メモリー
声が聞こえてくる。幾つもの声が。数多の力ある声が。
「もう落ちちゃったじゃない。 何よこれ? 死神みたい!?」
「ええ!?」
アリス、マナと呼ばれていた少女達は、落ちたカードに描かれた、黒い衣をまとった骸骨がこちらを指さしている絵を見て悲鳴を上げる。
「あ、ああごめんなさい、別のが混じってたみたいで! 本当は次の、はい司祭長のカード。愛情深い人だね。おっと力のカードもくっ付いてた。勇気、忍耐力。うーん、マナちゃんだっけ? 将来の結婚相手はそりゃあ凄い人だ!」
そんな2人の悲鳴にはっと我に返った様な幹也は、急いでそのカードをデッキの一番下に戻すと、もう一枚を上から捲る。
「え、本当!?」
「なーんだつまんないの」
「エリスちゃんどう言う意味よ!」
「ついでにお客様もサービスで……ああ、一枚目は関係ないから戻すね。おっとまた司祭長と力だ! いやあ、姉妹だけあって将来の旦那さんも似てるんだね!」
「ちょっと私はいいのよ!」
捲れたカードの意味に嬉しそうなマナに、これは期待外れと言わんばかりのアリス。そんなアリスも占うと言って、幹也は再びシャッフルしたデッキの一枚目を見るとすぐまた一番下に戻し、同じように結果を知らせる。
「お嬢様お待たせしました。替えの車がすぐ近くまで来ているそうです。ああ、あれです。来ました」
幹也に護衛の1人が、もういい加減いいだろうという目つきで睨みながら、少女達にもうすぐここに車が到着すると告げる。普段彼女達は通っている学園に車で送迎されていたが、今日はいつも使用している車が故障したため徒歩であった。
「さあお嬢様方、どうぞお乗りください」
「ちょっとボロくない?」
「申し訳ありません。何分急だったもので」
幹也から見れば大層立派な黒塗りの外国車に少女達が乗り込んでいく。
「おい、何の用だ?」
「え? いやあすいません!外国車なんてそうそう見る機会が無くて! お客様、床に座るんで乗せて貰っていいですか!?」
「ダメに決まってるでしょうが!」
「おい、痛い目に会いたいのか? 調子に乗るんじゃねえ」
「す、すいませんでした!」
幹也はそっと車に近づくが、それを護衛に止められ、ドスの利いた声で脅されたため慌てて謝りながら離れる。
「悪いがお前達は歩きで帰ってくれ」
「分かりました」
幹也を脅したその男は護衛達のリーダー格であったようで、車の助手席に乗りながら他の者達に指示を出していた。徒歩だったからこそ大勢の護衛がいたが、車での移動なら必要なかったのだ。
「お客様ありがとうございました!」
「……おいてめえ、もう二度とそんなふざけた占いなんて出来なくしてやろうか?」
「すいませんでした! どうか許してください!」
「ちっ。ここが表の道で良かったな。行くぞ」
「ところでなんですけど、さっきの占いの結果なんですが、あのお嬢さん方が今日死ぬって結果に」
「お前を今すぐ殺してやろうか?」
「すいませんでした!」
出発した車に対して腰を直角に曲げて見送った幹也に対して、残った護衛達は身分も考えずに馴れ馴れしいと酷く苛立っており、彼の靴に唾を吐きながら帰っていく。
普段の彼ならその表の道で唾なんて吐いて、と悪態の一つ思うところだったが、今の彼はそれどころでなかった。
声が聞こえる。幾つもの声が。数多の力ある声が。
『お節介焼き、かな』
『罪なき人々を、人類を守るのだ』
『愛で育てられました。だから自分もそうします。そしてそれを返します』
『正当な復讐の権利なんか、そもそも俺そのものがそうあるべき必要が無いべきなのさ』
『一回やっちゃったらやり返されのループに入る事は百も承知だったよ。でもやらないといけなかったからやったんだ。今だってこう酒場で愚痴ってるけど、またやる必要があるならやるともさ』
『確かに敵は殲滅しろと言われた。だが、焼け爛れた者に、水を求める者に、食べ物を求める者達の何処に敵と書いてあるのだ?』
幾つも幾つもいくつも
聞こえてくる声に対して自分はちっぽけだ。矮小だ。だが認めて貰った。大事なものは持っていると。
だから幹也はいつもと変わらずただ一歩踏み出した。
アリスとマナ、2人の最初のカードはdeath。正しい解釈や意味は不要だった。死ぬ。今日。それも数時間以内に。阻止せねばならない。
手段は……
護衛達への警告。失敗。なんの信用のない自分では無意味。
警察への連絡。車のナンバーは覚えている。それに位置も。電話は、通行人のを奪おう。使い方はパネルタッチしか分からないが、電話を掛けるくらいは出来るはずだ。
移動手段。くそ。自転車では追いつけない。バイクは当然キーがある。ん? あの店に止まってるバイクがどうした? スマートカードキーだって? いけるのかマスターカード? 流石だ相棒。
よしじゃあ行くか!
「ひ、ひったくりー!」
「すいませんすいません!」
国家存続事態法により徴収する! そう言えたらどんなに楽かと思いながら幹也はバイクで疾走する。
自分の運命を占う事などしなかった。そんなもの、覚悟と信念さえあればどうにでもなると知っていたから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます