第41話 最終回5 精霊史、始まりの日 最終決戦
「それでは戦闘に入ります。ミュールによって呼び出された巨大な芋虫は彼女を飲み込み、あなたたちを無視して自身に糸を吐きます」
「げー、私こういう虫苦手なのよ〜」
俺の描写にゲンナリとした声を上げる須山さん。
気持ちは分からなくも無いが、それは無視して、俺は描写を続けることにした。
とにかく話していないと、取り繕(つくろ)った化けの皮がはがれてしまきそうだった。
「瞬く間に糸は硬質化、あなたたちから見ると芋虫の精霊鬼は巨大なサナギとなります。それでは一ターン目、行動順を確認します」
行動を行う順番はギムレット、シャンディ、マティーニ、シェイクステア、ガフ、サナギの精霊鬼、の順。
一同困惑の表情が見て取れる。
突然、巨大なサナギが現れてラスボスですと言われたら確かに困惑するだろう。
俺はする。
「……GM、ギムレットの知識でこの精霊鬼について調べることはできる? とにかく敵について知らないと何もできない」
ギムレットの順番になり、プレイヤーの黒木さんが声を上げる。
確かにギムレットは、前のシーンで、精霊鬼のことについて知識があったと演出した。
ならばそれに絡めていこう。
「分かりました。精霊鬼の知識を持つギムレットは知力で判定をして8以上なら何が起こっているかを理解します」
「となると、ダイス目7以上」
黒木は一度呟き、軽く手を振りダイスを机に転がした。
机を叩く音が鳴り響き、少しあってダイスが停止する。
「……出目は8。半分にして4、知力を足して8だから判定は成功」
「分かりました。そうしたらギムレットは精霊鬼の知識の中から、敵の行動を推察できた。というわけでこの戦闘のギミックを説明します」
俺はパーティ全員に今回の戦闘の仕組みを説明することにした。
「まず、このサナギは一定ダメージ、もしくは5ターン経過後、成虫となりあなたちに襲いかかります」
「GM、ミュールはどうなったの?」
加美川先輩が質問を投げてくる。
ミュールはもう死んだことにしていたのだが、ふと今、説明したしたギミックに絡めたアイデアが浮かび、俺は付け加えることにした。
「サナギは一ターンに一つミュールから能力を吸い取り、5ターン終了後、ミュールは消滅してしまいます。成虫になればミュールの状態は保留され、精霊鬼を倒したあと状態に応じて、彼女の生死が決定となります。もちろん負ければ元も子もなしです」
「なるほど、まだ彼女を助けることもできるわけね」
「はい」
なぜ加美川先輩がミュールにこだわるのか分からないが、俺の土壇場で追加したギミックは、彼女のモチベーションを上げたらしい。
「能力も早く羽化させた方が敵のHPやステータスが低く設定されます。ちなみに5ターン経過後に羽化する場合はルールブックと同じスペックに、プラスしてミュールの能力を得ている精霊鬼と戦うことになります」
「よし、みんな全力で殴るわよ!」
加美川先輩の号令で、行動指針は決まった。
「シャンディのターン! 二丁拳銃で攻撃! クリティカルなし命中は14と13」
「見た目どおりよけれないのでダメージどうぞ」
「術ダメージで16と、17」
33点ダメージ、200ダメージを羽化するポイントにしているので進捗は順調に進みそうだ。
テスト戦闘時は3かや4ターンで羽化したが、シャンディの攻撃的な成長のおかげでテスト戦闘時より羽化が早まりそうだ。
「次は私の番ね! 【精霊術の強化】ーー成功! 【限界圧縮】ーー成功! 【精霊術:炎】で攻撃。ーークリティカルなし命中25」
「ーーこちらもクリティカルなし。当たります」
「固定値は12、ダメージダイスは2、8、5。2のダイスを10にして合計27ダメージ」
これで累計60点。
防御値の計算が入らないとシャンディの威力の方が高くでているのはちょっと驚きだ。
「次はシェイクステアだな! 【術纏】ーー成功。【棒術の極意】で攻撃ーークリティカル! 二回目はなしだ」
「ーー無理です。ダメージください」
「固定値18、ダイス目は12。合計30ダメージ!」
サナギへの累計は90ダメージ、残りは110点。
「次はガフの番、どうしますか?」
「んー、そうね」
行動には迷いのない須山さんが珍しく少し悩んでいる。
数秒考えた彼女はこちらに提案してきた。
「GM相談なんだけど、ショートソード二本投擲したら、一本ぐらいギムレットのところに落ちない?」
「えっ? んー……」
面白い提案が飛んできて、俺は少し悩む。
この提案はゲームをしいてはこのシナリオを真剣に攻略しようと考えてのアイデアなのだろう。
だとしたら俺が出す答えは一つだ。
「分かりました。オッケーです。ただし攻撃後、ガフには幸運判定をしてもらいます。そこでファンブルを出たら剣はガフに戻ってきます」
「さすが話がわかる! ガフの攻撃、ショートソードを二本とも投げる【二刀の心得】ーー成功! 【投擲の心得】ーークリティカルは二つともなし!」
「ーー命中します。ダメージください」
「ダメージは12、10。ついでに幸運判定もーーファンブルなし、ショートソードがギムレットのそばに落ちるわ。ーーギムレット、お前は恋敵(こいがたき)だが、いまはそんな場合じゃない。その剣を貸してやる! 一緒に戦うっすよ!」
(おお、なんだか熱い場面に)
何をやっても面白いことに着地してしまうガフだったが、この展開は良い。
いがみ合っていた二人が共通の敵を倒すために肩を並べ戦う、まさに王道な展開じゃないか。
「……【悪意の看破】をガフに」
「げへへへ、これであいつが精霊鬼に近づいて、精霊鬼が羽化すれば、攻撃に巻き込まれてお陀仏間違いなしっす。ーーって何言わせるのよ!」
びっくりするほど、台無しだった。
ガフの見せ場は一瞬で終わった。
「えー、拾うかはギムレットに任せます」
「……そうする」
そんな茶番もあったが、累計ダメージは100を超えた。テストプレイでは一ターン目は70前後ぐらいだったが、ユニークアイテムのおかげか、だいぶ進捗が良い。
「そうしたらサナギの精霊鬼の番ですね。ミュールから能力を一つ吸収します」
吸収する能力は公開しないが【精霊術の全体化】を選択。
そして二ターン目に突入した。
「ギムレットは剣を拾って攻撃。ダメージ14」
「二丁拳銃で攻撃! ダメージ18と19!」
「同じ組み合わせの精霊術で攻撃! ダメージは26!」
「シェイクステアもだ! ダメージは28」
各員の攻撃でサナギへの累計ダメージが200点を超えた。
「それではサナギにヒビが入り、中から本体が姿を表します」
俺は一度、戦闘の進行を止め、描写を行う。
「出てきたのは4メートルはある巨大な蝶のような、蛾のような魔物です。羽や鱗粉は黄金に輝き、体は光沢のある頑強そうな甲殻(こうかく)で覆われています。ただしサナギから出るのが早かったからか、羽がしわくちゃに萎(しぼ)んで、空は飛べそうにありません」
「来たわね」
加美川先輩がついに現れた精霊鬼にたいして、お約束の言葉を吐き出す。
俺はシナリオシート上の精霊鬼のステータスを書き直した。
加美川先輩の言葉に俺は頷き、ラストバトルの再開を告げた。
「サナギの精霊鬼の呼び方を蝶の精霊鬼に変えます。行動順はそのままで、戦闘再開です」
「よしガフからね! うおおお、ギムレットばかりにカッコつけさせないと、ガフは精霊鬼に突進。そのまま【二刀の極意】ーー成功! 【剣の極意】の二連撃をくらえ! 命中は12、16!」
「こちらには回避スキルはないけどーーダイスで8。半分の4で一撃目を回避。二回目はーー回避できない」
「ダメージロール! ダイス目は8と8、合計は22点!」
「む、ダメージが入ります」
本来ならこのダメージでは精霊鬼の装甲は貫けないが、今回はサナギの羽化が早まったせいでダメージが通るといった設定だ。
現在の防御力は15なので7ダメージ。残りHPは193。
「そうしたら、精霊鬼の順番ですね。ミュールから得た【精霊術の全体化】――成功。【限界圧縮】――成功。【精霊術:雷】で全体攻撃!命中は31!」
「うお、まじか!」
「うーん、無理だ」
「なによそれ!?」
「……クリティカル以外ダメ」
「避けられそうにないわ」
各々回避のダイスを振るが、高い命中の値に回避は失敗。
精霊鬼の精霊術は全員に命中した。
「ダメージは固定値15から――ダイス目は1と4。限界圧縮で1を10にして、足して術ダメージ29点です」
「なんだって!?」
プレイヤー一同から阿鼻叫喚が上がる。
だが、全員HPは40以上のはずだからまだ誰も倒れはしないはずだ。
たが、少なくともマティーニ、シャンディ、ギムレットの三名は次の全体攻撃で倒れるだろう。
ガフとシェイクステアも前衛特有のHPの高さはあるはずだが、クリティカルが乗るとどうなるかわからないラインだ。
(さあ、どう戦ってくる――)
「……ギムレットのターン。ここは――」
手の甲を唇に当て、しばし考える黒木さん。
ギムレットが選べる選択肢はおそらく三つ、【戦略の心得】でパーティの命中・回避を上げるか、【生命の指輪】を消費しパーティのHPを回復させるか、敵の情報を調査するかのうちのどれかだろう。
攻撃をして戦闘を終わらせるという役割から外れている分、ギムレットは戦闘中でも考えることが多い、扱いが難しいキャラだ。
ややあって、黒木さんは考えをまとめ、ギムレットの行動を宣言した。
「ここは【生命の指輪】を消費してパーティー全員のHPを回復する」
そういいダイスを二つ転がす黒木さん。出目は14。パーティ全員14点のHP回復が行われた。
「……これでギリギリ一回耐えられる。運が悪ければダメ」
「だったらダメになる前に倒さないと。シャンディのターン【二刀の極意】ーー成功。【飛び道具の極意】ーー命中は18と、クリティカル! 連続はなし」
「ーー出目が届かない。それは回避できません」
ここは攻撃に回るのが最善手と判断したシャンディが果敢に攻めてくる。
傷薬などで単体回復もできるが、全体攻撃の前にはジリ貧になる。
とにかくダメージを与えなければ倒すことはできないのは確かだ。
「ダメージは一回目術ダメージ19点、クリティカルの二回目3、7、10で術ダメージ28点!」
これで精霊鬼のHPは166になった。
術に対する防御を落としすぎたっただろうか。
いやいや、まだまだHPはある。
「次はマティーニの攻撃。そんなところ引きずり出して、きっちりお説教してあげるわ! 【精霊術の強化】【限界圧縮】ーーそれぞれ成功。【精霊術:炎】ーークリティカル! もう一回ーークリティカル!」
ここに来て加美川先輩のダイスが荒ぶり始めた。
二連続クリティカルの前にもちろん回避をしくじる精霊鬼。
加美川先輩が5個のダイスを用意し、机に放る。
けたたましい音を立てながらダイスは回りーー
「ダメージは8、3、7、10、5。【限界圧縮】の効果で3のダイスを10に変更、固定値は12、ダメージの合計は52点!」
「なんですかそれは!」
いくならなんでも目が良すぎる上に、一つ数字が少なくてもフォローできる。
調子づいた先輩、いや、マティーニの火力は恐ろしく高くなっていた。
(これは想定外に減らされているぞ)
「次はシェイクステアだ!【術纏】ーー成功!【棒術の極意】ーークリティカルなし、命中18」
「回避技能がないから、クリティカル狙いでーー無理です」
「よし、固定値は18から、ダイス目は4と9で13、31点ダメージだ」
精霊鬼の防御力を引いて16ダメージ残りHPは108点。
もうすぐ折り返しだ。
「そうしたらガフの攻撃! さっきと同じ二回攻撃よ! 技能判定ーー成功。命中はーーよっし、クリティカル! 連続はなし。二回目!ーー命中は15」
「ーーこっちの目では避けられません。ダメージどうぞ」
「うおおお、この一撃をシャンディに捧げるつもりで、いけぇ!ーー一撃目は24、二撃目は12」
「そうしたら二撃目は弾かれます」
ガフからの攻撃は一撃目のダメージが通り9ダメージ。
残りはHPは99となった。
クリティカルが多くでたことを加味すると、次の次のターンで決着がつきそうだ。
「だいぶダメージをもらいました。蝶の精霊鬼は一度体制を崩し、体の一部を崩落させますが、再び立ち上がり、あなた達に先ほどの攻撃を放ちます」
そう俺は宣言し、ダイスを振る。
クリティカルがでたら多分、このゲームはここで終わってしまうだろう。
それはつまり、加美川先輩と遊ぶ時間が、終わってしまう。
赤い透明のダイスがテーブルを転がる。
一つ目の技能は成功。
二つ目も成功。
三つ目、攻撃の命中判定だ。俺はダイスを4つに増やして、まとめて転がす。
2、3、9、……1。クリティカルはなしだ。
「術は全体がされ、全員を襲います。命中は23です」
俺の宣言に、それぞれ回避判定を行うが全員失敗。
俺はダメージの決定をするためダイスを振るった。
「ダメージは術で33点です。倒れた人は申告お願いします」
「マティーニは一桁残っているわ」
「同じくシャンディも」
「……ギムレットも耐えた」
「シェイクも立っているぜ」
「ガフもよ! 告白するまで死ねないぜー。ってね」
うまい具合でギムレットの回復が噛み合ったのだろう。
どうやらまだまだ戦いは続きそうだ。
俺はほっと一息ついたあと、ダメージの流れをチェックした。
クリティカルが多く出たことで、なんとか精霊鬼のHPを半分まで削れている。
だが、この後も、このターンのようにクリティカルがそうポンポンと出るものだろうか?
全体回復する手段のない彼らは、次の精霊鬼の順番まで順番を回したら全滅がほぼ確定する状況だ。
先ほどよりももう少しだけダメージをあげないとこいつは倒しきれない。
「それでは次はギムレットの番です」
俺は戦闘を進めるために黒木さんに声をかけた。
「……さっきの描写で、敵にもそれなりのダメージが入っているはず、ならばやるべきは――」
黒木さんはじっと自身のキャラクターのステータスを確認して何か手はない模索しているようだ。
ややあって、黒木さんは次のギムレットの行動を選択した。
「ここも賭け。ギムレットはショートソードを使って攻撃。たぶんクリティカルじゃないと当たらない……ーーきた、クリティカル」
「な、なんだとう!?」
連続で発生しなかったが、これは完全に流れを生む一撃だ。
もちろん攻撃は精霊鬼に当たった。
「固定値は4、ダイスは3つ、行け!ーー9、10、4、ダメージは27。剣を突き立てる!」
「ダメージ通ります」
精霊鬼に12ダメージが追加、10面ダイス目の中央値が5だから、およそ2個分、つまりクリティカル2回分を稼いだことになる。
残りHP87。よもやギムレットに剣を渡した、須山さんの提案がここで効いてくるとは。
「続いてシャンディも! 同じ技能で、同じ攻撃! ――技能判定は成功。命中は19と18」
「む、クリティカルのみです――精霊鬼は回避できず、魔法の弾丸に貫かれます」
「ダメージ19と26!」
城戸のダイスはダメージの時だけ10の目が必ず出てきた。
(かなりダメージを稼がれた)
俺は精霊鬼にいまのダメージを反映させる。
そして、残り62点のHPを残し、加美川先輩に順番が回った
「マティーニの順番ね。それじゃあ、みんなと同じように前のターンと同じ技能を使用を宣言。それぞれの判定は成功よ。【精霊術の奥義】――クリティカル! 連続は無しね」
「こちらはクリティカルなしです。ダメージどうぞ」
「固定値12のダメージダイスが1、5、6、9。1の目は【限界圧縮】の効果で10に。合計ダメージが42」
「ぐ……精霊鬼はかなりのダメージを負い、ぐらつきます。だけれどまだ反撃する力を残している」
残りHP30。精霊鬼の行動までに攻撃できるのはシェイクステアとガフのみだ。
「なんとか畳みかけるぞ。【術纏】を成功【棒術の極意】で攻撃! 命中――クリティカルなし、18だ」
「クリティカルさえ出れば……ダメです。回避はできません」
「そうしたらダイス目が3、6。ダメージは27ダメージ」
「かなりダメージを負いましたが、まだ精霊鬼は倒れません。次はガフの番です」
防御を引いて12点ダメージ、残り18点。
俺はダメージを紙にメモし、状況を確認する。
ガフの能力で確実に18点を削るには両手の判定で両手ともクリティカル、もしくはどちらかの判定で連続のクリティカル、少なくとも二回のクリティカルが欲しいところだ。
「ガフの攻撃! これで倒れろ! 技能判定成功! 右手!ーークリティカル! 連続はなし、左手ーークリティカルなし。命中は16」
「回避はファンブルしました。無理です」
「ダメージは28と19、どう、これで!」
防御力を引いたダメージは13と4。
精霊鬼の残りHPはーー1。
全員の猛攻にこの精霊鬼は耐えきってしまったのだ。
そして次は精霊鬼の行動の番。
つまりこの段階でパーティの全滅はほぼ確定した。
精霊鬼との最終決戦はいよいよ終わりを迎えようとしていた。
ミュールを取り込んだ精霊鬼は一同の猛攻に耐えきり、いま、まさに彼らへとどめを刺すところだった。
「えー、残念ですが、HPは1で残っています」
「うわーー。みんなごめんー」
フィニッシュを決められなかった責任に潰されたのか、須山さんが力なく机に突っ伏す。
全員の行動が終わってしまいこれ以上の手がないのだ。
こうなってしまうのも仕方がない。
俺も調整が甘かった。
もう少し余裕をもって倒せるようにしておけばよかったと後悔がよぎる。
「まだよ!」
重い空気を吹き飛ばすように加美川先輩から声が上がった。
「GM、ミュールを説得して精霊鬼を攻撃させるわ!」
そしてとんでもない提案が飛んできた。
「ふへ?」
あんまりにとんでもないので、一瞬何を言われたのか分からず、俺は口から変な言葉を漏らしてしまった。
(だが、確かにできる)
俺がさっき話したギミックから推察すれば、精霊鬼の腹の中で彼女は生きていると考えるほうが自然だろう。5ターンの吸収のうち一回しか吸収も受けていないし、攻撃手段も残されている。
可能か、否かと聞かれれば可能だろうと俺は判断した。
(ラスボスを説得する、か。俺が遊んだゲームのなかでは前代未聞の話だが、TRPGならそれもありなのかもしれない。それにーー)
やはりここは、プレイヤーに勝利してもらう方が、ゲームとしてまとまりがよいだろうし、楽しかったと言われて終わりたい。
「分かりました。ミュールの主張は至(いた)ってシンプルです。精霊術の兵器的使用を消滅させたい。そのために王都を破壊し、既存の精霊術の技術発展をリセットさせる。ゼロから精霊術を学問とし、生活の発展に使う」
「なるほど、ロケットの話みたいなものなのね」
「だいたいはそんな話です」
ロケットの開発は、すなわちミサイルの開発にも繋がってしまう。
これは歴史が証明している話だ。
おそらく先輩は、純粋にどこまで飛ばせるのかを突き詰めた結果、人殺しの道具になってしまったロケットの話と、ミュールの主張が同じようなことなのだと、言いたいのだろう。
加美川先輩は少し考えたあと、マティーニとして、最後の説得にでた。
「ミュールに言うわ。あなたがもし本当に精霊術の兵器転用を望まないのなら、今すぐに精霊鬼を破壊しなさい!」
「そう言われるとミュールは反応しますね。それはできない。このまま王都を破壊する」
「もうそいつはほとんどボロボロじゃない。そんな調子で王都を壊しに行ったって、返り討ちにあうだけよ。そして生き延びた人はこう思うでしょうね。精霊術の行き着く先はこのような強力な兵器なのだと。それはあなたの望むところなの?」
「少なくとも恐怖で押さえつけるのならば、それもありだとおもう」
「いいえ、30点ね。お粗末だわ。第一、一貫性がないわブレすぎよ」
「じゃあどうすればいい? あなたにならできると言うの?」
「私だけでは無理かもしれないわ。だからそういう世界を――」
加美川先輩は一呼吸置き、俺を見つめてきた。
お願いをする顔には見えない。
自信に満ちたいつもの表情だ。
「――私と一緒に、作りましょう。あなたも」
マティーニの言葉に、俺は文芸部で初めて加美川先輩の話を読んだ時を思い出し、息を飲む。
彼女の作る話に泣いてしまったあの日、涙を拭う俺に、加美川先輩は同じ言葉をかけてくれた。
――ああ、そっか。あの時からか。
「……ミュールは、マティーニの言葉を受けとりました。判定をお願いします」
俺の言葉に応じ、加美川先輩がダイスを放る。
その放物線を目で追いかけながら、俺は少し惜(お)しい気持ちになった。
よくわからない初めての感情だった。ツイッターで流れていたクリア手前でゲームを進められなくなる人が味わう感情がこういうものなのだろうか。
胸が空く、悲しい、せつない。終わって欲しくない。
ダイスがテーブルを叩く。
これで先輩との夏も終わる。
楽しかったかと聞かれれば、きっと楽しかったと言えるだろう。
『きっと』なんて、あやふやな言葉が浮かぶのは、自分の気持ちを整理していないで見ないふりをしているから。
分かっているそんなことは。
いま俺はどんな顔をしているのだろうか。
泣きそうな顔にはなっていないだろうか。
先輩の放ったダイスが止まる。
俺はダイスの目を確認した。
結果は0、過剰成功(クリティカル)だ。
「分かりました。ミュールは説得されます。マティーニの言葉に動かされた彼女は内部から精霊鬼を攻撃します。ダイスは誰が振ります?」
一同は俺の言葉にきょとんとし、こちらの顔を見ている。
どうしていいのか、困惑していると加美川先輩から声が上がった。
「それはサク君が」
「……分かりました」
そうして俺は塞を投げた。
同時に何かがこぼれ落ち、シナリオシートが少し滲んだ。
こうして、最終話は誰一人倒れることなく、クリアされたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます