奪われた大切な人。

目が覚めると、ホテルの天井が、見えた。目をこすって、窓の方に顔を向けると、カーテン越しに、朝日が差し込んでいる。朝のだるい身体をゆっくりと起こした。

「おはよう」

 声の方向を見ると、姉は、すでに目を覚ましていたようで、バスルームから出てきて、ゆったり柔らかい笑顔をしていた。言葉に詰まって出てこない。

「何、暗い顔してるの?」

「別に」

「10時に約束してるから、朝ごはん食べて、出かけるよ」

「分かった。」

「ホテルのデジタル時計が7時50分を表していた。」

「はい、はい」

 バスルームに行くと、鏡に眠りが浅かった顔が映っている。冷たい水が、顔に突き刺さる。2月の冷め聞いた空気が心まで染み込んでいくような気がした。


「行けそう」

「うん」

 ホテルの部屋を出て、エレベーターで、朝食を提供されているレストランがある4階のボタンを姉は爪の甲で押した。

 レストランには、ホテルで提供されている浴衣姿の人ばかりだった。私たちみたいにすぐに出かける予定がないのか、余裕のある人たちに見えてくる。

 入口でお盆を取って、並べられた料理をお皿に盛っていく。食欲がないくせに、なぜか、お皿に一杯、料理を乗せたくなる。姉は少し離れてたところで、料理を乗せている姿が見えた。


 姉はすでに、窓際の4人掛けのテーブルに座って、外を眺めている。

「ごめんなさい。先食べて良かったのに」

「いいのよ。少し外も見たかったし」

 姉は外から見える海を見つめている。その顔を見るのが怖くてたまらない。

食事は無言のまま、終わった。姉はほとんど、料理を取っていなかったので、すぐに食べ終わっていた。私は異様な量の食べ物を胃に流し込んでいた。

「よく、そんなに食べるね」

 姉の呆れた声が聞こえてきた。10年間から体重が50㎏は増えてしまって、90㎏オーバーしている。


 部屋に戻らず、そのまま、受付に鍵を預けて、姉の運転する車で、母が亡くなった廃業したホテルに向かうことになった。

 10年前、ホテルの踊り場で、溺死したような母の死体が見つかった。


「お久しぶりです。晶さん」

「久しぶりだね。明華ちゃんも」

「お久しぶりです」

 姉が晶と呼んだ男性と話している姿を少し離れたところから、様子を伺うことにした。私は10年ぶりだけど、姉はよく会っているようだった。

 私はよく知らない人だ。ただ、あの日、堤防で倒れていた私をホテルまで送ってくれたと、後で、姉に教えてもらった。

 

 車を停めた位置から少し歩くと、廃業したホテルの建物の姿が現した。一面が雑草で覆われて、闇のような暗さが漂っている。

「何度か、取り壊さそうって話は出たんだけどね。どこも、解体工事を引き受けてくれなかったのよ」

「そうなの、でも、いざ取り壊されるのも嫌なだな。

「なんで?俺は壊してほしいだよな。2人の母親を奪ったんだから、浩二には償ってほしいだよ」

「でも、実際に殺したわけじゃないし」

 姉と晶の会話を黙って聞くしかなかった。母の死は、どうしても不自然さはあったことは事実だ。浴衣姿だったので、私を探してたとしたら、ホテル内だけのはずだ。遺体は水浸しだったのに、遺体周辺は濡れている様子は何ひとつなかった。


 病院で目を覚ました時に、警察官と名乗る人から、ホテルから抜け出した理由を私に話を聞きいてきた。なので、堤防で浩二という人物と会話して、別れる時、手を掴まれて、それから記憶を失ったことを話した。

「そんなはずはない」

そこに、同席していた医者が言った。看護師は顔を引きつっていた。警察も「お話、ありがとう」と言って、部屋を出て行った。

 医者も看護師も、浩二の話は聞こうとしても「知らないよ」の一点張りだった。不信感しか覚えなかったが、何も出来ない無力さを感じてしまった。

母と姉のことを思い出して、

「なんで、お母さんとお姉ちゃん、来てくれないの?」

看護師が「もうすぐ、来てくれるよ」と言って、急ぐように部屋から出て行った。

 その後、しばらくして姉が病室に入ってきて、

「お母さんが死んじゃったから、お父さんのお墓参り出来なくなった」

「なんで?」

「知らなかったの?」

私は泣きじゃくりながら頷いた。

「こんな時に悪いんだけど、この写真に見覚えある?」

と一緒についてきていた晶が言った。

「浩二」

そう答えると、「いや」と低声を出して姉は絶句していた。

それから、晶は、ある新聞記事を見せてきた。4年前、私たち家族が泊まっていたホテルの駐車場から、車で飛び込んで、無理心中した親子の記事が載っていた。その子どもの名前が『浩二』だった。



 

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暗闇からの誘い 一色 サラ @Saku89make

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