テーブル
(また来ちまったよ)
「ほら、こっちこっち」
「案内しますね」
もう来ることはないだろうと思っていた高級タワーマンションの中へ押し込められた幹也は、アリスとマナの案内に従ってエレベーターの前へ辿り着く。だがこのエレベータ、前回来た時は不思議に思わなかったが何かおかしい。
「今思ったんだけど、どうしてエレベーター一つしかないんだ?」
そう、エレベーターが一つしかなかったのだ。
「最上階のアリスちゃんのお家へ直通なんです。そこへ行くにはこのエレベーターしかありません」
「ふ、ふーん……」
最上階で、しかも監視カメラと静脈認証まであるおまけつき。どう考えても超特別仕様で、やっぱり幹也は帰りたくなった。
しかし周りには護衛がずらり。もう幹也はまな板の鯉、檻の中の豚、どうしようもなかった。
(やべえよやべえよ。このエレベーター護衛が乗る前提って感じがする広さだよ。しかも中にまで監視カメラあるんか……)
憐れ幹也はそのままエレベーターに詰めこまれて最上階へ運ばれる。そこで彼が目にしたものは……。
(ほげっ!? プロレスラーを護衛にでもしてるのかよ!? しかも分かるぞ! こいつら銃ぶら下げてやがる! 全員プロ中のプロじゃねえか! しかも何人か魔力持ってるし!)
これまた護衛達だった。
しかも人種は様々であったが、全員に言えるのは黒のスーツにサングラスとインカム、そして幹也の見た通りスーツの下には銃をしまい込んで、とどめに数人から魔力まで感じる始末だ。
(やべえすっごい警戒されてる! 普通の奴は騙せても俺は普通じゃないから分かるんだぞ! 特にあんたらみたいなおっかないのからは!)
プロだから当たり前だが、今まで見た事ない男である幹也を警戒する護衛達。勿論客人であった場合でも同じ対応で、そうとは分からない様に無関心を装っているが、危ない橋を何度も渡っている幹也には、彼等が自分の戦闘力を冷静に観察して、どのような場合でも制圧できるようシミュレートしている事が分かった。
(たいちょおおお! こいつら全員チャカ持ってますううう助けて下さいいいい! え!?
「ただいまー」
『はーいお帰りなさーい』
そんなツッコミを入れながらビクビクしている幹也を余所に、アリスはインターホンを鳴らして中の家族に呼びかけると、アリスの母親だろう、インターホンから柔らかい女性の声が返って来る。
「ママ、この人が私達を助けてくれた人」
「ああ、あの時お礼を言えなかったことをずっと後悔していました。アリスの母でマナの伯母、西園寺マリアと申します。この度は娘達の命を助けて頂き、本当にありがとうございました」
「い、いえお構いなく……」
(セレブ相手に何言ったらいいのか分かんねえ! 誰か助けて!)
『ディーラーのマスターメモリー全てがロックされました』
(ああそうだろうよ! マナー知らないめんどくさいで、そんなのお断りな人ばっかりだからな!)
深々と頭を下げるマリアに慌てて手を振りながら、もうただ自分の能力にツッコミを入れると言う現実逃避、ある意味一人芝居で心の平穏を保ちつつ、一刻も早く終わってくれと願う幹也。だがそうは問屋が卸さない。
「どうぞ中へお入りください。そろそろ夫も戻ってくると思いますので」
前門にニコニコと笑顔で招く女性、後門に厳つい護衛達の列。幹也の選べる選択肢は一つしかなかった。
「い、いえ、お礼は受け取ったのでそろそろお暇しようかと……」
意外! 逆位置! 後ろを選ぶ!
いや必然であった! いうなればこの高級タワーマンションは幹也にとってまさに
だがしかしここで皇帝のカードがニヤリと笑う! 意味は一家の家長!
チンと鳴るエレベーター!
「ん? ひょっとして彼が例の?」
エレベーターから護衛達と出て来た男こそ、西園寺マリアの夫にしてアリスの父、西園寺修也である!
(は、挟まれたあああああ!)
塔に描かれた稲妻がピカリと光る!
「そうパパ! 私達を助けてくれた人!」
若干不満げであったアリスが攻めた!
「やはり。西園寺修一と言います。この度は娘と姪を助けて頂き感謝の言葉もありません。さあどうぞ中へ」
「はい……」
憐れ幹也。
最早どうしようもなかった。唯一の脱出口も更に密度を上げた護衛達によって物理的に塞がれ、塔の最奥へ足を進めるしかなかった。
一方幹也のポケットに入っている、普段は真っ黒のマスターカードはいつの間にかタロットカードに変わり、その全てが逆さになって収められていた。尤もカードの絵柄は全てニヤニヤと笑っていたが。
◆
「そう言えばお名前を伺っていませんでしたな」
「斎藤幹也と言います……」
収監されてしまった幹也は、少し早いが昼食を一緒に食べる事になってしまい、一目で高級と分かる家具に囲まれ居心地悪そうにしていた。普段より少しお高い肉を食べた時に感じる胸やけみたいなあれだ。特にこの男は最近ようやく漫画喫茶で寝泊まりできた位なのでなおさらだろう。
「そう言えば名前初めて聞いたわね」
「あ、そうだっけ?」
頼むから戸籍とか調べないでください。もう死人ですと思う幹也。
「アリス言葉使い」
「でもママ、最初っからこうだったわよ」
「ええ、どうかお気になさらず」
「すいませんうちの子が……」
さて、テーブルには西園寺家の面々とマナ、幹也がいる。ではどうやって昼食はというと。
「お待たせしました」
当然シェフと料理を運ぶ使用人が存在していた。
(胃からタール、じゃなかった胃酸吐きそう。ええい腹を括れ俺! メルの時よりはまし! マールの時よりはまし!)
遂に始まってしまったお食事会。なんとか、本当に何とか大恥だけは掻かずに食事を開始する。
「しかし本当に斎藤さんが居て下さってよかった。娘が言うにはあっという間に助けて下さったとか」
「え、ええ」
(探らないでくれええええ!)
本番開始!
「変な爺をバイクで轢いて、それから私達を抑えた奴を殴ったら、あっという間にバイクに乗って逃げたの」
「ほほう」
ここでアリスの援護射撃! だが直撃したのは幹也だった!
「なにか武道の覚えが?」
「ほ、ほんの少しだけ習いました。まあでも2か月も習っていないかと」
俄仕込みの軍隊式格闘術を少々。本当に俄仕込みだが。
「あ! バイクと言えばその節はお世話になりました」
「いえ、娘達を助けるためにして下さったのです。西園寺からしてみれば何のことでもありませんのでどうか頭を上げて下さい。ところで最近一番の話題の悪魔と勇者についてどう思われます?」
話題を逸らそうとしたが当然失敗!
「いやあ、まさか地球であんなファンタジーあるんだなあと」
これは全くの本心。幹也にしてみればまさかまさかであった。
「ええ全くです。しかし勇者の方にもお礼を言いたいのです。彼が居なければ娘達も無事だったか……。あの方がどこのどなたかご存じありませんか?」
「いえ全く」
これも本当。なぜならあくまで影絵であってそもそも人でないのだ。ついでに言うと直接の面識もない。
(待てよ? 嬢ちゃんたちはあの場にいたんだ。俺が総長を呼び出したのは見てる筈)
疑問に思ったがアリスとマナは特に喋ることなく食事を続けている。
(うーむ。嬢ちゃんたちに気を使われるとは……。そういや俺を探すのに嫌そうだった警察に頼む云々言ってたな。お、大人として、き、気遣いが痛い)
「そう言えば斎藤様は普段何をしてらっしゃるんです?」
(ナイスだママさん! でもその質問は必殺技なんだ!)
能力関係は自分の切り札であれこれ聞かれたくなかったため、話題を変えてくれたアリスの母に幹也は感謝した。感謝したのだが。まさにその質問は必殺であった。
「う、占いを少々……」
………である。どう捉えても仕事は何かと質問したのに、帰って来た答えは占いなのだ。彼女が固まるのも無理はない。だからつい助けを求めるように娘達を見てしまう。
「おじさんは近くの繁華街で占いの仕事をしています!」
むふーっと鼻息が見える程の勢いでマナが答えるがそうじゃないのだ。それは大抵の場合趣味であり、一本で食っていくならよっぽどの伝手がいる。それこそテレビに出たりするほどの。
「えーっとお店を構えてらっしゃる?」
「いえ……」
壮大に言うと地球の上で商売している。
「前から聞きたかったんだけど、占い以外収入あるの?」
「ないです……」
「どこかと繋がりは……」
「ないです……」
「お住まいは?」
「最近インターネットカフェに……」
もう本当に止めてあげて欲しかった。
「ふーん。養ってあげよっか?」
「絶対に嫌だね! ヒモだなんて呼ばれる位なら今の住所不定無職の方がマシじゃ! あ、すいません娘さんに……」
「いえ……」
「お話し中すいません。扇家のご夫婦様がこちらに」
「パパとママだ!」
それはつまり……。
(死んだな俺)
もう本当に……止めてあげて欲しかった……。
◆
◆
◆
「では本当にただの通りすがりだったと?」
「マリアが言うには」
真っ白に燃え尽きた住所不定無職が帰った後、西園寺修一とマリアの夫妻、それと扇一郎、グレース夫妻は親同士で話し合いをしていた。話の内容は勿論さらっさらの燃えカスについてである。
「本当なのマリア姉さん?」
「本当も本当よ。私達姉妹の能力を誤魔化された事ある? ただその場にいたホームレス。嘘は一つも無し。びっくりよね」
もし燃えカスがこの場に居れば、猫被ってやがった、アリスの嬢ちゃんの母親だわと言ったであろう。砕けた口調でマリアは妹夫妻に話をする。
「どこかの工作員と思って色々準備していたらまさかだな。はあ、それならまあ娘の命の恩人だがホームレスを我が家に上げたことになるな」
「ねー。色々洗っておかないと。感謝はしてるけどそれはそれ、これはこれ」
「ははは、洗濯代くらい出そう。場を提供してもらったからな」
「うーん、じゃあやっぱり新しいの買って貰おうかしら?」
「もう姉さんったら」
勿論この場の全員娘の命の恩人に感謝はしていた。だがやはり住む世界が違う。感性が違う。世界に君臨している大企業の主達なのだ。いや、ひょっとしたら娘を助けるのは当然だと思っているかもしれない。
「ははは。いや待てよ、紐付きじゃない事は分かったが、その本人に何か特殊な能力があったりとかは?」
「部下複数に探知させたが何もなかったようだ。ついでに言うと本当に簡単に制圧できるらしい」
「そんでもってその彼等にも嘘は無し。真っ白でーす」
「なんとまあ」
「問題は……」
「あの子達妙に入れ込んでるのよねー」
「それだ」
「何? 入れ込んでる? マナが? 何に?」
「そのホームレス」
「え!? 姉さんそれどういう意味!?」
「さあねー。ホの字だったりして。一応白馬の王子様だし」
「ちょっと待ってうそでしょ!?」
「アリスとマナとおんなじだ」
「同感。はあ、きちんとマナに言いつけておかないと。そう言うのと関わるなと」
「ウチもだな」
一体誰が想像できるというのだ?
薄汚い男がどうやって?
そんな事を出来ると思うのだ?
誰が想像できるというのだ?
あの箱そのものを持っておきながら、ただ平穏に生きるをよしとする。
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