第十三章 騒音は体内からせぐり来て
音声を繋ぐ。
パソコンに内蔵されたマイクがこちらの音を田上に届ける。
「音声がつながったようだな。聞こえてるか受特の面々。」
田上の不快な声が部屋に響く。あからさまに一同は顔に不快感を滲ませた。
「どうして俺たちがハッキングしてるって気がついた。」
自分のパソコン技術に自身があった黒谷は気付かれていることに苛立っていた。
「君たちは真面目に刑事ごっこをしているようだけど、警察内部では君たちのような真面目に頑張る人間よりも、都合の良いように物事を揉み消す人間の方が力を持っていたりするもんだよ。」
「警察内部にこの情報をあなたにリークした人間がいるって事ですか。」
西森が田上に迫る。
「そう言うことだ。君たちと違って捕まるようなヘマはしないし、こうやって事前に対処できる。愚直に感情だけで行動する君達とは違う。」
偉そうに椅子にふんぞり返った田上は挑発するようにカメラに向かって何かを写した。
沈黙が広がる。
それは瓶に入った明らかに肥大した
久保田奈緒の心臓だった。
「なぜそれがそこにある!」
思わず黒谷は大きな声をあげる。
「俺は久保田奈緒を手に入れようとしていた。そこにいる久保田隆弘とともに話していた日に一眼見てから。けど何をしても彼女は手に入らなかった。けどある日彼女の真実を知った。あの診療所で出た異常な血液検査の数値。そして、弟である君に全ての罪を背負わせ彼女が逃げた事も。」
ナイの表情に怒りが満ちる画面に向かって鋭い目を向け覗き込む。
しかし田上の話は止まらない。
「同棲していた男に会いに行こうとしていると察したんでね話しかけた。診療所の医師とともに「君の病気は未発見の異常な物でこのままでは他者に感染させる」そう嘘で脅せばすぐに入院を承諾したよ。男に移したくなかったんだろ。きちんと入院し治療すれば治るからと騙せば大人しく入院に従った。」
誰も動かない。
息さえ拒むほどの緊張が部屋を支配したまま話は進む。
「けれどそのまま入院させていても彼女は自分のものにはならない。だから彼女を奪おうと思った。彼女の全てを奪いたいと院長に相談した。そして全てを捏造した。彼女の検査結果も。エコー映像も。」
西森が机に爪を立てる。ガリガリと木製の机に傷がつく。
「どういう事だ。あの時確かに動く影と肥大した心臓をエコーで確認した。彼女の心臓は肺を圧迫する程に肥大して…」
「作られたグラフィックの映像だよ。そう思わせる為にね。パソコンで差し替えた。そうすれば医師達は興味津々で彼女を殺すだろ。」
西森は己の唇を噛み血を流す。
無言のまま口から溢れる血は顎へと伝う。
「彼女の体調悪化はただの精神的なものだ。そうそう。言っておこう。彼女が人を食らわなければ具合が悪くなると言う奇病にかかっていると思っているだろう。それも間違いだ。」
「なんだと!?」
ナイが再び田上に噛み付く。
「彼女の思い込みだ。彼女が病気だとすればそれは強い思い込みという病気だった。自分は人を食べ続けなければ死ぬと言う彼女の強迫観念。それが彼女の病気だ。だから、長い入院生活で長期間人を食っていないという事が不安要素となり、彼女の体調はみるみる悪くなった。「もっと食べなければ」彼女は自分で自分を追い詰め病気にしたんだ。……その病んでいる彼女の姿が美しかった。そこに一目で気がついて惚れたんだ。」
二チャリと不気味に口角を上げ唇にはヨダレが光る。
この男の口から出るこの言葉は本当なのか。
誰にも本当か知ることは出来ない。
これがこの男の詭弁でもおかしくないのに。
思考はこの話をジャッジできるほど余裕を残していなかった。
「手術で彼女は殺された。修生病院の医師によって。しかし医師達は驚いただろうな。開いてもそこにあるのは普通の心臓だ。
全く普通の人間と変わらない臓器がそこには収まっている。
けれどその医師を抱き込み、摘出を続けさせ、そして処置後に医師に心臓をすり替えさせる。
そう。黒谷くん。君が追い続けていたこれだけどね。これは久保田奈緒の心臓ではない。どこかその辺の牛の心臓だ。」
「あ”あ”あ”あ”っ!!」
黒谷が慟哭を上げる。動けない椅子の上で頭を抱え、天井に向かい叫び声を上げる。
喉が引きちぎれそうな声で。
その声に職員が駆け込もうとした。
野崎はそれを咄嗟に制する。
頼むから今は自分たちだけにしてくれと。
叫ぶ黒谷を西森が抑え落ち着かせる。無理やり自分の顔を見せさせ、「田上の思い通りになるな」と冷静さを取り戻させる。
ちぎれそうな、焼き切れそうな黒谷の喉は声を上げることを辞め、ヒューヒューと掠れた呼吸音を鳴らす。
「いい声だね。続きを話すよ。気になるだろう彼女の行方が。」
田上はニヤニヤと笑いながら1枚の紙を手元に持った。
「西森くん。君も彼女の遺体は見ていないだろう。見たのは彼女の偽の心臓そして、手術結果の記された紙1枚。ただそれだけだ。」
田上の手元に持っていた紙はあの日西森が見た彼女の死亡を知らせた紙面だ。
それを画面へと見せつける。
久しぶりに目にしたその紙片に書かれた文字はあの日と同じ、手術中に様態が急変して死亡した事。
西森は当時を思い出し激しい頭痛に襲われながら画面から目を逸らすがすぐに画面へと目線を戻す。
ここからは逃げないと睨みつけた。
「彼女が死に、静かに横たわっているのを見て満足した。もう自分の手元から逃げないと知ったその瞬間から私の興奮は冷めた。あの彼女の狂気に満ちた目は消えた。もうただの女だった。だから、そのまま業者に焼かせた。業者に引き取らせ血縁者もない人間だからと火葬させ今頃どこかの海にでも撒かれたんじゃないか?興味が失せた。」
3人は表情を変えずに画面を睨む。
もうそれ以上彼らには何も出来ない。この苦しい時間を誰か終わらせてくれ。誰もがそう願った。
しかし田上がこうやって真実を話しているんだ。この画面は本部に繋がれている。
少しでもいいこいつに事件の事を吐かせないと。
野崎は使命感で声を振り絞る。
「田上さん。貴方は久保田奈緒を手に入れるためそのような事を行った。なら。国被連続殺人はなんの為に起こしたのですか。また彼女の代わりに誰が欲しかったんですか?」
「ああ、あの連続殺人。知りたいか?本当の事。」
全員が固唾を飲んで見守る。
真実が見えない。
真っ暗な中に残された今、この男が紡ぐ嘘のようなこの話しか出口が見えない。
「俺はやってない。」
もう何が真実なのか。
これは全てこいつの詭弁なのだろうか。
何も信じられない。
野崎は田上に説明を求めた。
「久保田奈緒の死後私が興味を失ってから、久保田隆広くん、西森くん、黒谷くんそれぞれの事件を知った。そこから私の興味は君たちに移ったんだよ。狂気を孕んだ人間。君達に。」
3人はそれぞれ背筋をゾクリと震わせた。
久保田奈緒に見出した狂気を、次は自分達で…
この男は狂っている人間なら誰にでも興味を持ち興奮する。
そんなこの男の格好の的となっていた。
「君達に興味を持った時、現在進行形で起こる殺人事件を見つけた。
国被連続殺人事件。この殺人鬼にも当然興味を持ったし調べた。
そうして、犯人にたどり着くことが出来たんだ。そこで思いついた。
受特のシステムを使えば君達を巡り合わせられる事を。
久保田奈緒で繋がった君達が出逢えば苦しみをもがくその姿を見れると。
だから、国被連続殺人事件を使って君達を集めたんだ。」
「集めただなんて!貴方になんの権限があるんですか!」
野崎は声を荒らげて田上に詰め寄る。
「まぁ待て、順番に話そう。君達が苦しんで狂気をぶつける所が見たかったんでね。初日から君達が捜査で苦しむ所全て見させてもらった。防犯カメラの映像を共有してもらってね。
そして、君達がぶつかって過去を話し推理も進んで楽しそうだったんでね、その推理に乗って犯人の代わりに裏サイトに書き込んで誘い出した。
あえてセキュリティを外し、久保田隆広くんが気付くこの部屋のパソコンで。」
ナイは悔しさで、拘束された服の中で爪を立てる。ギリギリと強く爪をたてたようで服には赤く血が滲み始める。
その痛みでなんとか冷静を保つ。
叫び出しそうな感情を痛覚で押し止めた。
「私の見たいものは沢山見れた。さぁこれをどうやってこなしたか。君達を集め、防犯カメラの映像を手に入れ、君達の動きを知る。国被連続殺人事件の犯人を知ったと言っただろう。その人物を脅して使った。その人物は警察関係者だ。君達のすぐ近くの。」
全員の目が見開かれる。
全員の視線は野崎のスマートフォンへと注がれる。
まさか まさか まさか。
「その人物の名前は…川原拓海。野崎くん君の大好きな先輩だよ。」
目眩を起こす。
見ていた画面が遥か遠くに感じる。
視界が眩しく意識がふらつく。
動悸がし、呼吸が上手くできない。
野崎はその場にいる事だけで限界だった。
「野崎さん!野崎さん!」
「野崎ちゃん!」
「野崎さん!」
3人の声が頭に響く。
3人の呼び声が引き戻した意識は景色をグラグラと揺らしていたが、数秒ほどで焦点が定まる。
「野崎さん。ゆっくり呼吸してしっかりと深く。」
西森の指示に従う。
次第に落ち着きを取り戻し、何度も頷いて無事を知らせる。
「田上さん…それは…嘘ですか?私を動揺させるために、揺さぶるためですか?」
野崎が懸命に聞き出す。
「真実だよ。彼は久保田奈緒と同じで自分の狂気に囚われている。自己顕示欲、誰かに自分を知らしめるために殺人を繰り返す。
そうしなければ自分が消えてしまうんだろう。
正に久保田奈緒も川原も狂気に生かされた人間だ。
川原は警察関係者だからねどこならば死体が見つけられやすいか等知るのは容易だっただろう。
犯行を続けるには最高の条件を持った人物だ。
それでバレないと高を括っていたようだ。
私は慢心した川原を君達と同じように推理して突き止め脅した。
そして、受特で君達を集め捜査させた。
だから、この画面は今頃本部で見られていないだろうし川原が細工しているだろう。
君達が足掻いても私に届かないし裁けない。」
どうして
どうして
「どうして!!!!」
野崎が叫んでいた。
「なんの為に!?なんの必要があるの!?」
「狂気に生かされているんだよ。私も」
理解のできない言葉、なんの一欠片も同情などない。
ここまでの数日、殺人鬼である3人への感情移入に苦しんだ。
狂っている人物であろうと彼らを許そうとした、自分が狂気に染っていると感じた。
違う。本当の狂気はもっと色濃く
理解なんて届かない所に横たわっていて
知る事を脳が拒むほどだ
根本が違う
この狂気は体が拒絶するほど意味不明で3人と明らかに違う。
野崎はどうしてと何度も強く叫んだ。
理解のできない世界に向かって。
この時だけは心から素直に。
世界に向かって不条理を叫べた。
初めて叫べた不条理は部屋とマイクに吸い込まれ静かに消えるだけだった。
この冷たい部屋で繰り広げられた長いようで短い数日間
もう少しで終わりを迎えようとしている今
誰が野崎の叫びをまともに受け止められているだろう
振り絞ったどうしてが
世界に向かって言えたとしても
それは静かに掻き消えるだけ
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