第34話 シナリオ夜話 調整編

 その後、俺たちはプールを楽しく遊んだ。


 よくライトノベルやラブコメ漫画で見るようなハプニングはなく……いや、須山さんが加美川先輩のトップを脱がせ、その下にあるビキニをあらわにさせた事件が……あれ? なんだか頭が痛くてよく思い出せない。


 寝不足で白昼夢でも見ていたのだろうか。

 思い出そうとすると、何故か怒れる加美川先輩の顔と、ビート板が脳裏をよぎる。怖い。


 とにかく皆無事にバスに乗り込み、駅前解散からの帰宅、次に会うのは三日後、TRPGの時でということになった。


 自室に帰った俺は、疲れた体を無視して机の前の椅子に腰掛けた。


 パソコンを立ち上げて、足元に散らばる本を足で避け、起動のプロセスが終わったパソコンをいじり、メモ帳を広げる。


 今日中にシナリオのカタを付けてしまおう。


 およその大筋を読み直し、作業内容を頭の中にピックアップしていく。

 とはいえ、昨日大分話はまとまっているので、主にダンジョンを作るのと、敵の調整をもう少し頑張れは問題はなさそうだ。

 俺は引き出しにしまっていた赤いダイスを取り出した。


 初めてGMをした時に加美川先輩からもらったダイスだ。


 俺はそれをキーボードのそばに置き、プレイヤーキャラの能力のメモを確認しつつ、実際にラストバトルの模擬戦を初めて見ることにした。


 一度目はプレイヤーは全滅

 二度目はラスボスがあっさり死ぬ。

 そして三度目はーー


「それで、ダイスロールと、うんプレイヤーが全滅、あと3回殴れれば倒せたかな」


 3度目のカタカタと音を立てて赤いダイスが俺の机を転がる。

 出目を確認してダメージが通るか確認、そこからプレイヤーキャラのHPを減らし、敵はあと何回の攻撃に耐えられるかカウントしていく。

 俺はパソコンを操作し、シナリオのメモにこの結果を打ち込んだ。


 ラストバトルこそはしっかり決めたい。

 これまでがタライや丸焼きだったのでなおのこと、俺は調整に手間をかけたかった。


 正直、遅々としか進まない作業だし、このゲームのダイスは1〜10までの乱数を生むので、振れ幅が大きすぎるのでなかなか想定通りの減り方をしてくれない。

 しかもこの作業はもしかしたら、まったく意味をなさないものになるのかもしれないものだ。


 TRPGはデジタルゲームと違って、プレイヤーの行動次第で何かしら戦わなくても解決できてしまう場合もある。前回の丸焼きが良い例だ。


 あの悲劇を思い出し心が折れかけるが、それでもやっぱり最後は楽しかったと言われて終わりたい。その準備はきちんとやっておきたい。


 特に加美川先輩と遊ぶ機会は恐らく、最後だ。


 それに――


(ゲームクリエイター目指してるって言っておきながら、まだ作ったゲーム一つも先輩には遊んでもらっていなかったもんな)


 はたしてこれは自分の作ったゲームなのだろうかという疑問が浮かんだが、少なくとも俺含め、宇和島先輩、黒木さん、須山さん、城戸そして加美川先輩がいなければここまで来れなかっただろう。


 俺が作ったとは言えないが、俺が作っていないとも言えない。

 そうなると、やっぱり最後は楽しかったで終わらせたい。


 そうあるためには、とにかく調整を繰り返そう。

 誰が言ったか、神は細部に宿るのだ。


「とはいうものの、回復役がいないのはな……」


 これはこれで調整は楽なのだが、派手なダメージを出してしまうと一気にパーティが崩壊してしまうのでサジ加減が難しい。


 もしかしたら当日誰かが回復役をとるかもしれないが、それは期待してはいけないだろう。


 まずは現状のメンバーでかなりギリギリのバランスで整え、成長することでギリギリの状態から歯応えのある状態に持っていくのがベストのはずだ。


「全体攻撃は15ダメージ、ぐらいに収まるようにして――あれ……?」


 プールの疲れもあったのだろうか?

 眠気がわっと溢れ出し、俺の視界が暗転する。


(あ、ダメだこれは、でも、まあ)


 耐えがたい眠気にひきづられ、俺は意識を落としていった。


(大丈夫、マップもできているし、敵の配置も終わっている。導入のシナリオも書いてあるし、残すはラストバトルの調整だけ……うん、起きてからやればまだ余裕がある)


 そう言い訳をしながら俺は赤いダイスを握り、電池が切れたスマホのようにがくりと椅子に座りながら寝落ちした。


 そして次の日、物凄い空腹を覚えて、俺は目を覚ました。

 思い返してみると昨日はあまり食事をとっていなかった気もする。


 体が思った以上に重い。

 椅子に座ったまま寝たせいだからだろうか?


(にしてもゲーミングチェアで背もたれを倒していたとは言え、よく落ちずに器用に眠ってしまったな……)


おもむろにのろのろと腕を動かし、スマホを手に取り、俺は今の時間を確認した。


「――――ば、バカ、な」


 思わず呟いた。自分からでた声が想像以上に掠(かすれ)れていて驚いたが、今はそんな場合ではない。


 スマホが示す時刻は10時、うん、間違えない。

 だが日付が3日経っていた。


 自覚した瞬間、グランと体が揺れる。

 当り前だ。三日も飲まず食わずでこの暑い部屋にいたら死にかけるに決まっている。


 己の命の危機に最速で行動を決定した俺は、這いずるように部屋を出て、転がり落ちるように階段をおり、命の炎が尽きる前に冷蔵庫の前にたどり着き、中に入っていた麦茶を補給する。


 ギリギリだった。

 俺は九死に一生を得たのだ。


(し、死ぬかと思った……どれだけ疲れていたんだよ)


 麦茶を補給し、人心地ついた俺はまだ残っている麦茶と、冷蔵庫になぜか入っていた菓子パンを手にのろのろと階段を再び上り、自分の部屋に戻ることにした。


 うちの親は子育てに関してはどの過ぎた放任主義だ。

 それどころか父母ともに最近は仕事だ、パートだ、と一日の生活費を置いてうちを開けているのがほとんどの状態だ。


 父親曰く『お前は悪いことをするような人間じゃないし。ほら、この状況、お前のベッドの下に隠してあったゲームの主人公っぽいだろ』だそうだ。

 おっとさん、だめだぜそいつは、パッケージの端っこのマークちゃんとみたのかい? いや、まああそこにはR15のヤツしかないけど。


 思い出せば頭が痛くなるが、両親から受けるそういう信頼は嫌ではない。恐らく俺は恵まれているのだろう。


 だがさすがに三日も全く飯も取らずに部屋から出てこないとなれば何かアクションがあってもいいのではないだろうかと俺はため息を吐いた。


 せめて起こしてほしい。

 いやさすがにこの歳でそれはカッコ悪いか。


(まさか、三日も眠ってしまうとは……って、三日だとぅ!?)


 椅子に座り、キーボードのそばに放り投げていたスマホを改めて確認する。時刻は10時15分。

 ラインをチェックすると加美川先輩からリマインドと称して11時にY字の歩道橋集合の旨のラインが飛んできている。


 今日がまさしくTRPG最終日。

 もう、なんで俺はいつもこうなんだ!


(急げば間に合う。だけども、いや、――悩んでいる場合じゃないか!)


 菓子パンの包みを開け、急いで口に放り込む。

 口の中の水分が一気に無くなり、飲み込むのが困難になるが、麦茶で一気に押し流す。三日分のエネルギーがこれで足りるのか疑問は浮かんだが、今はそんなことを考えている場合ではない。


 俺はパンを飲み込みながら、カバンからUSBメモリーを引き出し、自分のPCに刺した。

 瞬時に認識される。こういう時無駄に性能が高いパソコンはいい。

 俺はエクスプローラからUSBメモリーにアクセスし、そこにシナリオのメモ帳を放り込む。

 秒もかからずコピーが完了する。


 念のためUSBメモリー内のデータを確認すると問題なくデータが収まっていた。


(問題ない。シナリオデータはしっかり入っている。道中のコンビニで印刷すればなんとかなるだろう)


 何枚かの白いコピー用紙をクリアファイルに突っ込み、カバンに収める。

 こういう時ノートパソコンかタブレットがあれば便利なのだろう。今度短期のアルバイトでも探してお金を貯めるか。


 いや、今は余計なことを考えている場合ではない。

 もう一度スマホを確認すると時刻は10時半。


 駅まで自転車を乗り捨てて、電車に乗ればギリギリ何とか間に合うはずだ。


 シナリオの調整がちょっと怪しいが悩んでいる場合ではない。

 俺は3分でシャワーを浴びて身支度し、カバンを手に、家を飛び出した。


 自転車をかっ飛ばし、駅にたどり着く。

 切符を買い、ホームに駆け込むとちょうど電車が来たので飛び乗り、目的の駅に着くまでの間にスマホを確認すると現在時刻は10時50分。


 スマホのアプリで乗り換え案内を立ち上げる。今乗っている電車は目的の駅に58分に到着する。


 待ち合わせのY字の歩道橋までは改札を出てすぐだから、電車から飛び出てダッシュをすれば一分でたどり着ける。


『次は――。次は――』


 電車のアナウンスが聞こえ、俺は開く扉に張り付く。

 扉が開けば用意ドンだ。


 電車が揺れ、止まる。

 そして扉が開き――。


「すみませんっ!!」


 俺は人にぶつからないギリギリのスピードで電車から飛び出した。

 人の合間を見極め、すり抜け階段を駆け下りる。


(ここでッ! 飛ぶッ!)


 人がいないことを確認し、三段ほどジャンプでショートカットする。


(今日は、今日こそは! 先輩との待ち合わせに遅刻や、待ちすぎて倒れるなんてしたくない。きちんとしたい)


 もつれかけた足を何とか建て直し、俺は改札に切符を飲み込ませ、駅から直接つながっているY字の歩道橋に駆けだした。


 Y字にちょうど別れている場所に加美川先輩は立っていた。

 俺は息も絶え絶えになりながら、先輩に駆け寄り、声をかけた。


 今日の先輩はいつもの三つ編みに白いノースリーブのカットソーと青いロングスカート。

 カットソーではあるが、鎖骨や肩のあたりがレース状になっていて、薄っすら見え、ちょっと大人っぽい雰囲気が出ている。なんというか目のやり場に困る格好をしていた。


 ここ最近の先輩の私服を思い出して思うのだが、先輩こういう透ける感じの服が好きなのだろうか?


「す、すみません。待たせましたか?」


 走ってきたためか、俺の体からどっと汗が噴き出る。

 最後は時計も見ずに走ったから11時に間に合ったかどうかが分からない。


 ニコリと笑って先輩は応えた。


「今来たところよ」

「よかった……」


 本来は台詞を言うべきは逆なのだろうが、今は何とか時間に間に合わせたことに俺は安堵した。


 緊張の糸が切れたからか、『ぐぅぅぅ』と胃が食べ物を要求してくる。

 タイミングができすぎている。俺はバツが悪くなって「あははは……」と誤魔化すように笑った。


「サク君、また朝食べてないの?」

「ええ、まあ……一応食べたんですけどね。足りなかったみたいです」


 朝食は菓子パン。その前、三日間は絶食でございます。

 さすがにそのような仰天話(ぎょうてんばなし)はいきなりできないので、俺はお茶を濁す。


「そうね。それじゃ少し早いけどお昼にしましょうか」

「お。まじっすか。あ、でも先にコンビニによってもいいですか? シナリオ印刷したいので」

「分かったわ」


 そういって、他愛もないやり取りをしながら、俺と先輩はコンビニに寄りシナリオを印刷し、その後、例の店の名前とメニューがおかしい喫茶店に入り、お昼を取った。


 俺はコーヒーと富士山盛りパーティもりのミートスパゲッティ、加美川先輩はアマゾンの大地とジャムトーストと自家製のチーズケーキ。


 三日ぶりのまともなエネルギー源に俺の体は歓喜に打ち震え、炭水化物の偉大さを賛美しながら全て平らげた。


 実においしかった。修行で野菜しか食べていなかった修行僧が牛丼を食べたら滅茶苦茶うまかったという話を思い出し、あれは真実だったのだなと実感するレベルであった。


 喫茶店を二人で出て、いつもの公民館へ向けて歩く。

 おかしやら飲み物やらはコンビニである程度揃えたので、道中寄り道するようなこともなく、俺たちは公民館の2F会議室にやってきた。


 扉を開けると前回と同様、涼しい空気が肌をなで、出迎えてくれた。

 今日はさすがに夏の終わりが近いということもあって最高気温や日中の気温はひどい高くはないのでクーラーも言うほどパワーを上げていないようだ。


「こんにちは」

「お、佐々倉と加美川さん、いらっしゃい」


 早速挨拶をしてくれたのは宇和島先輩。今日はラブ&ピースと豪快に書かれたTシャツと動きやすそうなチノパンを着ている。

 相変わらずそういうTシャツを着れる胆力が凄い。顔がイケメンからそのようなことができるのだろうか。


「……先輩たち。こんにちは」

「こんにちは、黒木さん」


 黒木さんは相変わらずゴスロリ服だ。

 いや前回よりもフリル感があがっている。少し涼しくなってきたからだろうか。

 この様子だと夏も終わり、冬になるころには真の姿か、第二形態もしくは最終フォームのような姿になるかもしれない。


「こんにちは二人とも」

「おっすー」


 城戸と須山さんもいつも通りだ。城戸は前回見た黒っぽい恰好。須山さんは黄色いリボンを頭の両サイドに付け、白いワンピースを着ている。

 おそらくあれだ。前々回のキャラより古いゲームのキャラだ。

 そのキャラその年齢的にどうなのだろうかとも思ったが、本人が持っている小動物感のせいで割と似合っている。やはり恐ろしい人だ。


 ちなみにプールで見た巨大なものは嘘のように消えていた。

 何かこう、そういうアイテムでもあるのだろう。

 今のが真の姿なのか、プールで見たのが真の姿かは興味はあるのだが深掘りはよそう。


 俺は買ってきた飲み物や食べ物を長机に並べる。

 そして、カバンを開き、シナリオやダイスを用意した。

 下座の席に座る。

 みんなもそれに合わせて、待ってましたとばかりに定位置に座る。左から宇和島先輩、黒木さん、城戸に、須山さん、そして俺の右、すぐそばには加美川先輩。


 GMとして、一同を見渡し、俺は口を開いた。


「それじゃ、ルコアル精霊譚のセッションを始めましょう。ちなみに今回で最終回です」


 各々から声が上がり、キャラクターシートを用意し始める。


 さあ、いよいよだ。

 俺はシナリオを手に最終回のセッションを開始することにした。

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