第40話 最終回4 精霊史、始まりの日 本心

二階、いや実質三階の高さにある部屋は基本イベントは何も用意していない。


ゴーレム戦などで傷ついた場合置いて、最後の休憩地点になる予定の場所だ。


まあ、いまのマティーニ一行は無傷でこのフロアにきてしまっているのだが……。


「えー、ではマティーニたちは階段を上り塔の次のフロアに入りました」

「……このフロアには何がある?」


紙に情報を記入している黒木さんから質問が飛んでくる。

俺はシナリオシートを確認しながらプレイヤーに情報を公開した。


「フロアには本棚が並び、なにかの資料が散らばっています。敵はいません」


そう、描写を口に出すと本の海になっている自分の部屋を思い出した。


確かにイメージとしてはあんな感じだ。


「資料を見ても何も起きない? 王都をどうやって滅ぼす気なのか一応、調べたいわ」


加美川先輩が俺への確認と、みんなへの提案を行う。

他のメンバーから反対の声は出なかったので、俺は先輩の話に答えることにした。


「何も起きません。資料の中身は主に精霊術の歴史の研究と、精霊鬼についての研究の二つに分かれている」

「……GM、ギムレットは精霊鬼について知っていることにしたいけど、いい?」


次に黒木さんが話に乗ってくる。


「幸運判定でファンブルが出なければ知っていたことにしてオッケーです」

「ーーダイス目は4」


黒木さんがダイスを振り、判定を成功させる。

俺はその結果を確認し、黒木さんに応えた。


「分かりました。ルールブックに書いてある情報を開示します」


そう言って俺はどうぞと、各自にルールブックを開くように促す。

各々が持ち寄っているルールブックを読み、ざわつきたじめた。


「げ、なにこれ、ゴーレムの倍の防御力があるじゃない」

「しかも命中の値も高い。マティーニはまず当たるわね」

「攻撃、魔力も高いね、この敵」

「……精霊術も使ってくる」

「フレーバーに祝福の子の呪いで呼び寄せられるって書いてあるな……だから祝福の子を集めていたのか?」


それぞれ敵の情報から感想を言い合い始める。


「GM、もうこの精霊鬼は呼び出されているのか?」


宇和島先輩から質問が飛んでくる。


「呼び出しが成功していたら今頃王都は壊滅的な打撃を受けるので、まだ大丈夫。呼び出されていません」

「そうか」

「でもどうするの? こんな敵と戦うことになったら勝ち目ないわよ」


須山さんが話に加わってくる。

宇和島先輩は少し悩み、須山さんに答えた


「とにかく、行くしかないんじゃないか? シェイクステアとしても、王都の壊滅は看過できないだろうし」

「……シェイクステアの言う通り、出てくる前に元を断つ」

「シャンディもそれ以上の意見はないかな。えっとマティーニはどう?」

「……」


城戸から話が振られてるが、マティーニこと加美川先輩はじっと考え込んで黙ってしまっている。

結果、会話が素通りしてしまい城戸はたじろいだ。


「えーっと……」

「あ、ごめんなさい。そうね、基本的にはそれでいいと思うわ」

「なんか考えてだけど、どうしたんだ?」


宇和島先輩が加美川先輩に声をかける。


「何か引っかかるというか、本当に倒して良いのか、ちょっと考えていたのよ。ほら仮にもマティーニの側近のような子だったんでしょ?」

「確かにな。だったらなおのこと早くミュールのところに行って、取り返しがつかなくなる前に彼女を止めるのが一番じゃないか?」


宇和島先輩の言葉に、少し考えた後、加美川先輩は結論を出した。


「それもそうね。ーーよし、いきましょう!」


加美川先輩の号令を受けて、各キャラは再び塔を上がり始めることとなった。

最終決戦だ。俺はシナリオシートをチェックし、描写を読み上げた。


「そうしたらあなたたちは塔の最上階にやってきます。先ほどとはうって変わって、何もないフロア。階段から離れたところには何かの儀式を行う魔法陣が用意されている。魔法陣の中には椅子に座ったミュールが一人います」

「こんばんは、久しぶりね。とミュールに声をかけるでいいかしら?」


加美川先輩が、マティーニとして発言する。

俺は先輩の方を向き、それに応えた。


「マティーニ様……いや、マティーニ、きたのね。と、ミュールは周りを見渡してマティーニの挨拶に返します」

「返してもらうわよ。私から奪った全てを」

「嫌、だってこれからここを壊す。壊れたものは返せない」

「どうして! あなたこの王都に恨みでもあるの!」

「精霊術を正しい姿に戻すために私はーー」


面白いようにセリフが浮かぶ。

まるで、先輩と即興で話を作り合っているようだ。


「それは建前でしょう。あなたの本心はなんなのよ!」


加美川先輩の声が強くなる。

ーーその時だった。


ふと、文芸部に一人残る自分と、魔女の塔で一人王都を滅ぼそうとしている彼女がなぜか、重なった。


そして俺は気がついてしまった。


(ミュールはもう一度、マティーニに会いたかった。だから殺さずに追放した)


では何故、もう一度会いたいのか。


答えは簡単だ。


「私の本心なんてあなたに話せるわけがない!」


……そう、彼女のことが、ーーだからだ。


会話の中で気づいてしまった感情を押し殺しつつ、俺はセリフを進めて行く。


「ただ、私はあなたになりたかった! あなたの隣で居るだけではなく、あなたを超え、認められる存在に!」

「ーーならやってみなさい! あなたの企(くわだ)て全部、真正面から叩き壊してやるわ!」


どうしてこうなったのか、覚えていない。

もはや自分の言葉か、ミュールの言葉かも分からない。


寝不足だからかと言い訳もできない。


シナリオ通り? まさか! 他のプレイヤーもほぼ置き去りにしているし、とっくにシナリオシートに記載されている展開からは脱線中だ。


俺は声を強くしてミュールのセリフを響かせた。


「後悔してももう遅い! 私の心を糧に顕現(けんげん)せよ! と、ミュールが声を上げ、霊素を操作、周囲全ての霊素が集まり、魔法陣の底から巨大なイモ虫のような魔物が這い出ようとしてくる。その最中(さなか)魔物の口にミュールも飲み込まれます!」

「何ですって!?」


最終決戦の始まりだ。


そして彼女、加美川ミサトと遊ぶ、最後の夏だ。


「これが最後です。ラストバトルを開始します」


ギリギリGMとしての体裁を保ちつつ、俺はみんなに戦闘開始を宣言した。

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