第十二章 気がつけば遠雷は庭で鳴っていた
全員の呼吸が落ち着きを取り戻し、静かな呼吸音が聞こえる。
西森が本を置きナイに話しかけた。
「君のお姉さんが。久保田奈緒さんが言っていた「自分を殺したあの子」は君だったんですね。」
「姉がそんな事を言っていると思いませんでした」
「他にも言っていましたよ。今思えば彼女と話した中に出てきた登場人物はどれも黒谷さんとナイさんだったんですね。」
「俺の話もしてたのかよ。聞きたくねーよ。何言われてるかわかったもんじゃねー。」
3人は揃って少し笑った。
野崎は笑う3人を見て切なく笑った。
彼らは一人の女性を取り巻く出来事に巻き込まれ、今殺人鬼としてここに居る。
もし、彼女が最初の殺人をしなければここに誰もいなかったかもしれない。
彼女の罪は?
彼女は裁かれていない。
けれど彼女は不条理に命を奪われもうこの世に居ない。
なら、彼女を殺した罪は?
何も裁かれていない。
この世界は何も真実にたどり着いていない。
こんな大きな世界で、大層な警察組織を構えて、権力を持とうと人間を束ねようとも何一つ暴けていなかった。
ナイが守るために吐いた嘘が
黒谷が純粋に求めて貫いた愛が
西森が許せず叫んだ歪んだ正義が
今日まで全ての真実を隠してきた。
野崎はこの真実にただ絶望した。
もう、何も出来ないからだ。
こんなにも悲しい話を聞いても自分は何も出来ない。
どれほど辛くとも彼らが選択した過ちは許される事は無い罪に変わりはない。
彼らがした行為は許されない。けれど今の野崎に彼らを責めることは出来なかった。
どうして、彼らを救えないんだろう
一段落した時に再びナイが話し出した。
「と言う事で、田上という人間の事はわかってもらえたと思います。なので…野崎さん。彼を捕まえると言うなら障害が多すぎます。俺の父も含め権力者が阻むでしょう。貴方が無事だと言いきれません。」
「そうだとしても!私は、絶対に田上は許せません!何としてでもストーキングも殺人も罪を償ってもらいます。」
言い切った野崎を見て西森が口を挟む。
「忘れないでください。野崎さん。それは僕達もなんですよ。」
ドキリとした。
図星だった。
彼らを責めることは出来ない等と言いながら、私は田上を責め…
それを選ぶ権利はどこにある。
私には無い。
「僕達も殺人犯。気を許しては行けないとあの時言ったでしょう。僕達は道を逸れた時から許されない存在で、死ぬことでしか償えない罪な んです。僕達のしてきた事は。……いや、ナイさんは…被っただけですね」
そう言われたナイは首を横に振る
「被っただけじゃないです。それだけの人間の死を隠して全てを騙してきたんです。俺は殺したのと同じです。亡くなった人全員の真実を殺したんですから」
「お前、だから刑務所員全員外に出したのか。お前が本当の犯人じゃねぇって明るみになればややこしくなる。職員に聞かれて噂話になるだけでも充分厄介だしな。」
黒谷に言われてナイは頷いた。
「だから、俺は全員殺してるんです。野崎さんどうか受特を受けた時の約束「ずっと捕まえていてくれ」を破らないで下さいね。俺はこのまま姉の為に存在したい」
「…わかりました。約束は守ります。ただ、とにかく今は…田上を。もし私に何があってもこの事だけは。田上だけはケリをつけます。」
複雑な表情をしていたが、野崎が田上を捕まえると言う気持ちに揺らぎは無いのだろう。
その表情に3人も何か納得を得たようだ。
「じゃ、どうする。田上の事捜査本部の奴はどこまで掴んだか聞いてみるか?」
黒谷の提案に従い川原に電話をかける。
「もしもし。野崎です。その後田上の件はどうなりましたか?」
「お疲れ。川原だ。今電話しようとしてたところだ。おい野崎。この件は手を引いた方がいいかもしれんぞ。」
「どういう事ですか?」
「前にも話しただろ。触れてはいけない事件ってのがあるって」
「ちょっと待ってください!田上が権力者と繋がりがあるからですか!?何か圧力がかかってるんですか!?」
「でかい声を出すな。いいか。俺から言えるのは以上だ。おそらく明日にはその受特メンバーも捜査本部も解散だ。そんなややこしい捜査しなくても本部でまたお前は普通の捜査に戻れる。」
「待ってください!そんな簡単に解散なんておかしいじゃないですか!!」
叫び声を上げる野崎。
しかし彼女も理解している。
叫ぼうとも、敵わない力がある。
それはこの数日間の彼らと過ごした時間で学んだ。
やるせない。やりきれない。
何も出来ない自分に腹が立つ。
電話口から川原の声で「要件は以上だ。切るぞ」と無情にも電話は切られ断続的な電子音だけが流れた。
野崎の様子を見て3人も何が起きたかを察した。
呆然とする野崎に西森が本を置き声をかけた。
「僕なら。貴方のその苦しみを解消できますよ。」
「え…?」
「貴方が望むならここで暴れて、無理やり脱走し、田上を殺せる。どう転んだって僕は死刑です。あと1人2人増えても変わらない。ここにいる2人もだ。男3人がかりで暴れてあなたを人質に外まで行けば騒いでる間に抜け出して1人殺す間くらいの時間は稼げるでしょう。」
彼はふざけているのだろうか。
けれど至って真剣に真っ直ぐな目だ。
きっと本気なんだ。
彼らはこんなにも非常識的な答えを出して足掻いてきた人達だ。
非常識だろうと、それでしか自分の苦しみを解消出来なかった人達。
彼らにとっての解決方法。
それが殺人。
だから彼らは今ここにいるんだ……
「貴方が望むなら。僕は構いませんよ。おそらく2人も、久保田奈緒の事が絡んでいるのだから、田上を消せるならなんの苦でも無いでしょう」
その言葉を聞いて2人を見れば当然だと言わんばかりの表情で頷いた。
彼らは久保田奈緒の為に全てを失い、久保田奈緒の為に全てを奪ってきた。
その彼らと同等の覚悟は私にあるのだろうか。
私はずるい。
どの決断もできない。
殺すなとも、殺せとも、捕まえろとも。
どれも出来ない。
なんの力も持たない私に何ができるだろう。
悔しくて涙を流せば西森がまた声をかける。
「それでいいんですよ。大体の人は何も選べないんだと思います。貴方は選べなくて、そのままでいいんです。」
西森の言葉に悔しさと違う涙が出る。
その時画面を眺めていた黒谷が声を上げた。
「おい!こいつ田上じゃねぇのか!?田上がパソコンの前に来たぞ!」
黒谷の声に集められ全員が画面を覗き込む
そこにはスーツを着た一人の中年の男性が座った。
「そこで見てるんだろう。受特の人間たち。話をしようじゃないか。」
突然こちらに向けられた声に一同が驚いた。
今憎い田上がこちらを見ている。
全員からの憎悪が画面に向けられる。
剥き出しの怒りが全員の思考を染めていく。
ちぎれてしまいそうな少しだけ繋がった理性。
息を飲んで震える手で黒谷は通話のボタンを押した
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