『ワイルド認証! 選定完了! ゴールドレア! テキスト! 真の英雄に率いられた真の英雄達!』 


『"敵総旗艦奪取部隊"、オーガスト! カーティス! グレイソン! ケニー! ストーン! ダルトン! ディエゴ! ナッシュ! ヒューストン! マーヴィン! 連続召喚を実kkkkkkkkkkk』


















『eeeerrrrrrrrrrr! eeeeexxxttttrrrrraaaaaarrrrrrreeeeaaaaaaalllliiiitttyyyyy!ttteeexxxxxttt! eeeerrrrrrrrooooooorrrr!』


『"dddddeeuuuuuuusssss eeeeeeeexxxxxxxxx  mmmmaaaaaaaccchhhhhhiiiiiiinnnnnnna"! eeeeeeerrrrrrooooooorrrrr! summonnnnnnnnn!!!!!!??????』




『やれやれ、あなたもマールからの付き合いです。明かりと回線を切るくらいの手伝いはしてあげましょうか』



































『dddddddaaaaaaaaaaannnnnngggggggeeeeerrrrrrrr!!!!!!!』









『wwwwwwaaaaaaannnnnniiiiiiinnnngggggggggg!!!!!!』











『ooooovvvvvveeeeerrrrrrlllloooooddddd!!!!!!』









『sssssiiiiiiiinnnnnggggguuuuuullllllaaaaarrrriiittyyyy rrrrrtttttaaaalllliiiitttyyyyy!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』







『うおっびっくりした!? 急に声を掛けないでくださいよ! 心臓が止まるかと思ったじゃないですか! え? 子供の見るもんじゃないからショックガンにして殺さないよう調整しろ? はいはい分かりましたよ。うっせえ! 心臓が無いなんて分かっとるわ! 言葉の綾だよ綾!』

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