第36話 休憩
キャラクターの成長内容の確認が終わった。
このままセッションに移るのもいいが、懸念点が一つ。
ミュールとマティーニの関係性だ。
王都の魔女の座、詰まるところ王都のトップを奪うならマティーニを殺せば良い。
それを殺さず、王都から追い出してしまっている。
これはミュールを作った時にうっかり設定を後回しにしたために起きた俺のミスだ。
もしかしたら突かれない内容かも知れないが、あのメンバーのことだ。いざという時、喋れるぐらいには設定を作っておかないとこちらが不安だ。
一度スマホの時計を確認する。
キャラクターの成長報告で一時間以上かかってしまっていた。
それを言い訳にして、まずは休憩を取ろう。
時間を作らないと。
「キャラクター成長ありがとうございます。結構時間かかったので10分ほど休憩とってもいいですか?」
「了解ー」
「……飲み物買ってくる」
「あ、それじゃアタシも」
「ライカちょっとまって……」
何者かの企(たくら)みかと思うレベルでみんながサラっと会議室から出ていってしまう。
結果、俺と加美川先輩だけが会議室に残った。
「みんな行っちゃいましたね。加美川先輩は飲み物大丈夫なんですか?」
加美川先輩と十分間、黙り続けて妙な空気を味わうのはさすがに趣味じゃないので、俺はあたりさわりのないところから話を振ってみた。
「心配しなくても、コンビニで先に買っているわよ」
「そういえばそうでしたね」
なんてことない表情で返してくる先輩。
レース生地から僅かに透けて見える肩や鎖骨が気になって俺の視線が揺れに揺れる。
透けた先の部分を見るのが悪い気がして俺はシナリオに目を落とした。
『先輩にミュールのこと確認』
自分で書いた走り書きが目に入る。
さすがにさっきの今だ。忘れてなどいない。
「そういえば先輩に聞きたかったのですが、マティーニの設定ってどう考えているんですか?」
「急にどうしたの?」
「いや、先輩初めのセッションで王都を追われて義賊団の団長を始めているとか話していたじゃないですか」
俺がそういうと一か月前の初セッションを思い出そうとしているのか、先輩は顎に指をあてた。
ほんの数秒後、先輩はその話を思い出した。
「そういえば確かに話したわね。でも、あの時はとりあえずそんな設定かなってぐらいだったし、今も特には決めてないわよ」
「なるほど、じゃあ好きにやっちゃっていい感じですか?」
「ええ、もちろん。期待しているわ」
ちらりと見れば、にこりと笑う加美川先輩。
その笑顔を正面から受け取れなくて、俺はシナリオを一度鞄にしまい席を立った。
「ええ、期待に応えられるよう頑張ります。……っと、ちょっとコーヒー買ってきます」
「サク君、ちょっと待って」
自販機に向かおうとして、俺は先輩に呼び止められた。
(なんだろう、先輩もやっぱり飲み物いるのかな?)
俺は立ち止まり先輩の方を向く。
彼女はまっすぐこちらを見つめていた。
「ど、どうしたんですか?」
どきりとして、声が少し震える。
彼女の視線が俺の顔をじっと見ているのが分かる。
俺は何かよくわからない物が胃からこみあげてきそうになった。
辛いわけではない。いまはあまり考えないようにしている感情が湧き上がってくる。
「サク君の話って、悲劇でも喜劇でも誰かを楽しませようとしているのが伝わってくるのよ。だから最後まで読んでしまう。きっと大丈夫よ」
多分、知らず知らずのうちに難しい顔をしていたのだろう。先輩は俺を気にかけ励ましてくれた。
顔に出ていたのは寝不足のわけはないだろうから、たぶん栄養不足だ。
いや、誤魔化すのはよそう。
おそらくはシナリオの不備に気がついたことが顔に出ていたのだ。
(かなわないな、まったく――)
あのビブリアジャンキーが、こと文章にかけては遠く及ばないところにいる先輩がこういってくれているのだ。
少し、自信を持ってもいいのだろうか。
「……ありがとうございます」
俺は先輩に頭を下げ、お礼を言った。
先輩はニコリとほほ笑んだ。
「いつかのお礼の足りなかった分よ。セッション楽しみにしているわ」
「はい!」
そう先輩に返す。
少し声に力が入り、声の通りが良くなる。
(今は、うん、そうだとも、目の前のセッション集中だ。敵の設定に関してはなんとかひねり出そう……と、まずはコーヒーだな)
そうして、俺は会議室から出た。
「あ、佐々倉くん」
「お、あんたも飲み物?」
「始まる前にコーヒーでも取ろうかと思って」
会議室から出ると須山さんと城戸に出会(でくわ)した。
二人とも手に同じお茶のペットボトルを手にしている。
仲がよろしいようで。
「あ、そうそう、忘れないうちにこれ渡しておくわ」
そういうと須山さんはワンピースのポケットからUSBメモリーを取り出し、俺に手渡してきた。
「これは?」
「前回と、前々回のセッション時の音声データ」
「はい?」
俺は変な声で相槌を打ってしまった。
隠し撮りでもしていたのだろうか。
本当、自由奔放というか、恐ろしいと言うか。
「どうするかは任せるけど、結構面白かったから、GMにもお裾分け」
「それは、どうも」
なぜだろう、このUSBの中には自分の絶叫ばかりが入っている気がする。
とりあえず、俺はポケットにUSBメモリーを突っ込み、その場を離れようとした。
ミュールの問題をなるべく一人で考えたかった。
そんな俺に、ふと須山さんがふわりとワンピースをなびかせた。
「えいえんは――――」
「その格好でそのセリフは洒落にならないからやめろぉ!」
思わず反応してしまう自分。
ケラケラ笑う須山さん。
そして、ネタが分からず首を傾げる城戸。
「肩の力を抜きなさいな。なんだかんだ、期待しているんだから――それと、ありがとう」
「ん?」
感謝される理由がわからない。
「あんたが、楽しくセッションを進めてくるたおかげで、ノボルも興味を持って外に出たし、こっちの事情も当たり前のことに引き落としてくれた。私たちとしては大分助けられているのよ」
「そっか、よく分からないけど、それは良かった」
城戸が頭を下げ、須山さんがカラカラと笑う。
『事情』と言葉を濁(にご)した部分はきっと立ち入らないほうが良いのだろう。
まあ、何かの役に立ったというのなら、それは嬉しいことだ。
「それじゃあ、また後で」
「引き止めちゃってごめんねー」
「ああ」
そうして俺は自動販売機を目指し、その場を離れた。
「げえ。ま、まじか」
愛飲しているコーヒーのボタンが赤々と売り切れのランプが点灯している。
目の前にある自動販売機はコーヒーのみ見事に売り切れていた。3つある自販機全てでだ。
俺は愕然(がくぜん)としながら、会議室に戻ろうと、振り返る。
「佐々倉、パス!」
「おっと!?」
絶妙なタイミングで小さい缶がゆっくりと飛んできた。
俺はとっさに左手を伸ばして受け取る。
掴んだ手を見ればブラック無糖の缶コーヒー、投げた相手を見れば5歩ほど先に、宇和島先輩と黒木さん。
手にコンビニのビニール袋を持っているところを見るとわざわざ外に出ていたのだろうか。
「えっと、これは?」
「んー、そうだな。俺と黒木からの奢り、かな?」
そういう宇和島先輩の隣でコクリと黒木さんがうなずく。
「ちょっとわかんないですが、ありがとうございます」
ちょうど自販機のコーヒーが買えなかったので、俺はありがたく頂戴することにした。
封を開け、コーヒーに口をつけると苦味が口の中に広がる。
(今日はゲームでいうところのラストダンジョン突入前のイベントみたいなことがよく起こるな)
そう思いながら、俺は味が変わる前に残りを一気に飲み干した。
これで最後かも知れないという雰囲気をみんな感じているのかも知れない。
少なくとも宇和島先輩と加美川先輩は本格的に受験に追われるだろうから、卒業まで会えなくなるかも知れない。
黒木さんとも学年違いで会うことは激減するだろうし、須山さんたち、特に城戸は学校に来ていないから会う機会がないはずだ。
(そう思うとすごい集まりなんだな)
いまさらになって、この集まりは奇跡のようなものなのだと、実感が湧いてきた。
一期一会とはよく言ったものだ。
口の中に苦味が後味として広がる。
それがスイッチとなり、すっと視界が開けたように目に力が入った。
空き缶を据え置きされているゴミ箱に放り込み、俺は一度深呼吸をした。
手が冷え始め、緊張してきているのを自覚する。
これが最後だ。
うん、これで最後になるだろう。
俺は不安を隠すようにわざとらしく笑顔を作った。
ただただ見栄を張っているのは自覚している。
そもそもが、ゲームクリエイターになろうだなんて大見得を切って一年間過ごしてきたのだ。いまさらだろう。
作り笑いに殴り飛ばされ、不安は身を潜めた。
やれるだけ、やればいいじゃないか。
楽しかったと言われるために。
あの先輩の話のように。
「コーヒーご馳走さまです。そんじゃ行きましょう。ーー最終回は簡単には行きませんよ」
「それは楽しみだ」
「……楽しみにしている」
そして俺は宇和島先輩と黒木さんと共に、会議室に戻った。
俺の顔をみた先輩はなぜだろう、嬉しそうに微笑んだように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます