第31話 演劇を見よう
「あのもみじ鍋の中身は鹿肉なんかじゃなかった。人の……」
「やめろ、ウメ! 仕方がなかったんだ。あの鬼の肉がなければオラたちは村は全滅――」
「おめぇたちが鬼だァ! あの人は、あの人は!! う……うげぇぇ」
感動的な音楽が大音量で流れて幕が閉じた。
四幕目は人を喰うことになった娘の話。昼飯直後になんてもんぶつけてきやがる。
感動とかなんもない。下手したらトラウマ背負うぞ、これ。
「……すごい話だったわね」
「俺、肉食べてなくてよかったと思いました」
「……そう、よかったわね」
見れば加美川先輩はげっそりとしていた。
もしかしたらここに来るまでにハンバーガーでも食べてきたのかもしれない。
「俺、飲み物あるんでよかったら飲みます? ぬるいですけど」
とりあえずまだ口もつけてないし、俺はコンビニで買ったお茶を先輩に勧めた。
「ありがとう、サク君」
受け取ったお茶をこくこくと飲み、加美川先輩は大きく息を吐いた。
だいぶ劇のダメージを飲み込めたようで、先ほどよりかは顔色が良い。
「次、俺たちの高校ですね」
「ええ、そうね」
そう答えながら、加美川先輩はお茶を足元に置き、トートバッグからノートとボールペンを取り出して膝の上で構えた。
(何をする気だろうか。いや、あれは、恐らくーー)
次の劇のあらすじをノートに取るつもりだ。と察したところで開演のブザーが鳴り、観客席の明かりが落ちた。
そうして始まった黒木さん達の劇はロミオとジュリエットよろしく、立場によって結ばれない二人が、結ばれようと努力する話だった。
黒木さんは主演の男役。長い髪を後ろに纏め、小さい背丈を衣装や動きでカバーしながらうまく役を演じている。
(ん……なんだ、妙に引っかかるぞ?)
違和感を感じ始めたのは劇開始の10分ほど後、台詞回しのクセになにやら覚えを感じ俺は首を傾げた。
「僕はね。君のことを愛している!」
「それは私も同じことよ。でもあなたのお父様と私のお父様が争いを続ける限り、私たちは結ばれない」
まるで、加美川先輩の小説を読んでいるようだった。
俺はちらりと隣の先輩を見た。
暗い館内でわずかに見える彼女の横顔は瞬き一つも惜しいと真剣に劇を見つめ、何か言葉をノートを取っている。
これは先輩が書いた台本ですか、そう尋ねようかとも思ったが、今はその時ではないなと俺は再び劇に集中することにした。
物語は二人がそれぞれの父親を説得しようと試み失敗、そして二人までもが仲違いをしてしまう、クライマックスは抗争が激化し、黒木さん演じる主人公が銃弾が飛び交う中、ヒロインに向かって叫ぶシーンになった。
登場人物全員が、彼を殺そう、援護しようと必死に銃を撃ち合う。
激戦の中に飛び出す黒木さん。
すっかり男役がハマっている。
ギムレットっぽいセリフもあったし、もしかしたらTRPGが役に立ったのかもと俺は少し嬉しくなった。
ふと、舞台上で辺りを見渡す演技をしている黒木さんと目が合った気がした。だがそれはほんの一瞬のことで、すぐに彼女は大きく口を開けた。
「僕は! 君に謝りたいんだ! あの時言ってしまった大嫌いという言葉を取り消したい。叶うことなら愛している。大好きなんだと、君に伝えたいんだ! 君にもうその気がなくてもいい。僕の本心を君に捧げたい!」
主人公のセリフに彼の名前を叫びながらヒロインが飛び出してくる。
そして、銃弾と飛び交う中で、二人は抱きしめ合った。
愛であれば恐怖に勝てるのだ。
それと同時に感動的な音楽が大音量で流れて幕が閉じた。
会場は拍手の音で溢れ返った。
俺も拍手をした、二人を祝福する様に拍手をした。
最後の方は加美川先輩が書く小説では珍しいパターンだったけど、最後はよく纏まってきたし面白かった。
「いい劇でしたね」
「……ええ、そうね」
隣を見ると先輩は拍手はせずじっと前を見ながら考え込んでいた。
何か思うところがあったのだろうか。
「さっきの劇、なんだか先輩の話っぽい雰囲気受けましたけど、もしかして演劇部に脚本提供したんですか?」
加美川先輩が目をパチクリさせた。
あれ、もしかして俺、すごい気持ち悪いこと言ってしまっていないか?
「ええ、そうよ。よく分かったわね、サク君」
「ああ、いや、台詞回しがなんだか先輩の小説っぽいなって」
俺の言葉に目を細めジッとこちらを見てくる先輩。
やはりキモかったでしたか。
「率直に聞くけどどう思った?」
「どうといわれても……」
俺はもう一度先ほどの劇を思い出してみた。
展開は、確かに先輩が好んで書きそうな流れだった。
ただ――
「最後の銃撃戦、あれへ向かう流れがちょっと先輩ぽくなかったかなって」
「どうしてかしら?」
先輩がノートに何かを書き加えながら、俺の話を促してくる。
俺は感じたことを表せる言葉を探しながら先輩に応えた。
「アレはあれで面白かったですが、派手さやエンターテイメント性……っていうんですか? あそこまで分かりやすい表面的な面白さって、あんまり先輩書かないイメージなので」
先輩は、さらにノートに言葉を書き加える。
本当に努力の人だ。
「ありがとう。私もまだまだだったわ。一時間でまとめるってことで安易な流れに逃げちゃったみたいね」
ノートを読み返しながら加美川先輩は楽しそうに話してくる。
普通、こうはできない。
敵わないなと、心の中で呟きながら俺は舞台側を向き先輩から顔を逸らす。
この人は本当に文章を作るのが好きで、とにかくより良いものが書きたいのだと、改めて思い知らされた。
つい自分と比較してしまう。
胃がキリキリと痛む。おにぎりは二個で正解だった。
それでも先輩に離されたくなくて、俺は言葉を絞り出す。
「TRPGやっているときもそうですけど、みんなで話を作っていくと思いもよらない話が出来上がってきて、でもそれが面白い時もありますしね」
「ええ、そうね」
次の劇の開演のブザーがなった。
次の劇はなんだろうと、俺はパンフレットを開いた。
『そして誰もがいなくなった』
パンフレットにはそう書いてあった。
舞台上の登場人物は全滅した。
笑えないほどバッドエンドであった。
その後、全ての劇が終わり、結果発表が行われることになった。
最優秀賞は『鬼鍋』ーーあの人の肉を食べた悪夢のような劇が選ばれていた。
審査員からは『一番感情を揺さぶられた』と評価され、俺は審査員の正気を疑った。
一方で黒木さん達の劇はその一つ下の優秀賞を獲得し、彼女たちから言わせれば「事実上の大勝利」なのだそうだ。
どういうことかと聞けば『鬼鍋』を書いた作者は、その劇を演じた学校の顧問で、かつ、この地区の審査員達の派遣元のOBなのだそうだ。
未だにおべっかを取らないと面倒事が起こる
学校の先生が人を食う話を書いていたという事実に、俺は作者の正気を疑った。あと、審査員たちの正気を疑って申し訳ないとも思った。
それと同時に大人の事情とは公正さよりも優先されるものなのだと、俺は一つ大人になれた。
まあ、知りたくもなかった世の中の仕組みを覗き見た気分でゲンナリとはしたが……。
さて、時刻は19時過ぎ、夏でも流石に日が落ち始める時刻だ。
演劇部員達は後片付けと打ち上げがあるとのことなので、俺は加美川先輩と一緒に公民館を出ることにした。
「んー、よく見た」
外に出た俺は体を伸し、肩を回した。
座りっぱなしで硬くなった体が伸びて心地よい。
9本連続で舞台を鑑賞できたのは、他にない貴重な体験だったが、流石に同じ姿勢で10時間座りっぱなしはしんどかった。
身体中のあちこちが固まったように重かったり痛かったりする。
特に肩。妙に力が入って大変凝り固まっている。
俺は固まった肩を伸ばそうと、首をぐるりと回し始めた。
「サク君、肩凝ってるの? 揉んであげようか?」
俺の様子を見かねてか先輩が、提案をしてくる。
嬉しい話だが、思い出されるのはおよそ一年前、ゴリっという音と共に来る激痛、そして湿布の香り。
「いえ、結構です。先輩のお手を煩わせるまでも、ありません」
「せっかくの親切心を
「先輩には去年の実績がありますから」
俺は自分の肩が破壊されないよう、やんわり先輩をけん制した。
そんな他愛もない話をしながら、公民館の敷地を出ようとすると、先輩が何かを見つけたようで他所を見始め、立ち止まった。
俺も釣られて先輩の視線を追うと、その先には駐車スペースがあり、制服姿の宇和島先輩ともう一人、60代ぐらいだろうか初老の男性が立っていた。
初老の男性には見覚えがあった。今日の大会で審査員席に座っていた人物だ。
「――――――」
「……――――」
何かを話ている、という事は二人の身振りで分かったが、距離が遠く、内容まではよくわからない。
特に怒っているとかそういう物ではなく、淡々と初老の男性が宇和島先輩に話しかけている。
俺はもう少し近づいてみようとする自分の好奇心を全力で止めた。
宇和島先輩が頭を下げていた。
初老の男性はそれを止めるが、宇和島先輩はかたくなに頭を下げたままだった。
彼らの間に何が合ったのかは分からない。
ただ、俺が立ち入ってはいけない話だという事は分かった。
「サク君、行きましょう」
「はい、そうですね」
加美川先輩も同じように考えたのか、俺と先輩は二人で駅に向かうことにした。
俺と先輩は淡々と道を歩く。
駅までは15分も有ればついてしまうだろう。
こうして歩いていると、シティアドベンチャーで悩んでいたあの日、宇和島先輩と話をしながら駅に向かった日が脳裏によぎってくる。
(そういえばあの時、宇和島先輩、加美川先輩の連絡先知っていたんだよな)
そこからは連想ゲームのようにこれまであった様々な事象に対して、疑問が浮かんでは消え、また浮かんでは消えを繰り返す。
疑心暗鬼などと、ネガティブな感情とまではいかないが、疑問が湧き上がり胸が苦しい。
(……先輩は宇和島先輩のことをどう思っているのだろうか)
どういう経由でそこにたどり着いたのかは分からない。
気がつけば、隣で歩く彼女の気持ちが知りたいと思っていた。
店やファミレスから溢(こぼ)れた明かりに照らされ、前を向き歩く加美川先輩。
俺なんかよりも、気を配れ、見た目も中身も好男子な宇和島先輩と歩く方が良かったのではないか。
いや、比較するのはおかしいとは分かっている。
俺は頭を振って溢れ出そうになった劣等感を振り払った。
気を紛らすように世間話をしながら帰り道を進む。
よく待ち合わせにしているY字型の歩道橋が遠目で見えた辺りで、俺は疑問を吐き出した。
「そういえば、今更なんですけど、あのTRPGの集まりって、どういう経緯であのメンバーが集まったんですか?」
直球を投げる度胸がなかった。
辺り感触なく、波風は立てずだ。
考えなしに、直接聞いてしまえば、子供のような言葉になってしまいそうで、俺はただただ、先輩の前では佐々倉サクという恰好を保ちたかった。
「先代の文芸部部長が宇和島くんのお姉さんなのよ。そこで、宇和島くんと須山さんを紹介されて、色仕掛けでも、須山さんを使っても、なんでもいいから弟を外に引っ張り出せって。そのあと宇和島くんが黒木さんを連れてきて……たしかそんな感じだったわね」
「あのときは驚いたわ」と先輩は笑いながらこちらを見て、俺の疑問に答えてくれた。
先代部長の話は時々聞くが、なかなか面白い人なのだろう。
もうすぐ、Y字の歩道橋。そこまでついたら、すぐそばの駅で解散だ。
なので俺はこの話にオチをつけることにした。
「ちなみに先輩は使ったんですか?」
「何を?」
「色仕掛け――痛て」
回答の代わりに、俺は先輩にチョップされた。
思いの外素早い対応だった。
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