第29話 反省会と二つの誘い
時刻は17時を回っていたが、空はまだ明るい。
第二回セッションを終えた俺たちは公民館を出た。
セミなのかひぐらしなのかわからない謎の子孫繁栄に命を費やす虫の叫び声が聞こえきて、俺はぼんやり「ああ、夏なだなぁ」と爺臭い考えに浸っていた。
そのままみんなと歩くこと十分ちょっと、前回と同じ喫茶店に入ることになった。
席に案内され、男子3、女子3にテーブルを分けて座る。各自飲み物を頼み、ワイワイと今日の話が始まる。
だが、俺はといえば、凹んでいた。
今日のセッションは反省点がありすぎる。
用意したルールが想定外の使い方をされ、安易に用意したキャラの能力の把握を怠る、ボス戦に至っては不意打ちであっさりまる焦げだ。
(流石にこれじゃ、楽しく遊べたかは分からないなぁ)
ため息を吐き、コーヒーを啜る。
苦味が口の中に広がり、陰鬱な気分を紛らわせる。
「佐々倉、どうした?」
向かいの席に座る宇和島先輩から声がかかる。
浮かない表情になっていたのだろう、盛り上がっている場に水をさしてはいけないと、俺は慌てて表情を直した。
「いや、今日上手くいかなかったところ多かったんでちょっと反省していただけですよ」
「そうか? 楽しかったぜ、今日のセッション」
眩しい笑顔で、真っ直ぐな言葉を繰り出してくる宇和島先輩に、俺は目が潰れそうになる。
本当に同じ人間かこの人は。
「城戸はどうだった?」
宇和島先輩は、城戸にも話を振る。
「楽しかったです。ただちょっと」
「ちょっとどうしたんだ?」
「ズルというか、話に引きずられたというか」
宇和島先輩が疑問符を浮かべる。
城戸は誰かになりきってしまうと、須山さんは言った。
確かに最後の彼のセリフはまさしく俺の考え方だった。
「別に、演劇だってそうだろ? 男女の主演が登場人物にひきづられて付き合い始めたなんて話、しょっちゅうきくぜ」
特に問題ないと返す宇和島先輩。
ただ、城戸は納得できないのか、曖昧に相槌を返えした。
俺も混ざろう。
「ズルというのも、俺のシナリオの展開や内容を予測しきった話だろ? だったら気にすることはない」
目の前でやられた時はびっくりしたが、なんてことはない。俺だってダンジョン進んでいるとき、分かれ道がきたらこのクリエイターならどうするとか考えるし。
言ってしまえばゲーマーあるあるだ。気にしなければいいと俺は城戸に言った。
「まあ、もし、次もそうできてしまうのなら、うまいこと使って城戸が活躍すればいい話じゃないか」
「……うん、そうだね」
少し間があったあと、城戸は頷いた。
「……ちょっと、いい?」
少し離れた隣の女子卓から、黒木さんがこちらにやってきた。
「どうしたの? うわっ!?」
俺は黒木さんの方へと振り向くと、目の前に印刷された短冊を突きつけられた。
「……これ、見にきて欲しい」
「なに……チケット?」
見ればその短冊は高校演劇全国大会、夏予選と書かれたチケットであった。
「演劇にも全国大会とかあるんだ」
「……私もこの間、初めて知った」
おおい、演劇部さん?
でも舞台演劇か。最後に見たのは小学校の謎の団体から配られた「オズと魔法使い」とかいう話の奴だったけか。途中ブリキのロボから火炎放射が出た時は恐れ慄いた。あのシーンだけが妙に頭にこびりついている。
それに最近漫画やアニメが原作の舞台も増えてきているし、これを機会に見聞を深めるのもいいかもしれない。
黒木さんと宇和島先輩のおかげで、我が校の演劇部の実力にも興味があるし。
「わかった。見にいく」
「……必ず来て」
俺は黒木さんからチケットをもらう。
心なしか彼女が微笑んだような気がするが気のせいだろう。
「そういえば、宇和島先輩も出るんですか?」
ふと思い俺は宇和島に聞いてみた。
先輩は珍しく目を見開いて、驚いたあと、躊躇いながら口を開いた。
「俺は……出れない。ほら、三年だし受験あるんだわ」
どこか言い澱みながら喋る先輩。
受験ならば仕方ない。趣味よりも将来のことが大切だ。
でもものすごく出たいのだろうなぁ。
先輩の言葉から、そんな雰囲気が伝わってくる。
(セッションのときも、演技している時はたのしそうだったし、よっぽど演劇が好きなんだろうな……)
好きなことが義務だのなんだのでできなくなるのは辛いと思う。
俺はせめてものと思い、先輩に声をかけた。
「でしたら、次のセッションでもまた最後のシーンみたいなシェイクステア頼んますよ」
俺の言葉に、宇和島先輩は一度目を瞬(しばた)かせた後、カラカラと笑い、その眩しい笑顔のまま、俺に短く言葉を返した。
「おう、まかせとけ」
話がひと段落したところで、今度はダンと、男子組が使っているテーブルに短冊が叩きつけられた。
今度は須山さんである。
いま、女子たちの間では短冊がブームなのだろうか?
「さて、もうすぐ夏休みだからプール行きましょう!」
俺は状況についていけず、停止した。
宇和島先輩はカラカラと面白そうに笑った。
須山さんの彼氏の城戸ノボルくんは頭を抑えた。
「誰と誰が?」
俺の口から物凄い変な質問が出た。
事態を理解しようと何か質問せねばと脳みそが言葉を絞り出した結果かだった。
須山さんは「まだ、分からないのかこのチケットの枚数をみろ」とよく聞こえる独り言を吐き出し、メガネをグイッと持ち上げ、手を軽く広げ、ワイングラスを指で挟み持つような形を作り、上から下に振り下ろし、さも大ごとのように声を張った。
「ここにいるみんなよ!」
「な、なんだってーー!?」
そのポージングを前に俺だけ叫んでしまった。
誰もこのネタについてこなかったのはとても悲しかった。
俺の声は虚しく響いた。
かくして俺の夏休みの予定は二つほど、埋まることとなった。
そうして二週間後。
俺は部室から窓の外を眺めた。
夏らしく馬鹿でかい雲が遠目で見える。
(終業式が終わってこれから夏休みか)
彼女ができたり、別れたり、シティアドベンチャーに挑戦したり、失敗したり、加美川先輩が野球部員に告白されたり、俺がジャンピング土下座告白したり。
思い返せば、TRPGに関わってから、何かとイベント続きである。
だからだろうか何事もなく夏休みに入れることに、俺は呆けていた。
キャンペーンの続きは夏休みに入ってからということになり、八月の頭に黒木さんたち演劇部の予選、中ごろにプール、終わりにTRPGのセッションをするために集まろうという話でスケジュールはまとまった。
実家への帰省やら、予備校やら、黒木さんたち演劇部に至っては予選が始まるまで学校に通い続け劇の最終調整を行うらしい。
ここは文芸部部室、いつものように長机の先には加美川先輩。
彼女は部室のノートパソコンを開き、緩く結んだ三つ編みをくるくるいじりながら、何かを読んでいた。
「……落ちたわ」
そう呟き、パイプ機椅子に体を預け、天井をみあげる加美川先輩。
自然と胸が張り、強調される。俺はなんだか見ているのは悪いと目を逸らした。最近の先輩は少し無防備な気がする。
頬杖をつきながらゆっくりと、あくまで自然を装いつつ、視界から先輩を外ずし、壁を見る。
壁に貼り付けてあったポスターが目に止まった。
『山水鳥(さんすいちょう)社小説大賞 締め切り5月30日、一次審査7月20日、二次審査8月20日、大賞発表9月10日』
(まさかな?)
今日は7月20日、このポスターの小説大賞の一次審査発表日だ。
前回二次審査を超えた先輩のことだからまさかこのことで『落ちた』とつぶやくわけがないだろう。
となると、「落ちた」とはなんだろうと俺は考えを巡らせる。
ヒントはネットで確認でき、落ちるとがっかりするもの、そして夏。
そうか、わかったぞ!
ちらりと見るとまだ先輩は天井を見上げ、胸を突き出していたので、俺は壁から視界を動かしてませんという体裁で先輩に声をかけた。
「サマージャンボ宝くじでも買ったんですか?」
「どこからその発想になったの。教えてもらいたいわ」
ぎしりと音がする。おそらく先輩が体勢をもとに戻したのだろう。
それにしても物凄い呆れた声だ。
だが、めげずに俺は自分の推理を披露した。
「サマージャンボ宝くじは夏特有のもの、宝くじは高校生でも買え、外れるとがっかりする。そして当選番号はネットで確認できる」
「とんだ見当違いよ。落ちたのは大賞の話。……今回はダメだったみたいね」
はぁぁと大きくため息をつく先輩。この対象に投稿した作品は四月から二ヶ月間、壮絶極まるといった具合で作られたものだ。その結果がこれならば落ち込むだろう。
あれは本当、怒涛の二か月だった。
あの光景は、はっきりと思い出せる。
エナジードリンクとコーヒーが床に散乱し、鬼気迫る勢いで恋愛小説を書きあげていく加美川先輩。言うなればあの時の先輩は小説修羅とも言うべき存在だった。
あのまま放っておいたら先輩倒れていたんじゃないだろうか……。
(だけれども、俺が邪魔になってしまったのだろうか)
そんな忙しい時期ではあったが、色々と作業前に馬鹿みたいな話をしたり、今書いている文の書き方がわからない場所を教えてもらったり、俺の小説の添削や校正も手伝ってもらった。
その時間を先輩が自分のことに使えていたらもっといいものが書けていたかもしれない。
加美川先輩なら何とかなっていると、俺は勝手に決めつけていたのだ。
後悔と罪悪感が体の中でごった返す。
俺は先輩の夢を邪魔してしまったのだと。
「えっと……」
俺はなんと言っていいのか先輩にかける言葉を探す。
謝罪する、励ます、笑いを取って誤魔化す。
その全てが、間違いな気がして一度却下し、俺は言葉を選んで先輩に声をかけた。
「それで、次は何を書くんですか?」
消去法で、言葉を探してそれしか出てこなかった。
なんてことを言ったんだと自分をぶん殴ってやりたかった。
だが、加美川先輩は目を瞬かせたあと、ニコリと笑った。
あ、やばい、絶対地雷踏んだ。
いつの間にか右手には類語辞典、左手には広辞苑、文芸部二大武器ブックを手に、先輩は立ち上がった。
「サク君、それは傷心している先輩にかける言葉かしら?」
「いや、めちゃくちゃ笑顔じゃないですか! 待って、類語辞典は待ってくだ――うおおい!」
飛んできた類語辞典を椅子から転げ落ちつつ、回避する。
床の上を一回転し、膝をつき右腕は床につき体を支えて、左腕は広げポーズを決める。気分は緊急回避を成功させたアイアンマンだ。
が、そこにすかさず飛んでくる広辞苑。
「それは洒落にならないヤツーー!」
直撃した、物凄く痛かった。
当たったところがおでこで、広辞苑の角ではなかったことは幸運だと言っていいだろう。
ただ予想以上の衝撃に俺はアイアンマンのポーズのままひっくり返った。
(何もそんなに怒るらなくても)
その後俺はネチネチとデリカシーについて先輩から講義を受けた。
だが、涙を流しそうになるほど怒られたが、いつもの調子になってもらえて少し俺はどこかホッともした。
その後、俺たちは各々の文化祭で発表する会誌の準備などを進めた。
やり取りは順調に終わり、時間帯としては夕方、窓に茜色が流れ込んできた頃、今日の部活動はここまでということになり、俺と先輩は部室を出ることにした。
「それじゃあ、サク君これを」
部室を出て、珍しく部室に鍵をかけた加美川先輩から、今しがた使ったばかりの鍵を手渡される。
受け取った鍵は先輩の熱を吸ったのか少し暖かった。
「部室の鍵、どうして?」
「次期部長にそろそろ引継ぎよ」
「俺が、部長、ですか?」
不相応な肩書を渡され、思わず疑問の言葉が飛び出る。
それと同時に自覚した。
ああ、そうか。
来年はもう一緒ではないのだ。
それどころか、三年生は夏休みが終わりしばらくしたら自由登校に切り変わる。
それが最後。きっとその後は卒業式まで先輩とは会えなくなってしまう。
(まあ、それが普通なわけだけど)
寂しさなのだろうか。
なんだか力が上手く入らず、それを隠すように無理やり鍵を握ってしまい、今度は力が入りすぎた手が震える。
加美川先輩はそんな俺を見て何を思ったのかニコリと笑った。
「今から緊張していたら、三年になったときに体持たないわよ」
「はは、そうですね」
貰った鍵をポケットにねじ込む。
ふと頭の中で後何回こんなやり取りができるのだろうかと計算している俺がいた。
何故、そんなことを考えたのか。
俺は自分の行動に理由を探そうとしてやめた。
夏休みはもう始まってしまった。
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