第2話:きれいで、可愛くて、愛しくて、とても特別な女の子、——

私、雪ノ下 りん と、

あの子、水森みなもり 美月みずき との関係は、

短い間に、劇的に深まって行った。


ジェット・コースターに乗っているような、

訳が分からないまま、

眼をつむって、

ただ無我夢中でしがみ付いているうちに、

こちらの意志とは関係なく、

どこかに、高速で連れ去られて行くような、……


美月は、市内のミッション系の私学に通う、高等部の二年生だった。あのケーキ屋さんにはアルバイトの面接で来ていたのだという。店員さんと話していた時のまじめで真摯な表情は、そういう訳だったのだ。


*******


SNSのアドレスを交換して、すぐに会う約束をして、はなし下手を考慮して、無難に映画を見に行って、アーミーグリーンのシャツジャケットが、意外でなんだか可愛くて、腕の白さが目に沁みるようで、とてもドキドキしてしまって、照明を落とした劇場シアターの中、隣りあったシートの肘掛で、まだ本編も始まらないのに、手と手を握り合った。湿り気を帯びた肌の感触に、夢中で、……夢中で指を絡め合った。


シネマ・コンプレックスに隣接したショッピング・モールの、ちょっと広めの静かなカフェで、ふたりで向かい合って話をする。赤くきれいに上気した頬と、少しだけ潤んできらめく瞳が、とても可愛くて、ちょっとだけ色っぽくて、私はぼんやりと見惚れてしまって、それでなんだか気まずくなったりもして、でも笑み崩れる高二女子の、その無邪気さに救われたりして、なんか、なんかしあわせな気持ち。


きれいで、可愛くて、愛しくて、とても特別な女の子、——


気が付いたら夕暮れ時で、家の近くまで送り届けた時にはもう夜になっていて、でも美月みずきは帰りたくないふうで、


「ごめんなさい、変だよね、でもまだ一緒にいたくて、……」


と言って子どもみたいに泣いてしまって、私は、愛しさを抑えることが出来ずに、彼女の小さな肩と背中を、ぎゅっと、強く抱きしめ、嗚咽にわななく濡れたくちびるを、吸った。


*******


明け方、まだ暗い時間に目を覚ました。

夢を見ていた。


お父さんの、夢だった。


とても楽しくて、幸せで、満たされている気分の夢だ。でも目を覚ますと、私はその夢の内容を、完全に忘れてしまっていた。全く、思い出せない。とても幸せだったのだ。とても愛されていた。でもどんな夢だったのか、どこにいて、何をしていて、どんなことを話して、何がそんなに嬉しかったのか、何ひとつ、憶えていないのだ。


「んっ、……」


涙が込み上げてくる。


「えぐっ、……」


夢の中の、そのお父さんの表情すら、思い出せない。


「おとうさぁん、……」


私は泣いてしまった。

お父さんは、

お父さんはもういないのだ。


なんでだろう?

私は思う。

なんで今頃になって、

お父さんがいなくなったという事実に、

こんなにも打ちのめされてしまっているんだろう?


*******


公立高校の事務職として、私は勤務している。なので美月みずきと同じ年齢の女子生徒を日常的に目にする。そして、私はやっぱり同性には興味が無いんだ、という事実を再認識するに至る。何も感じない。まして高校生、要するに子どもに対して、性的な衝動を覚えてしまうことなど、完全にあり得ない。


最近は高校生でもきれいな子が多い。みんな色が白くて、脚だって結構長くて、スカートの短さと相まってセクシーな子とか、そんなの別に普通にいる。


美月は、どちらかと言えば「地味」な部類に入るのかも知れなかった。きれいだけど、可愛いけど、それは私から見た場合で、客観的に見て、そんなに目立つ感じじゃない。細くて華奢な印象だけど、スタイル抜群っていう訳でもないし、髪もまったく染めたりしてない。スカートだって校則の決められた範囲の長さだし、何かアクセサリーを着けているという訳でも無い。或いは美月は、年齢よりも子どもっぽいのかも知れなかった。


でも、

私は思う。


彼女の、美月の魅力は、私だけが知っていればいい。美月の清楚でクールな美しさと、私に向けられたその情熱的な眼差しは、私だけのものだ。


校内の廊下を書類を持って歩きながら、私は美月に逢いたくてたまらなくなる。


美月の、子どものような小さな肩と、たより無げな二の腕の、その柔らかな感触が、書類を持つ手のひらに甦える。


美月、私だけの、……


呼吸が、乱れてしまう。私は、熱く、震えるため息を、まわりに気付かれないように、そっと、ひとつだけ吐く。


「お父さん、……」


ため息と一緒に、すべり出た言葉。意外な言葉に、驚き、凝然とする。どうして、……


気分を変えたくて、廊下の窓に視線を投げる。窓に映る、眼鏡をかけた私の顔は、意外にも冷たく醒めた感じで、見慣れた、いつもの私だった。


きっと疲れてるんだ、

そう思った。

最近の私は、ちょっと変だ。


そう思った、だけだった。
































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