カードマスター
(これなら間違いなく金を稼げる。なんたって的中率100%なんだ。このままテレビに……。いや無理かあ)
繁華街の地面の上に座り込んだ斎藤幹也は勝利を確信していた。なにせ彼の能力で生み出したタロットカードを使えば、間違いなく占いは大当たあり。そのまま地元で有名な占い屋さんとしてテレビデビューを果たし、と考えた所でやっぱり戸籍がねえよと現実に直面。しゃあないとにかく今のところは明日の飯代だと、目標を地面すれすれまで落として気合を入れ直す。
(とにかく客だ。1人でも客さえ来てくれりゃあ明日は何とかなる)
住む所も無い幹也にしてみれば、住宅ローンは当然、家賃も保険もその他諸々の出費が無いため、1人でも客が来るだけで明日がぐっと良くなると通行人たちに目を光らす。
ぼさぼさの髪に濃い隈をして、汚れたコートを着た男がである。
午後20時
(飲み屋に人が入るピークの筈。ここは我慢だ。ここさえ乗り切れば)
午後20時半
(9時だ。9時からが勝負の時!)
午後21時
(よし! 勝負だ!)
午後21時半
(おかしいぞ? 誰も寄ってこない。ちょっと先にいる手相占いのおばちゃんとこには1人来たのに)
午後22時
(何がいけない!? マジシャンとギターの兄ちゃんはおひねりを貰ってるのに!)
午後22時半
(やばいやばいやばい! また手相のおばちゃんとこに来たのに!)
そりゃそうだ。客なんて来るわきゃない。だが悲しいかな、一度鏡を見てこいという人もおらず、自分の人相が今どうなっているか分かっていない幹也は、通行人達をただ見守っているだけだった。
(そうか値段だ! あのおばちゃんは一回1000円にしてる! なら俺は…………俺も1000円にしよう!)
ここで幹也は思いっきり間違った結論を下した。占いを思いつく前に参考にした水晶占いの店の時間制限と価格は、タロット占いには合ってないのだと確信し、それなら手相おばちゃんよりも安くかつ時間に制限を付けなければ上手くいくと思ったのだ。だが、一円でも多くの現金を欲している幹也に、1000円はどうしても譲れないラインだったらしく、悩みに悩んで、結局ライバルと一方的に決めつけているおばちゃんと同じ価格にすることにした。
『タロットカード占い。1回1000円。恋愛、相性、その他色々。当たります』
(これでよし)
本人がよしと言うならよしなのだろう。ライバルのおばちゃんには商売仇めと睨みつけられてるが。だがここでちょっとだけ奇跡が起こった。
(寒いな。フードがあってよかった。……スプリングでもするか)
夜もすっかり更けて気温が寒くなり、彼は汚れたコートに付いているフードを頭に被ったのだ。これで何とか神秘的と言えなくもない格好となり、ついでにスプリングと言う、カードを上の手から一枚ずつ下の手に飛ばしていく暇つぶしを行ったことで、なんかそう言う事に慣れてるっぽい人を演出する事に成功したのだ。
「あ、タロット占いだってー。何かお洒落じゃなーい?」
「あははー! 占ってもらいなよー!」
「どうです? 当たるって評判ですよ?」
(きたあああああああ!)
演出に成功してそれほど時間が経たない内に、いい感じで酔っぱらった女性たちが興味あり気に立ち止まったのを、幹也は内心で叫び声を上げながらこの機を逃すものかとアピールする。
「それじゃあ占って貰おうかなー」
「あはは! 何占うのー?」
「何でもどうぞ」
(勝った! 極貧生活終了!)
しゃがんだ女性達に、何かの勝利を確信した幹也は何を占うかと問う。
タロットの占い方法なんか全く知らないのに。
「じゃあー。わたし―、今恋人いるんですけどーその人と将来どうなるか知りたいなー」
「あはは! あんたそんな人居るのー?」
「うっさーい! あはは!」
「分かりました。では早速…。はいお好きな数を引いてください」
「そんなんで分かるんですかー?」
「はい勿論です」
半分は嘘である。占いの方法は知らない。しかし、カードのことは分かる。数々の世界を旅し、その時マスターカードは出せなかった。
それでも、それでも斎藤幹也は、カードのことなら何でも分かる、何でも使えるのだ。
だからこそ正しく扱える。
「じゃあこれとこれとこれ! 後これも!」
幹也の能力で必然的に選ばれたカード達が、彼にだけ分かる光を辺りを照らし出す。その真実を知らせるカード達こそ……
女帝!
恋人!
戦車!
隠者!
その全てが逆位置! 4つとも! 全部!
「浮気されてますね。近いうちに別れるでしょう」
斎藤幹也。この男馬鹿である。大馬鹿である。正しかろうが、分かろうが、扱えようが、例え真実であろうが、言っていい事と悪い事があるのだ。例えば、
「はああ!? あいつがそんな事するわけないじゃん! この嘘つき野郎!」
絶賛交際中の女性に相手の浮気を告げるとかである。しかも占いの結果で。
「ふんっ! 行こう行こう! 足止めて損した!」
「ねー!」
「あ!? いてっ!? ちょっとお客さんお金! お金―!」
酔いでなく怒りで顔を真っ赤にした女性は友人と足早にその場を去り、一瞬ポカンとした幹也はまだお金を貰ってない事を思い出し、慌てて追い縋ろうとするも、長い間地面に座っていたせいで足を縺れさせ転倒、必死に呼びかけるも全て後の祭り。覆水盆に返らず。
(くく。馬鹿。大馬鹿。人の望んでいることを、それとなーく刺激してあげりゃいいのに。素人。ど素人)
その競合相手の様子を、手相おばちゃんはほくそ笑みながら見ていたのであった。
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