13

(反省した。正直に言い過ぎたんだ)


もう深夜一時を過ぎ、これ以上客が来る事は無いと判断した幹也は、繁華街より少し離れた小さな公園で、段ボールと新聞紙に包まれて横になり反省していた。まあ反省とはいうものの、そもそも最初から分かっているべきだったが。一体どこに胡散臭い占い師に恋人の浮気を断言されて喜ぶ人がいると言うのか。


(もっとこう、最近恋人さんがよそよそしくなったり、会う時間が減ってませんかとかから入るべきだった)


しっかりと考えれてはいるのだが、その話題を掘り進めると、今度はとんでもない騒動に巻き込まれると想像できていない当たり、やはりこの男はまだまだであった。


(もう寝ないと。腹が減った。明日だ、明日こそちゃんと金を稼ごう。ん?)


「あははは!」


「うけるー!」


「ほんとかよ!」


出来るだけ空腹を誤魔化そうと、大きく鳴る腹を無視してなんとか眠りに就こうとする幹也の耳は、大声で笑い合う男達の声を拾う。


(またガラの悪そうなのが……)


事あるごとに騒動に巻き込まれてきた結果研ぎ澄まされた幹也の目は、その男達の酒で赤らんだ顔や耳についているピアスをはっきりと捉え、出来るだけ関わり合いになりたくないと身を潜めてやり過ごそうとする。


「あ? あれなんだ?」


「ああ?」


(クソ。わざわざ見に来るんじゃねえよ)


小さな公園なのだ。重なった段ボールと新聞紙の塊は目立ち、それに興味をひかれた男達が接近して来る事を幹也は感じ取った。


(あっちいけ)


仰向けだった幹也は、わざとらしく大きな動作で男達に背を向け、ここに居るのは人間だからこっちに来るなと無言の意思表示を行う。


「お! おもちゃ見っけ!」


「だははは!」


「おら起きろ!」


男達は油断していた。段ボールに包まったホームレス1人、自分達の玩具にはぴったりだと、とりあえず挨拶代わりに蹴りを入れようとするまでは。相手は様々な世界、様々な危機に巻き込まれた男なのにだ。


「は?」


ポカンとした男達の声。それも当然だろう。なぜなら幹也は蹴りを食らう前に……。


「てめえら本当に日本人か!? 異世界の方がまだましまであるぞ!?」


大声を上げながら逃げ去ったのだから。


「だははは! 空振りぃ!」


「鬼ごっこだ!」


「逃げられる訳ねえだろおっさん!」


男達は我に返ると、玩具が思ったより活きのいいことになぜか気をよくし、笑いながら捕まえようと走り出す。


「ちくしょうここは日本だろ! なんでスラムにいるような連中が居るんだ!?」


男達が追って来る事を確認した幹也は、罵りながら自慢の逃げ足で振り切ろうと脇道小道をひた走る。


「ぎゃははは!」


「いいぞいいぞー!」


「くそがあああ! 誰か助けてー! 誰かああ!」


たまに遭遇する通行人も、明らかにガラの悪い男達と、それに追いかけられている小汚い男に関わるまいと物陰に隠れており、幹也はただひたすら逃げるしかなかった。


「兄貴助けてー! ぶっ!? パ、パワーのカードさん!? まさか兄貴呼べるんですか!? あんなに条件厳しかったのに!?」


そんな幹也の服から飛び出した力のタロットカードは、彼の顔に張り付いて文字を浮かび上がらせる。


「間違いねえ兄貴だこれで勝った! えーっと"怒れる力"ああぁあ!? 備考に制御不能って書いてるじゃねえか! ざけんじゃねえクソカード! ブチ切れた兄貴なんか呼び出したら、日本列島残るだけで御の字だろうが! どんなに良くても穴だよ大穴!」


何やら浮かんだ文字に問題があったようで、引き攣った顔でカードを地面に叩きつけながら幹也は逃げる。そりゃもう逃げる。なんたって追っている男5人に囲まれたら、当然ボコボコにされるからだ。


「くそったれええええええええ!」





(もうだめだ……役所に行って、てへ実は生きてました作戦を実行するしかない。今まで何してたとかはもう全部記憶喪失で誤魔化す。誤魔化せるかなあ……下手すりゃ現代の神隠し扱いだ。いや、浦島太郎? 皆さんぱかって開く携帯はどこに行ったんです? 何で画面を触ってるんですか?)


夜も明けて何とか男達から逃げきった幹也であったが、精根尽き果てた有様で人通りの多い道の隅に座っていた。それでも1回1000円と書かれた紙とタロットカードを置いている当たり、自分の神隠し記憶喪失プランの不利さを分かっているのだろう。


「車が壊れてうんざりしてたけど、面白いもの見つけちゃった」


「アリスちゃんダメだって。ああいう人に関わっちゃだめってパパもママも言ってたよ。叔母さんだって」


「ちょっとくらいいいじゃないルナ」


「アリスお嬢様、ルナお嬢様の言う通りです。貴女様の様な方が関わるべき者ではありません」


「寄り道されると学校に間に合わなくなります」


「いいからいいから。ほら寄って」


(力のカードもしれっと帰って来てやがるし。ん?)


さてどうしたものかと考えていると、いつのまにか、いかにも護衛で御座いますと言わんばかりの屈強な男達、そして彼等の主人の様に振る舞う金髪の少女と、その少女を後ろに引っ張り何とかこの場を離れようとしているもう一人の少女が目の前にいた。2人とも金髪で美少女と言えるだろうが双子という程似てない。いや、ニヤニヤしている表情と、必死に何とかしようとしている表情が、あまりにも違い過ぎるせいで、ひょっとしたら双子かなと幹也は感じた。


「えーっと、どうしまし……」

(おっかねえ!)


どうしてこんなことになっているかわっぱり分からない幹也だったが、いいからお前は黙ってろと言わんばかりの護衛達の睨みを食らい、慌てて視線を下に落とす。


「ねーねー。1回1000円で占ってくれるのよねー?」


「はい勿論ですお嬢様! 普通のタロットでは占えない事でも大丈夫です!」


だがそんな状態でも、目の前に金をくれる人がいるなら話は別だ。護衛達の更に強まった視線も何のその。ぴらぴらと少女が揺らしている1000円札を目の前に、今にもワンと言わんばかりに媚びを売りまくる。


「ふーん。じゃあこれ先払い」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「もうアリスちゃん―! んんん!」


遂に土下座しながら手をお椀の形にして1000円札を受け取った幹也を見て、後ろの少女は本気の力で前の少女を引っ張るが、悲しいかな。見た目と同じく非力なようで、全く動かせていなかった。


「占って欲しいのは、そうねー。そうだ! このルナって子の将来の結婚相手! うんそれがいい!」


「んにゃ!? ちょっとアリスちゃん! 何勝手にそんなこと決めてるの!?」


「いいからいいから」


「はい喜んで! 早速占わせて頂きます! どれでもいいのでお好きな枚数お引き下さい!」


全く喜んでいない占われる相手を完全に無視して、神様、つまり現金をくれた相手の言う通り、カードをシャッフルすると恭しく献上するように手を掲げる。

もうこの時には護衛達の視線はブリザードを放っていたが、そんなものは何の痛痒も与えていなかった。


「ほらルナ引きなさい」


「いやに決まってるでしょ!」


「じゃあ私が引いてあげる。これ!」


「ちょっと何でアリスちゃんが引くの!?」


「あ、ちょっと取らないでよ! もう落ちちゃったじゃない」


勝手に自分の伴侶を占うなと抗議する少女に構わず、笑っている少女は構わずカードを手に取るが、それをさせじと2人の間でカードの奪い合いが発生する。

その争いの中でこぼれたカードは1つ。


彼女達から見て正しい位置の絵柄のカード


名は単純


DEATH

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