第4話:結果論的にではあるにせよ、レズの私なんかが、そんな日に逢えるわけない。

そうだ、私と美月みずきは似てる。

陽の当たらない木陰の植物のような肌の白さも、

華奢な体躯と小さな肩幅も、

あまりに細くて真っすぐな黒髪も、……

身長は私の方が高いけど、

視力が弱いのも、

怜悧で醒めた印象の眼元も、

言われてみれば、確かに似てる。

と、思う。


「ご姉妹きょうだいですか?」


ショッピング・モールでの買い物デートで、

女性の店員さんにそんなこと言われたりして、

実はこの瞬間まで、

似てるなんて思ってなくて、

その意外な言葉に、

驚いて、

返す言葉が見当たらず、

固まってしまっている私の肩先を、

美月は人差し指で突っついて、

ハッと振り向いたくちびるに、

下からそっと、くちびるを重ねてきた。


え?


私は混乱にふたたび固まってしまう。


軽めのキス、

くちびるの先にちょっと触れるくらいの。


一秒間、

短いけど、無視できないくらいの時間。


美月の、明確な意図を感じた。

わざと、——

美月は離したくちびるで、くすっ、と笑って、

小さなあごを可愛く引いて、

流し目で店員さんの表情を横に見ながら、


「姉妹です」


と答えた。

少し挑戦的な、いたずらっぽい瞳の色。


*******


美月に、

歳の離れた兄がいる、という話は聞いていた。

話す時のしぐさや、

ちょっとだけ高くなるその声から、

そのお兄ちゃんのことが大好きなのだ、

ということも知っていた。

さらに言うと、

その時の妖しいの瞳のきらめきから、

特別な感情を抱いていることも何となく察してはいた。

でもそれは、

思春期にありがちな、

ごく一時的な錯誤のようなものなんだろうとタカを括っていた。


のかも知れない、——


今はしかし、私はそう思う。

いや、確信している。のだ。


*******


最近の私は、何だかおかしい。

ほんとうに変だ。

ずいぶん打ちのめされてしまっていた。

なんだか叩きのめされてしまっていた。

何かショッキングな出来事が出来しゅったいしたとか、

別にそういうことじゃない。


「その日は家族と出かけることになっているの、ごめん、……」


そんなことだ。

誕生日の話だ。

美月の、十七歳の誕生日、——


「いいよ、気にしないで、その代わり」


美月のきれいな髪を指できながら、

私は、にこっ、と微笑みかける。


「別の日に、ちゃんとお祝いさせて」


「うん、ありがとりん、……」


そして、笑顔で別れた。

いつもの駅のバスターミナル。

何となく、浮かない気持ちだった。


十七歳の誕生日って、やっぱり特別だ。


十六歳までは、まだ子どもだと思う。

十七歳からは、もう女性のような気がする。

何だかうまく言えない。

恋してもいい、そういう年齢だと思う。

オトコの人から見て「女性」たりうる、そういう年齢だと思う。

そう、十七歳は「子ども」じゃなくて「女の子」だ。


オトナへの階段の、最初の一歩。

その誕生日を、その日に祝ってあげたかった。

一緒に過ごして、家族のようにお祝いしてあげたかった。


頬が、あごの先が、何だかくすぐったくて、

歩きながら、

私は自分が泣いてしまっていることを知る。


私、やっぱりおかしい。

そう思う。

かなりおかしい。

泣いちゃってるなんて、……


だって、

逢えるわけない。

そんな特別な日に一緒にいられるわけない。


お父さんと、お母さん、

……ひょっとして、

大好きなお兄ちゃんだっているかも知れない。


結果論的にではあるにせよ、

レズの私なんかが、

そんな日に逢えるわけない。

当たり前だ。

家族とは違うのだ。


それでいい。

それで問題無いはずだ。

私にだって家族はいるし、

美月とは、人目をはばかる特別な関係、——

それでいいはずなのだ。


なのに何で?

何でこんなに切ないのだろう?


んっ、えっ、うううーっ、ううーっ、ううーっ、


私は、歩きながら、声を上げて泣いてしまって、あーあ、完全にアタマのおかしいオンナだワタシ、と思うんだけど、止めることが出来なくて、どうしても出来なくて、だって、美月が、誕生日なのに、誕生日なのに逢えないって、そんなことを思っていたら、悲しみが、いや愛しさが、どんどん込み上げてきて、どんどん溢れ出して、歩きながら号泣するアラサー女の姿に、みんな怖れをなして、びっくりした目になったり、後退ったりして、あーやばいなこれは、他人事みたいにそんなことを思ったりして、私はその場にしゃがみ込み、両手で顔を隠して、子どもみたいに、小学生の女の子みたいに、しゃくり上げて泣いた。


泣きながら、どこか遠くの方に、ぼんやりした別の自分がいて、その別の自分が、自分の泣き声を聞きながら、


——お父さんもこんなふうに、悲しかったのかなあ?


のんきにそんなことを考えていた。









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